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第二十三話 深淵の王子様、栞を探す

 鈴乃と壮馬は、ショッピングモール横にある小規模な遊園地の中の、日陰のベンチに腰を下ろしていた。

 この遊園地の、中央にデジタル時計のついた大観覧車は、この一帯の景色にはなくてはならないシンボルだ。大きな道路を挟んで反対側には、半月型のホテルが見え、観覧車のほぼ正面には狭い道路を挟んで、ランドマークと呼ばれる高層ビルも建つ。この三つのシンボルが、この観光地の風景を形作っている。

 賑わう遊園地内のどの乗り物にも、長さは様々だが、家族連れや、小中高生のグループ、カップルなどが並んでいる。

 せっかく来たのだから何かひとつでも乗ろうかと入って来たのだが、列を見ると、並ぶ気が失せる。

 そのため、昼食後ということもあり、お腹を休ませるという理由も兼ね、現在、手ごろなベンチを見つけて休憩しているのだ。


「そうだ、これを」


 壮馬は思い出したように、持っていた紙袋を鈴乃に差し出す。

 鈴乃は小首をかしげつつも、それを受け取った。


「これは、さっきソーマが買ってた……?」


 壮馬は頷く。


「すずの好きなキャラクターのものを見つけたから」


 鈴乃はびっくりして、紙袋に目を落としてから壮馬を見る。

 壮馬は少し手照れたような笑みを浮かべ、「開けてみて」と言うので、鈴乃は紙袋の口を留めているテープを丁寧に剥がし、中を覗き込んだ。

 先程貸した鈴乃の本の下に、何か茶色くて柔らかいものが入っている。鈴乃は掴んで取り出した。

 それは、二十センチくらいある茶色いキノコのぬいぐるみで、顔には目と鼻があり、何とも愛嬌のある表情をしている。


(かわいい! 私好みのぬいぐるみだ! でも……)


 鈴乃は不思議な気持ちで壮馬を見る。

 壮馬は少し顔を傾けて、鈴乃の表情に感じるものがあったのか、問うようなまなざしを向けてきた。


「ありがとう! 可愛いね! このキノコさん。……だけど、私、このキャラクター好きって言ってた? 実は初めて見るの」


 鈴乃がそう言うと、壮馬は表情を変えないまま動きを止めた。

 そして、目を瞬かせたあと、背すじを伸ばしてから、目を泳がせる。


「そうだった……? ごめん、前に聞いたことがあるような気がして。僕が勝手に、すずが好きそうだと思ったのかも」


 誤魔化すように軽く笑うと、壮馬は目の前を通り過ぎる人たちに目を移し、黙り込んでしまった。

 何となく気まずい。

 壮馬は誰かの好みと勘違いしたのではなかろうか。

 唯や壮馬本人の話からは、前に付き合っていた彼女がいたとか、気になっている人がいたなんて事実は出てこなかった。だが、いなかったとも断言できない。

 そんなことを考えると、ずんと鈴乃の心は途端に重くなり、楽しい気分がどこかへ行ってしまった。


 (いくら、私にずっと会いたかったと言ってくれていても、その間に好きな人がいたっておかしくない。現に私もそうだった……)


 壮馬にそんな相手がいたと考えると、嫌な気持ちがどんどん広がって、どうしようもなくなる。

 鈴乃はぬいぐるみを袋の底に入れ、小説を取り上げ、鞄に仕舞おうとした。

だが、はたと本からはみ出るはずの栞が見当たらないことに気が付いた。鈴乃は、まさかと思いながらも、嫌な予感を覚え、小説をぺらぺらめくり、紙袋の中に手を突っ込んで搔き回し、体を屈めてベンチの下を覗き込む。

 それでも、栞の影も形も見えない。

 鈴乃はすーっと血の気が引いて行くような気持ちのまま、立ち上がった。

 壮馬は突然腰を上げた鈴乃を見上げ、彼女の顔を見て、同じく立ち上がる。


「何かあった?」


 鈴乃は呆然としており、壮馬と目を合わせないまま、


「栞がないの……トウカエデの、ソーマがくれたトウカエデの葉っぱが」


 声が震えている。鈴乃の目にじわりと涙が浮かぶ。

 壮馬は焦って、急いで周辺を捜索する。


「僕だ……僕が失くしたんだ」


 壮馬はショッピングモールに目を向けた。


「探してくる! 待ってて」


 ひとりで行こうとした壮馬の手を取る。

 壮馬が振り向くと、鈴乃は首を振った。


「私も一緒に探す」


 二人はもと来た道を戻り、地面を隈なく探す。人の往来が激しいので、時々立ち止まって、人の流れが途切れるのを待ったりした。探しているうちに、ショッピングモールの前に着き、自動ドアから入って、最後に見たフードコートまでの道を辿る。

 フードコートは鈴乃たちが出たときよりも混んでいた。

 ふたりは先ほどまで座っていたテーブルに近づく。

 そこには、同い年くらいの少女二人が、談笑しながら丼ものを食べていた。

 鈴乃は彼女たちのテーブルに近づき、不自然でない程度に足元を覗き込むが見当たらず、振り返って壮馬に首を振った。

 壮馬はインフォメーションカウンターに行って、落し物が届いてないか聞いたが、期待するような答えは返ってこなかった。

 鈴乃にとって大切な宝物で、壮馬との絆であり、最初の贈り物。

 この八年間、壮馬との繋がりを感じさせてくれた確かなもの。

 それがなくなってしまった。

 とても衝撃を受けているし、とても悲しい。

だが、思いつめたような表情の壮馬を見て、鈴乃は決めた。


「ソーマ、もう大丈夫」


 壮馬は眉を下げた顔で、鈴乃を見やる。

 鈴乃は気力を振り絞り、ぎこちないが笑顔を作る。


「トウカエデの葉っぱは、役割を終えたんだよ。だって、私はこうしてソーマといる。それで十分だよ。それは、悲しくないって言ったら嘘になるけど……それより、ソーマと今一緒にいることが大事」


 鈴乃が歯を見せてニッと笑った。


「遊園地戻ろうか」


 壮馬は鈴乃の顔を見て、ほんの一瞬だけ目を見開いたが、すぐにさっと顔色を曇らせ、目を逸らした。


「本当にごめん、すず。あんなに大事にしてくれてたのに……今日は帰ろう。探して疲れたでしょう」


 壮馬は鈴乃の手を取る。いつもより力のない、頼りない握り方だ。

 帰り道、鈴乃は話題を探したが、ああ言ったものの、自分自身落ち込んでいたのと、壮馬の今にも泣きそうな顔を見ていると、何も思いつかなかった。

 電車の中でも終始そんな調子だったが、最後くらいは持ち直さなくてはと、最寄り駅まで送ってくれた壮馬に、笑顔を見せる。


「今日はありがとう! きのこさんも大切にするね! 次は……学校でだね。またメールするね!」


 壮馬も無理に口角を上げて、微笑もうとしていたが、上手くいっていない。


「家まで送って行かなくて大丈夫?」

「うん。まだ明るいから」


 鈴乃は改札を通ってから、振り返り、壮馬に大きく手を振った。




 壮馬も彼女の姿が見えなくなるまで、手を振り続けたが、完全に見えなくなると、上げていた手をだらりと落とし、踵を返してホームに戻る。


(あんな顔、させたくなかったのに……)


 壮馬は鈴乃がもう大丈夫だと言って、歯を見せて笑った顔を思い出す。

 鈴乃がそんな顔をするのを初めてみた。無理に作った顔だったということだ。

 それに帰り際の笑顔。壮馬に気を遣ってみせた顔だ。

 思い出すと、胸が締め付けられるようで、苦しい。


(僕は彼女を悲しませちゃいけないのに)


 壮馬は停車した電車に乗り込むと、そのまま再び、栞を探すためにショッピングモールへと向かった。桜町駅に到着するまで、間の駅に停車する度に、気が急いて仕方なかった。


(落としたとしたら、ここしかない)


 フードコートは賑わっていたが、ぽつぽつと空いている席が目立つ。

 テーブルの間を縫って、二人が昼食を取ったテーブルに辿り着いた。

 今は誰も座っておらず、壮馬は地面に片足をついてしゃがみ込み、テーブルの脚の部分を隈なく探す。だが、やはり見当たらない。

 壮馬は息を吐く。


(誰かが拾って……捨てたか、届けたか、そのまま持っているか)


 蹴られて他の場所に移動してしまった可能性も考慮し、周辺も捜索するがやはりない。 

 疲れ切った壮馬はふらふらした足取りのまま、インフォメーションカウンターに向かう。今度は届いているかもしれない。途中、備え付けのごみ箱が目に入ったが、さすがに探すわけにはいかない。


 「ねえ、神谷だよね?」


 突然、背後から女の子の声がして、壮馬は足を止め、振り返る。

 そこには、毛先を巻いたセミロングの髪を下ろし、目尻がややつり上がった気の強そうな少女がいた。歳はおそらく同じくらいだろう。だが、見慣れない子だと壮馬は思う。


「神谷、壮馬でしょ? 私、覚えてない? 中学で一緒だった、渡辺加恋(わたなべかれん)。二、三年、同じクラスだったでしょ?」


 渡辺加恋と名乗った少女は壮馬に近づいてきた。


「まさか、覚えてないの?」


 壮馬の反応がないので、心底驚いたようにそう言うと、わずかに眉を吊り上げて不機嫌そうになった。


「信じらんない。まあ、いいや。それより、何か探してるの?」


 加恋が首を傾け、壮馬を上目遣いで見上げる。

 壮馬はそれを冷めた目で見下ろした。

 自分に自信があり、自分を可愛いと思っている人間がする仕草だ。


「君には関係ない。悪いけど、もう行くよ」


 壮馬は加恋に背を向け、インフォメーションカウンターに向けて足を踏み出した。


「まさか、枯葉の栞だったり?」


 壮馬は足を止める。


「図星?」


 壮馬は再び彼女の方へ振り返り、訝しげな視線を向けた。


「それ、私が拾ったよ」


 加恋は壮馬に微笑みかける。


「拾ってくれたの? ありがとう。じゃあ、返してくれる?」


 壮馬は手を差し出すが、加恋はその手を面白そうに眺めた後、くるっと背を向ける。


「返してあげても良いけど、条件があるの」


 加恋が妙なことを言い出すので、壮馬は困惑する。

 そんな壮馬のもとに加恋がつかつか歩み寄ってきて、すぐ目の前で止まった。

 そして、口を動かす。

 その言葉を聞いて、壮馬は目を見開いた。


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