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第二十八話 深淵の王子様、深淵に堕ちる

 ここ二日、枕元に置いた携帯電話は一度も鳴らなかった。

 鈴乃はため息をついて、寝返りを打つ。

 電気を消した鈴乃の部屋はほぼ真っ暗といって良い。

 遮光カーテンの下からわずかに月明かりか、電灯の明かりが漏れてくるだけだ。


「明日、また話さなきゃ」


 壮馬から聞いた《未来の記憶》。

 鈴乃には不思議で仕方なかった。


(壮馬がタイムスリップしてきたってことなのかな? それとも、予知夢みたいなもの……? 正夢……は違うか)


 一人の頭で考えても、よくわからない。

 わかるのは、壮馬が自分を傷つけない、守り抜くということに、異常に固執しているということ。


(そんなの良いのに……)


 未来の自分に何があったのかよくわからない。

 考えられるのは、初めての恋人だという男に、何かしらひどい仕打ちを受けたということ。それがあまりにショックで泣き崩れていたということ。

 そして、そのあと壮馬と恋人になったこと。


(私は十五才で恋人だけど、未来の私は……十九歳や二十歳で恋人ってことかな? なんだか不思議。でも、結果的にはソーマと一緒にいるんだよね、私。幸せなんじゃないかな)


 明日は月曜日。

 早く寝なくてはと思うのだが、頭が冴えて眠れない。

 鈴乃は腕を伸ばして、隣に置いてあるCDプレイヤーの電源を押し、再生ボタンを押す。

 聴き慣れた音楽が流れてきたのを確かめてから、鈴乃は腕を引っ込めた。


「とにかく、明日、ソーマと話そう」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、鈴乃は仰向けになって目を閉じた。




 だが、翌日、壮馬の姿は教室になかった。

 壮馬の席は智己の前だったので、壮馬の席を眺めようとすると、嫌でも智己の姿が目に入る。


(何だか気まずくなってしまったな……)


 鈴乃は智己のことは頭から追い払い、壮馬にメールを打つ。

 返って来ないとわかっていても、送らずにはいられない。

 そして、翌日。やはり壮馬は姿を見せなかった。

 携帯電話にも何の連絡もない。


(今日は壮馬の家に行ってみよう)


 鈴乃はそう固く決意し、早く放課後になってほしいと思いながら一日中、落ち着かない気持ちで授業を受けた。

 放課後になると、鈴乃は急いで学校を出て、できる限り走って山ノ手駅に向かい、走って来た上り電車に飛び乗った。電車から見える景色は、少しずつ馴染みのものになってきていた。塚掘駅を出ると、壮馬の家までの道を一人歩いていく。いつもなら隣に壮馬がいる、他愛もない話をしながら、笑い合って歩いた道。

 家の前に着くと、鈴乃は呼吸を整えて、チャイムを押した。

 だが、反応がない。もう一度押してみる。家の中にチャイムの音が響いているのが聞こえるのに、やはり応答はない。鈴乃は二歩下がって、壮馬の部屋を仰ぐ。カーテンの閉じられた部屋。電話を掛けるが、思った通り出ない。

 鈴乃は鞄から手帳を出し、一番前のポケットに入った一枚の名刺を取り出す。

 それは、壮馬の叔母である美里の名刺だった。裏には美容院までのアクセス方法が書いてある。鈴乃は柄掘駅まで歩き、その名刺を頼りに美容院を目指した。

 初めての駅だったので、改札口や出口で手間取ったが、どうにか美容院への道を見つけ、歩いていく。それは平川駅から徒歩十分、住宅街の中に建っていた。

 二階建ての一階部分が美容院らしく、白と黒を基調にした、スタイリッシュなお店だった。

 ガラス張りの窓を覗き込むと、座席はふたつ。手前の席には、頭に茶色いタオルを巻いた初老の女性が膝の上の雑誌に目を落としている。奥の席は、若い女性スタッフが、パーマの掛かったお客さんの髪をドライヤーで乾かしているところだった。

 鈴乃は美里の姿を探すため、窓を移動した。

 すると、カウンターで何やら書いている女性が目に入った。

 すらっと背が高く、髪を一つに束ね、それを右肩から垂らしている。

 美里だった。

 何がきっかけだったのか、突然顔を上げた美里が窓の外に目を向け、ちょうど鈴乃の目と合った。一瞬目を丸くした美里が急いで近づいてきて、ドアを開けた。

ドアに付いたくすんだ金色のベルが、カランカランと音を立てる。


「いらっしゃい。あなた、確か……壮馬の彼女の、すずちゃんよね? どうしたの?」

「突然、すみません」


 鈴乃は頭を下げてから、背の高い美里を見上げた。


「こんなことお願いできる立場にないとは思うのですが、私どうしても壮馬くんと会ってお話ししたいんです。お力をお借りできないでしょうか!」


 鈴乃が勢い込んで話すので、美里は目を瞬かせる。


「おやおや」


 美里は面食らったようだったが、すぐに持ち直したようで、緊張する鈴乃に優しく微笑みかける。その顔が壮馬に似ていて、鈴乃ははっとした。


「あの子、最近変だって聞いたよ。そうか、すずちゃんは何か知ってるんだね」


 美里の物言いは不思議と人をほっとさせるものがあった。


「壮馬くん、このままだと、学校に来なくなってしまう気がして。それに、一人で抱え込んで、どんどん落ちて行ってしまいそうな……そんな気さえして。ちゃんと話したいんです。上手くいかないかもしれないけれど、それでもちゃんと向き合って話がしたいんです。さっき、家に行きました。でも、いなくて。電話にも出ないですし……彼の居場所がどこだか教えていただけないでしょうか?」


 美里は聞き終えると、器用に右眉を吊り上げた。


「痴話喧嘩って感じでもなさそうだね。居場所……たぶん、家だと思うよ。あの子、基本チャイム鳴っても出ないんだよね。……ここはおばちゃんが一肌脱ぎますかね。ちょっと待ってて」


 美里はお店に戻り、奥のスタッフルームに姿を消した。そしてすぐ戻ってきて、左手に握りしめた手を鈴乃の前で開く。そこには鍵が乗っていた。

 鈴乃を顔を上げて、首を振る。


「さすがに、そんなことはっ」


 美里は鈴乃の手に鍵を握らせると、今度はポケットから携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛けた。


「あ、お姉ちゃん? 私。うん。あのね、部屋に置かせてもらってる物で急遽必要になったものがあってさ、これから取りに行かせてもらいたいんだけど、良い? うん。あ、私が行くわけじゃないから、電話したの。《《信頼できるスタッフの子》》。うん。うん。OK! 壮馬もいるでしょ? だよねー。うん。ありがとう!」


 美里は電話を切って、鈴乃にウインクする。


「壮馬の母親。許可取ったから大丈夫。私、姉の家の一室を物置として借りててさ。それでスペアキー持ってるのよ」

「でも、私は《《信頼できるスタッフ》》じゃありません!」

「まあまあ。嘘にならないようにはするよ。二階の右奥の部屋が私の借りてる部屋でさ。そこにある物持ってきて。何でも良いから。持ってきやすそうな物一つ。お願いね! 健闘を祈る!」


 美里は有無を言わぬよう、鈴乃の背中を軽く押した。


「信頼してるよ。壮馬を見てたらわかる。すずちゃんが信頼に足る、素敵な女の子だってことがね。これでも人を見る目は確かなのよ。さあさあ、行った行った!」


 戸惑いつつも、鈴乃は頭を下げて走り出した。


「頑張れ、わこうど!」


 軽く笑って見送ると「店長、タイマー鳴りました!」という声が掛かり、美里は急いで店内に戻った。




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