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幻想退魔作戦

――――じゃあ、何で覚えて、ないのよ

――え?



そして、静かに目を閉じて――――



『あの男っっっつ!!!!! 絶対ぶっころぉぉぉぉぉおおおおおおおおっすぅぅぅううう!!!!!!!』



その時でした、天地を震わせる大音声と共に、空き教室のドアが文字通り教室の反対側まで盛大に吹っ飛んでいき、ガラス戸を破ってベランダを越え一階までぶち落ちていきました。


あまりのことに我知れず、すまきのままの椎名君にすがりついた明日が見たものは鬼気迫る、というか、もはや鬼そのものの表情をしたずぶぬれの親友の変わり果てた姿でした。あまつさえ、両手には三色の錦鯉を一匹づつ握り締めています。



「おおおおぉぉぉぉぉぉおおぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

人間にはとても出せない地獄からの呼び声のような音を出し(もはや声とは呼べない)新垣・鬼人・雪子はまるでイエティのようながに股でベランダに突進し、地上に向けて錦鯉を弾丸のように投げつけはじめたのです。



突然の事態に、我を忘れていた椎名君でしたが、隣に居る少女が尋常ではない震え方をしていることに気がつきます。


「あ、あ、あれは……バーサーカー雪子だわ……」

「な、なんなんだよ、それはっ!!」

「バーサーカー雪子は、理性を奪われた代償として全能力を倍化した狂戦士なの! 壊すことのみに特化していて理性や人格は存在しない代わりに11回分死んじゃうくらいの衝撃を与えないと元に戻らないのっ!!」

「なんだよ! そのどっかで聞いたような設定はっ!!!」



ぐるるるるるっ……っと不気味な咆哮をあげ、周りをきょろきょろと見回す雪子。彼女の眼に止まったのは教室の隅に積み上げられている今は使われていない学習机と椅子でした。


「うううぅぅぅぅぅぅううううううううがががぁぁあああああああああああああ!!!!!!」


雪子は手当たり次第、階下に見えるグラウンドに向けてそれらを投擲していきます。ありえない馬鹿力で投げられたそれらは、投擲の際の空気抵抗による摩擦であっという間に溶解、一塊の燃え盛る弾丸となって地面を容赦なく抉っていきました。



いまや、奈良第一高校のグラウンドは流星雨の直撃にあった月の表面のようにクレータだらけになっています。



「あ、あそこっ!!」

誰かが叫びます。絨毯爆撃を受けた荒野の方がまだましだと言えるような惨状に成り果てたグラウンドを駆ける影がありました。次々と飛来する砲撃を右に左に軽快なフットワークでかわして行きます。


いまや人間カタパルトと化したバーサーカー雪子は確かにその人影を狙って砲撃しているようでした。


「あ、あれって……もしかして……」

明日が悲痛な悲鳴をあげます。

「もしかしなくても、つかさだよっっ!!!!!!!」

椎名君もその分厚いくちびるを震わせて叫びます。

「つかーーーさーーーーぁあああああ!!大丈夫か―――――!!」


グラウンドに向けて絶叫します。椎名君の声に気づいたのか必死に逃げるつかさ君がこちらを向くと、『にッ』とアイドルも真っ青の真っ白い歯を見せて笑いかけます。あまつさえ親指まで立てて爽やかな事、このうえなしです。



誰かが叫びました。

「くっそう! 白鳥つかさはなんて化け物の封印をといちまったんだ!」

誰かの声がそれに応えます。

「ううん! 違うの、白鳥君は悪くないの! 悪いのは私たち人間のほう! 彼は人間が負うべき原罪を私たちに代わって一身に背負っているのよ!」

全校中から悲痛なため息が漏れます。



教室に設置されたスピーカーから声が響きます。

「だがっ、だがしかし! このままでは白鳥つかさの体力もいつまで持つのかわからんぞ!」

教室の隅のテレビの中に映る女生徒が叫びます。

「でもっ、でもでもでも! 今は彼を信じるしかないの! バーサーカーと化した彼女を止められるのは、もはや彼しか居ないのっ!」



「あぁ! 白鳥が転んだぞ!」

全校生徒の目がつかさ君にくぎづけになります。迫り来る恐怖の弾丸。万事休すか! と思われた時、つかさ君はしなやかな動きでそれを鮮やかにかわしました。


「おお! すごい! 見たか今の動き! 胸元からさりげなくだしたハンカチでまるでマタドールが猛牛をいなすかのように弾丸を払ったぞ!」

「ああ! あれこそ人類の至宝だ! 彼こそ新世界の神だ」

「あぁ! 白鳥つかさ様! 私は一生貴方についていきますぅぅぅぅぅうううう!!!!ばたん!」

「うわぁーーー! 大変だ! 今の美しすぎる白鳥つかさのせいで、全校生徒中の女子の半分が意識を喪失したぞ!!!」

「うわぁぁぁああ! 保険医の鬼熊先生も倒れたーー!! 誰がけが人の面倒見るんだーー!!」

「はぁ?! 鬼熊先生は男だろ! 何で倒れるんだよ!」

「ばか! 鬼熊先生はその筋じゃホモセクシャルで有名なんだ!!」

「なるほどーーーーー!!!! それは 予 想 GUY!!!」





「ど、どうしよう! どうしようどうしようどうしよう! 椎名君!みんな雪子のせいで大混乱だよぅ!」


あまりの異常事態に普段は気丈な明日も、ただの女の子になってしまっていました。

「このままじゃ、このままじゃ! なにがどうなるのか、わかんないけど、なんだか絶対よくない気がするよぅ!!!」


ついには地べたに座り込んでぐずぐず泣き出してしまいました。


クラスメイト達は上へ下への大騒ぎ。教師達は黒板消しを頭に載せて学校の守護神である、二ノ宮金次郎像に一心に祈りをささげています。

カタパルトバーサーカー雪子は机等を投げきると今度は校舎の壁を剥がして弾丸を作り、砲撃を続けていました。


いつの間にやら、つかさ君には純白の天使の羽が生えて、大空を飛び回りながら回避運動を続けています。


魅惑のくちびるをもつ椎名君はふっと、自分の足元で泣き崩れる少女をみました。

強がって、悪態ばかりついて、おまけに暴力的。だけれども、こんな時に儚く消えてしまいそうなほど弱弱しい彼女。


彼は、自分の身はどうなっても、この少女だけは守りたいと、そう強く感じたのでした。


「ねぇ、大園……。いや、明日。」

「…………え」

泣きはらした目で彼を見上げる明日。

「こんな時になんだけどさ、この縄。解いてくれないかな?」



明日はしばらく躊躇したようですが、すんっと一つ鼻をすすると、コクリと頷き、彼の縄を解いてやりました。

そして、彼は……

「ね、明日。だいじょうぶだからさ。そんなに泣かないで。明日が泣いてたら俺は心がなんだか苦しいんだ。しおらしい明日も可愛いけど、やっぱり、今日、俺の知った明日は口は悪いし、手も早いけど、それでもやっぱり、元気な可愛い女の子だったよ」

そう言って、やさしく明日の小さな体を抱きしめたのでした。

「ひ、ひゃうぅ…………」


――――明日、全部解決したら、俺にチョコ、食べさせてね


彼は走ります。いまだ徹底的破壊を繰り返している、無敵の怪物の元へ。

彼の後ろには、彼の大好きな少女が居ます。彼女を守る。ただそれだけの為に、彼は死地へ自ら赴いたのです。


走りながら、彼は自分の口に手を当てます。

彼の人より少しだけ分厚い魅惑のくちびるは、先祖代々伝わる破邪の印。

最強の退魔の印なのです。

ただし、それを使えるのはその術者の最後の時だけ。本当に守りたい。世界で一番大切な人の為にこそ使う。命の奔流。その魂こそが、全ての魔を払えうるのです。


さようなら、さようなら。

折角出会えた、世界で一番大切な人。かけがえの無い、ただ一人の人。

チョコ、結局食べられなかったけど、ごめんね。明日……会えて嬉しかった。ありがとう――――

――――そして、どうか元気で…………


「椎名流、退魔術奥義!!鳳凰!紅!無 限 抱 擁!!!!!」


瞬間、椎名君の体から極大の赤い閃光が放たれます。その赤は見る間に暴走を続ける雪子を飲み込み、そのまま校舎全体をも飲み込んで行きます。光はとどまることを知らず世界全体に広がっていくようでした。


その光の中で、明日は叫びました。彼女だけには見えたのです。光の中、怪物に組み付き、共に消えていく少年を。その最後の姿を。


世界にはただ、涙だけが満ちて行きます。

そして、すべてが赤い光に飲み込まれたとき、彼女の嗚咽だけが響いていたのでした。





ご拝読ありがとうございました。

このお話が、あなたの心のどこかに届いたならば、幸いです。


面白かった。泣けた。笑った。興奮した。また読みたいと思った。

なんてことがありましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援・評価をしていただけると励みになります。もちろんブックマークをしてもらえれば、泣いて喜びます。


これからも楽しいお話を書いていくつもりですので、今後ともよろしくお願いいたします。


ぽてとー

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