第十四話 深淵の王子様、邪魔をされる
「ねえ、あやちゃん、説明して」
観光客で賑わう仲見世通りを歩きながら、先頭を歩く智己と安奈、唯が楽しげに軒先に並ぶ品物を指さしながらはしゃいでいるのを見て、鈴乃はこっそり彩香に近づき、小声で話しかける。
壮馬と二人で海辺の石段で話していたのに、突如、クラスメイトの智己と友人三人が現れ、いつの間にか行動を共にすることになっていた。智己は「奇遇だ」などと言っていたが、こんな偶然があるはずもない。しかも、智己と彩香、安奈が個人的に出掛ける仲ではないことは、鈴乃もよく知っている。意図的な何かがあるのは間違いない。
彩香は、問い詰める気まんまんの鈴乃と、何を考えているのかわからない壮馬の顔を横目で見て、「申し訳ない」と頭を下げた。
「すずが海へ行くと聞いて、安奈が行きたがったんだよ。その話をしているときに、いきなり土屋が来てさ、混ぜてくれって。安奈を止めるつもりだったのに、土屋まで入ってきてややこしくなって。今に至る。合流する気なんてさらさらなかったのに。土屋の奴、勝手に声掛けて……ごめんね」
彩香は壮馬にも聞こえるようにそう言った。
「そういうことかぁ。でも、土屋、意味わかんないね。海に来たかったのなら、自分で友達誘って来ればよいのに。何で混ぜてほしかったんだろう?」
「本当、謎」
鈴乃は黙り込む壮馬に謝罪する。すると壮馬は首を振り、少し表情を緩めた。
「神崎さんが謝ることではないよ。それに、まあ……大勢の方が楽しいかもしれないし」
後半は視線を宙に彷徨わせ、ひとかけらも思ってもいないだろうことを口にしているのが鈴乃にもわかった。
仲見世通りを抜け、展望台まで続く坂道を六人で上って行く。基本は、智己、安奈、唯のグループと、壮馬、鈴乃、彩香のグループが固まって、擦れ違う人々の邪魔にならないように端を歩いていたが、時々、智己が鈴乃に話し掛けるため、歩みを緩めたり、安奈がさりげなく壮馬の隣に並び、絡んだりしてくることもあった。
「ついた! ついた!」
目的地に着くまでに、ずいぶんと坂を上って来たので、すっかり足がくたびれていた。
展望台は海側に建っており、その手前はベンチのある広場になっている。石の通路の両脇に、綺麗に植えられた木々の緑が涼しげだ。木陰のベンチに腰を下ろし、鈴乃は持っていたペットボトルの麦茶を飲んだ。元気いっぱいはしゃいでいた安奈も今は静かに鈴乃とは別のベンチで休んでいる。
「疲れたか?」
智己が鈴乃の左隣に腰を下ろし、持っていたコーラを一口飲む。
「ぬるっ」
口に含んだコーラが思いのほかぬるかったらしく、智己は顔を顰めた後、小麦色の肌とは対照的な白い歯を見せて軽く笑う。
「あのさ、土屋、何で……」
どうして、智己が彩香たちと一緒にここへ来たのか不思議だった。それを聞こうとしたその時、鈴乃の右隣に壮馬が座ったので、鈴乃は言葉を飲み込み、隣の壮馬を見た。
壮馬は鈴乃に軽く笑いかけ、
「あそこからの景色、良かったよ。写真、撮ってきたら」
と展望台の根元付近を指さした。
言外に、席を立つようにおわせるので、鈴乃は戸惑いながらも頷いて、写真を撮りに行った。
その姿を見送り、智己が咎めるような目つきで壮馬を睨んだが、壮馬は涼しい顔をして、鞄から取り出した本を開く。
「神谷、お前」
智己が怒気を含んだ声音で何か言おうとしたが、壮馬がそれにかぶせるように口を開いた。
「僕は、良い。だけど、神崎さんを困らせるようなことはやめてくれないか?」
本から顔を上げることもせず、淡々とした口調で言うので、智己の壮馬に向ける感情がますます強いものになる。
「困らせるって、何がだよ。困らせてるのはお前の方だろ? いつもいつもあいつに付きまとって。いい加減にしろよ、何なんだよ、お前」
智己は勢いよく立ち上がって、壮馬を見下ろした。握りしめた拳がわなわな震えている。壮馬は智己を見上げ、まっすぐ彼の目を見た。
「なんだよ」
何も言わず、ただただ感情の読み取れない瞳で自分を見返してくる壮馬が、どこか気味悪く、智己はひるんだ。
「ちょっと、あんたたち、何やってんの!」
ふたりのただならぬ気配を感じた彩香と唯が慌てて仲裁に入る。
「とりあえず、土屋、こっちへ来い」
彩香は土屋の腕を掴み、無理矢理、安奈の座るベンチに引っ張っていく。
唯はおろおろして壮馬の傍にいたが、壮馬が「戻って良いよ」と言うので、彩香のところに駆けていった。
ひとりになると、壮馬は開いていた本をぱたんと閉じて、肩をすくませた。
そして、展望台の方へと目をやり、鈴乃が戻ってくる姿を確認すると、ほっとしたように表情を和らげた。




