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第二十話 深淵の王子様、学祭に参加する

二人が恋人になって数日後、星高祭の日を迎えた。

 朝からみんな浮足立っており、学校内のいたるところで準備に勤しむ声や、笑い声が響いている。クラスごとに作った思い思いのTシャツに身を包み、誰も彼も張り切っているように見える。


 学祭は十時からだ。

スタートまであと一時間を切ったころ、クラスの出し物と部誌の設置を無事済ませ、お揃いのクラスTシャツ(白地に、担任の顔をデフォルメしたイラストの描かれたもので、背中にはクラス全員の名前が印字されている)に、制服のスカート、ズボンという出で立ちの鈴乃と壮馬は、教室の窓から、中庭に設置された野外ステージを見下ろしていた。


「何だか活気があるね」


 壮馬は感心したように呟く。


「焼きそばもアイスもあるんだよね。中学の時の文化祭とは大違い」


 中庭ステージ両隣にも、その前にずらっと白いテントが並んでいる。どれも手作りの食品だ。教室でも食品を扱っているが、手作りでなく、仕入れてきたもの限定となっている。

 鈴乃のクラス一年A組は、カラオケという少し変わった出し物だった。

 五月に行った遠足の帰り道、貸し切りバス内で、カラオケが大盛り上がり。その勢いのまま、カラオケなら盛り上がること間違いなし! とクラスのムードメーカー的男子が言い出し、そのままカラオケになってしまった。

 黒板の前を舞台とし、他クラスや来校者たちを誘い込み、タンバリンやマラカスで盛り上げつつ、楽しく歌ってもらうという出し物である。

 教室前での誘い込み、学校内でのチラシ配り、そして盛り上げ隊くらいしか仕事がないので、気持ちは楽なのだが、この出し物、果たして上手くいくのだろうか。担任は放任主義だが、カラオケ案が出たときは、さすがに眉を顰めていた。


「あとで一緒に回ろうか。何が食べたい?」


 星高祭パンフレットを開きながら、壮馬が言う。


「そうだなぁ。この、果物アイスが良いかも! 果物をそのまま凍らせてるんだって」


 鈴乃は、壮馬のパンフレットを覗き込みながら指さすが、すぐ近くに壮馬の顔があることに気づき、顔を赤らめるも、目が合うと照れたように笑い合う。

 二人の様子が変わったことに、クラスの数名は気が付いていたが、大半は慌ただしい学祭の準備に追われ、全く気付いていなかったし、むしろ興味もないようだった。

 入学して数か月も経てば、クラス内やクラスを超えて、更には学年を超えて、男女交際をはじめる者もちらほら出だし、壮馬と鈴乃がそうなったからといって、ほとんどの者が気にしななかった。


 だが、カラオケのチラシを持つ土屋智己は、二人が仲睦まじく話す姿を見て、あからさまに嫌悪を露わにした表情で、教室を出て行った。


(何なんだよ……くそっ)


 チラシを握る手に力がこもり、親指を当てたあたりにくしゃりと不格好な皺が寄る。

 どこにも行く当てなどないのに、ただひたすら騒がしい廊下を大股で駆け抜け、校庭へと続く道に出た。校内や中庭に比べ、生徒の数も少ない。野球部の智己にとって、校庭は馴染み深い場所だ。

 体育館の開け放たれた窓や出入り口から、「マイクテスト、マイクテスト」という呪文みたいな声が聞こえてくる。

 どこもかしこも騒がしい。

 今日は星高祭だ。

 この日の為に、それなりの期間、クラスが一丸となって準備に勤しんできた。

 元来、お祭りごとが大好きな智己だったが、本来楽しくて仕方がないはずの時分に全く気乗りしないのが自分でも腑に落ちなかった。

壮馬と笑い合う鈴乃の顔を思い出すと、胸の奥がずきんと傷んで、イライラが止まらない。


(何で、あんなストーカー野郎と仲良くしてんだよ。俺の方が……俺の方が神崎を知ってるのに。長い付き合いなのに。何であんな奴なんかと……)


 気持ちを切り替えたい。

 高校に入って初めての学祭を、思う存分楽しみたい。

 その思うのに、上手く切り替えができない自分が情けなくて、怒りすら湧いてくる。

 空には雲が多く、全体的に灰色だ。だが、向こう側には青い空が見える。学祭が始まる頃には、ここも青空になるだろう。願ってもない学祭日和だ。

 智己は大きく息を吸った。

 そして、自分を叱咤激励するように、


「ファイト―‼」


 と大声で叫ぶと、ゆっくりと教室へ戻って行った。




 「第五十五回、星高祭が、はじまります」


 十時ジャスト、女子生徒のアナウンスで、星高祭が始まった。

そこかしこで浮足立った歓声が上がる。

 鈴乃はカラオケの呼び込み係だった。

 教室前に部誌を設置させてもらったのもあり、その宣伝も兼ねて、鈴乃はドア前で呼び込みをすることにしていた。

 一方、壮馬も当番の時間で、カラオケの機械操作担当として教室内にいる。

 最初はなかなかお客さんが入らず、クラスメイトが歌ったり、強引に連れてきた他クラスの友人に歌わせたりしていたのだが、そのうちぽつぽつと人が入るようになった。

 部誌の方も思いのほか順調で、明日の分もと考えるともっと刷っておいた方が良かったのではというくらいに、積まれた部誌がどんどん減っていった。

 たまに《深淵の王子様》なるイケメンが書いているとのことで、部誌をもらいに来るミーハーな者もいた。そんな女子たちが来ると、鈴乃は教室の中を覗いて、壮馬の様子を窺う。

 すっかり機械操作に慣れたものの、お客さんや盛り上げ隊から曲をリクエストされると、普段寡黙で通っている壮馬は、コミュニケーションを取るのに苦心しているようだった。

 お客さんの中には、明らかに壮馬の姿を見て、心ときめかせる者がいたが、特に声を掛けるでもなく去って行った。

 鈴乃がずれた部誌を直しているとき、綺麗な女性が鈴乃に声を掛けてきた。

 年は四十を過ぎているだろうか。目尻に少し小皺が見えるが、全体的には若々しく、染めた茶髪の髪を後ろでアップにしている。


「あ、神谷壮馬いる? このクラスだよね」


 女性は手に持ったパンフレットを覗いてから、ドア上1-Aの表札を見上げる。


「はい、中にいますよ」


 誰だろうと思いながら、鈴乃は彼女を伴い、教室へ入る。


 「ソーマ」と呼びかけようと思ったが、さすがに恥ずかしいので、鈴乃はリモコンを持つ壮馬のもとへ行って、女性の件を伝えた。

 壮馬は女性の方を見て固まった。女性の方は、口の端を上げて笑顔になって、手を上げる。

 気を利かせた盛り上げ隊が、壮馬の手からリモコンを引き抜き、「そろそろ交代だぜ」と声を掛けた。


「ソーマ?」


 鈴乃が小さい声で呼んで、壮馬を見上げる。

 壮馬はやっと動きはじめたが、心底嫌そうな顔をしていた。

緩慢な動きで嫌々ながらその女性のもとへ行き、一緒に廊下へ出る。鈴乃も気になってその後に続いた。拗ねたような顔をして、女性に対峙する壮馬。反対に女性は、心から楽しそうに、その顔を眺めている。


「よお、イケメン。元気? そろそろまた来たら? 伸びてきたでしょ」


 女性が壮馬の頭に手を伸ばそうとするが、壮馬はその手を払い除けるように躱した。


「それにしてもカラオケとは。壮馬とは不釣り合いなことこの上ないね。……あ、ありがとうね」


 後ろにいる鈴乃に気がつき、女性が礼を言う。鈴乃は「いえいえ」と謙遜した後に、壮馬を見上げ、この女性はどなたという視線を向ける。

壮馬は一瞬逃げたそうな顔をしたが、思い直したのか、観念したようにため息をついた。


「叔母だよ」


 壮馬の叔母は、壮馬と鈴乃を交互に見た後、意味深げににやりと笑ってから、居住まいを正し、


「壮馬の叔母の、深川美里です。よろしくね。あ、」


 深川美里(ふかがわみさと)と名乗った壮馬の叔母は、深紅のハンドバッグから名刺を取り出し、鈴乃に渡した。


「美容室やってるの。もしよかったら、ぜひ来てください! この髪も私が切ってるんだよん」


 壮馬の頭を指して、ニッと笑う。

 突き抜けて明るい人だと、鈴乃は思った。壮馬と血縁者とは思えないほどに。


(あ、この人が、ソーマの言っていた親戚の……)


 髪を切りに行くのが億劫だと言っていた壮馬。原因は美容師である親戚だと言っていた。この非常に明るい叔母のことだったのだ。


「勧誘しないでください、こんなところで」


 壮馬は大きなため息をつく。


「そういえば、」


 美里がきょろきょろと辺りを見回した。


「部誌ってどこ? ここにあるって聞いたんだけど」


 壮馬がまた動きを止め、信じられないというような表情を浮かべた後、次第に青くなる。


「な、なんで……」


 そんな壮馬などお構いなしに、美里は「ぶし、ぶし」と呟きながら、探している。

そして、水色の冊子を見つけると、駆け寄って、天高く掲げた。


「こっれだー!」


 天真爛漫で、子供のような人だなと認識を鈴乃が改めているとき、美里は部誌を開いてパラパラめくりはじめた。


「どこで聞いたの……?」


頭痛がするのか、壮馬がこめかみに親指と人差し指を当てている。


「さっき、ここの場所を教えてくれた子がさ、私が壮馬の叔母だと言ったら、壮馬が文芸部に所属していて、学祭では部誌を出していると言っててさ。しかもそれは教室前にあるっていうから、これは絶対手に入れねば! と思って。で、どれが壮馬の作品なの?」


「絶対、教えない! すずも教えちゃダメだからね!」


 壮馬が半ば懇願するような目で鈴乃を見たので、気圧された鈴乃は黙って頷く。


「まあ、三人しかいないし、じっくり読んで当てさせてもらおうかしらん。それにしても、ほお。壮馬もお年頃になったんだねえ。ちょっと、叔母ちゃん、感慨深いわぁ」


 また壮馬と鈴乃を交互に見て、うんうんと頷いている。

 鈴乃は壮馬の顔を見る。壮馬は顔を赤らめ、何か言い掛けたが、反論する言葉が出なかったのか、顔を隠すように背を向けた。


「用事が済んだなら、さっさと帰りなよ。すず、行こう。すずもそろそろ交代の時間のはずだ」


 壮馬が歩き出すので、鈴乃は急いで美里にぺこりと頭を下げ、壮馬の後を追いかけた。


「……良い子そうだね。安心した」


 美里は二人の背中を見送って、ふう吐息を吐くと、派手なハンドバッグに部誌を仕舞った。

 そして、早めの昼食にありつこうと中庭のテントに向かうのだった。




 階段を降りると、やっと壮馬に追いついて、彼の隣に並ぶ。

 お化け屋敷や展示などの教室を通り過ぎ、食堂や格技場の横を通り、体育館の前あたりに来た。体育館では細かく時間を区切り、分刻みで演劇や軽音楽のライブが行われている。


「とても明るい人だね、美里さんって」

「明るい……というより、自己中で、傍若無人だよ。ごめんね、いきなり名刺なんて渡して。本当、迷惑だ、あの人」


 壮馬が何度も大きなため息をつき、頭を抱え混むので、鈴乃は悪いと思いながらも噴き出してしまう。壮馬が驚いたように鈴乃を見る。


「ごめん、何だか、ソーマがいつものソーマらしくなくて。言葉も辛辣だし」

「そうかな? でも、ごめん。あの人は本当……」


 言い掛けて、壮馬は鈴乃を見た。鈴乃が面白そうにこちらを見上げているので、ふいっと顔を背けた。その姿にまたおかしくなる。


「もう、あの人は苦手だ」


 いつもより乱暴に頭を掻く。

 鈴乃は笑いたいのを堪えて、壮馬の表情を眺める。


(苦手というより、頭が上がらないという方が近いのかも)


 壮馬をこんなにしてしまう、美里。

 もう少し話してみたかったなと思いながら、鈴乃は壮馬がいつも通りに戻るのを見守ることにした。



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