待機作戦
「で、大園は行かないの?」
「なんでよ?」
「大園もつかさ狙いじゃなかったの?」
雪子が夢に向かっての第一歩(あるいは破滅への第一歩)を踏み出したあとに残されたのは縛られたままの椎名君と、彼を結わえた縄の端をしっかりと持つ体育座りの明日でした。
「私はあんなのどうでもいいわよ。あくまで雪子の付き添い」
「そうなんだ」
「ええ、そうなのよ」
気まずい沈黙が二人の間に流れます。
『あのっ』
同時に声をかけようとし、気まずさにまた、黙り込みます。
「そっちからしゃべりなさいよ」
「大園からでいいよ」
「うっさい。レディーファーストぶるな。キモイ」
「うぐっ……、じゃあ俺から。さっきの話なんだけどさ。でも大園もチョコもってきてるよね? その袋の中」
目ざとく明日の横に置かれたチョコの包みを見つける椎名君。
「うっ、こんな所だけ鋭いのね……」
失敗したと言わんばかりの表情で呟く明日。
「まぁ、いいわ。実はこれは雪子の分を作る時についでに作った分なのよ。雪子ったらああ見えてもの凄いぶきっちょで、夜七時から始めたチョコ作りにキッチンを壊滅させつつ、朝までかかっちゃうような子なの。だから今年は私がかわりに作ってあげたというわけ」
「へーっ、そうなんだ。大園って料理得意なんだな」
「べっ、べつにそんなたいしたこと、な、ないわよっ!」
赤くなってそっぽを向く明日。事実はまるで正反対で料理が壊滅的なのは明日のほうなのですが。
「で、大園は誰かに渡したりしないの? そのチョコ?」
「あ、う、だ、だ、誰かにって……、そりゃ私だってチョコ渡す人の一人や二人くらい……」
「ま、そりゃそうだよなー。大園くらい可愛かったらそりゃそっかー」
そういって、縛られたままコロンと横になる椎名君。手を胴体ごとぐるぐる巻きにされてるため、まるでだるまさんです。
「……な、なに? も、もしかして君、このチョコ食べたかったり……す、する……?」
「えっ!食わせてくれるの?」
そのままごろりと転がり、明日のほうを向くすまきの椎名君。
「へ、返答次第ねー」
「返答ってなにさ?」
「……さっきの」
「さっきの?」
「ほ、ほら、さっきの話よ!白鳥君に会いに行く前にっ!」
「え、……えっと、……なんだっけ?」
「ばかっ! あんた、私の話ちょっとしたでしょ!?」
「あー……、えっと……。あ! 大園が生えてないって……!ぶぐぇ!!!」
丁度地面を転がっていた椎名君の頭部に明日のプチかかと落としが炸裂します。
「その話は忘れろっ!!!」
「う、うう……そ、それ以外なんか話したっけ?」
「……ほんっとーにわかんないの?」
明日は急に下を向きもじもじし始めます。目がとろんと潤み。頬が上気していきます。頭の芯があいまいになり、現実と妄想の境がごっちゃになり、なにやら不思議な気分に満たされていくのです。
ですが、鈍感男の椎名君はそんな明日の変化にちっとも気がつきません。
「うん……あーっ、ごめん。わかんないよ」
「……私のことかわいいって、美少女だって言った……あれってホント?」
「え……う、うん! 本当だよ! 俺、大園のこと前から可愛いと思って……」
そっか……えへへっ。そう言って明日は少し微笑みました。そして、顔を伏せて呟きます。
ずっと、ずっと前から言おうと、伝えようと思っていたその言葉を――――
「じゃあ、何で覚えて……ないのよ………………」
「……え?」
ご拝読ありがとうございました。
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ぽてとー