作戦開始
「どうやって渡そう? まずそこが問題よね」
来たるバレンタインデー。彼女の思索は混迷の一途を辿っていたのでした。
「ていうか、これだけ頑張ったんだから、劇的な感じで渡したいわ」
彼女は自宅のキッチンに立っています。彼女の母親の完全なるテリトリーである広々としたキッチンはいまや戦場の有様でした。
「ふっ……チョコ作りなんて簡単なものね……私にかかればほんの一瞬よ」
もとは花柄であったはずのエプロンはチョコの茶色や黒でまだらに染め抜かれており、まるで屠殺場の執行人のごとくであります。テーブルの上にはいびつな形に仕上がったチョコと思われる物体が鎮座しておりました。
「おかーさーん。お姉ぇちゃんまだ台所使ってたの?おなか減ったよー、」
「そーねー、かれこれ十時間は占領してるわねぇ……この子がこんなにぶきっちょだとは思わなかったわ」
「おはよーって、おい。あのキッチン誰が掃除するんだ? 俺は嫌だぞ」
「まぁまぁ、お父さんにその拒否権があると思って?後でしっかり手伝ってもらいますからね」
「おかーさんー、おなかー」
「外野は黙ってて!!」
居間から様子を伺う外野達を一喝し彼女は思索に戻ります。ターゲットは札付きの鈍感人間で、そして彼女は時として、極度に意地っ張りになのでした。
「とりあえず……学校に行く準備しましょうか……」
夜にはじめたはずが、気がつけば朝になっていました。窓から差し込んでくる黄色い太陽を見て彼女はため息をつくのでありました。
きーんこーんかーんこーん
「おはよう諸君!お前たちは今日も素晴らしい青春時代を存分に謳歌しているかっ? 時に今日はバレンタインだが、このクラスの女子諸君は 当 然 チョコを持ってきていると思う。先生は理解がある寛大な教師だから没収などはするつもりはないが学生の本分を守って程ほどにするように! 因みに先生へのチョコレートは無制限で受付中だからいつでも持ってくるといいぞ! 以上! 解散! 」
型どおりの朝のHRが終わると教室はにわかに慌ただしくなります。男どもはざわざわと落ち着きがなくなり、女子達も外見上はどうあれ浮き足立ちます。気の早いものは早速渡しに行っているようでした。
「相変わらず暑苦しい担任……」
「あれ、あした~? ご機嫌斜め?」
彼女が机に突っ伏して唸っていると友人の雪子が目ざとく声をかけてきます。
「寝不足」
端的に事実だけを告げます。
「何で?」
「チョコ作ってたから。朝までかかったのよ」
こんな時彼女、大園明日は嘘や誤魔化しの類を言わない女の子でした。ただし、親友の新垣雪子にだけ。
「ほー、ぶきっちょの明日にしちゃ頑張ったんじゃないの」
親友である雪子は思いのほかへらへらしていました。あからさまに楽しんでいる顔つきです。
「やっぱりあれに渡すの?」
親指を立て、くいっと背後を指します。背後には男子のグループ。その中にはカトゥーンもかくやと言う絶世の美男子とその友人たち数人が居ました。
彼女……大園明日はふくれっつらをして横を向きます。
「他に、誰に渡すって言うのよ……」
「んじゃ、……作戦開始ね」
そういうと、新垣雪子はにんまりと笑います。
「一時間目終わったら即行確保するから、よろしくね♪」
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ぽてとー