……なんだろう、この心の底から湧き上がってくる感覚は
僕は、新たな世界を初めて歩いた。
場所は今までと変わらない、人通りの少ない細い裏通りだけど、僕の知らない世界だ。
今までは、長い前髪を通してだったから薄暗い世界が目に映っていたけれど、今はこんなにも色鮮やかな世界だったのかと、感動すら覚える。
隣を歩く友人兼雇い主には感謝の気持ちで一杯だ。
「ふふっ、感動しているね。ようやく自分の美しさに気付いたと見える」
「いえ、そういうわけではありません」
そら見たことかと得意げに言ってくるので、きっぱり否定した。
リリーナには、まったく僕の感動が伝わっていなかったらしい。
まあいいけど。
しかし彼女の指導で背筋を伸ばして歩いているから、僕との身長差がかなりあるのだと気付かされる。
さらに背には斬鉄剣を下げているので、横を歩くお嬢様然としたリリーナとの違和感が凄まじい。
「やっぱり、こんな背の高い女の子って違和感ありませんか?」
「なにを言ってるんだ。むしろ、モデル体型だから世の女子の憧れだよ」
「またまたご冗談を。それに、刀剣だって背負ってますし」
「むしろ、凛々しすぎて憧れの的になるだろうな」
僕の頬が歪に引きつる。
リリーナは当たり前のように言ってくるが、そういうこと言うのは止めてほしい。
もうこれ以上、僕の男としての尊厳を奪わないで……いや、尊厳なんてものが、まだ残ってると思っていること自体が錯覚なのかもだけど!
「さて、ここからが本番だぞ」
「はい?」
「ここまではほとんど人が通らなかったから、気にならなかったかもしれない。だけど、今から歩くのは活気のある大通りだ。老若男女多くの人の目にさらされる。心の準備はしておいたほうがいい」
僕は緊張に頬を強張らせ息をのむ。
どうか誰も僕の存在に気づきませんように、と願うばかりだ。
大丈夫、誰も僕になんて興味ないさ。
そして意を決し、リリーナに続いて喧騒でにぎわう大通りへと足を進めた。
次の瞬間、視界に眩い光が飛び込んできて強い圧迫感を覚えた。
「ぅっ……」
想像を絶する空気感に思わず後ずさる。
無数の視線を感じた。
勘違いなんかじゃない、間違いなく多くの人々が僕を見ている。
ダメだ、気持ち悪い。
「っ~~~」
僕は左手を口元へ当て下を向いてしまった。
周囲の雑音は耳鳴りになって頭をガンガン揺らし、動悸が激しくなってくる。
もう視界を遮る髪はないと言うのに、目の前も真っ暗に。
ごめんなさい、リリーナさん、僕は――
「――ルノ!」
「っ!?」
凛々しく高い声がすぐ横で聞こえた。
いつの間にか、右手を握られている。
そこから伝わってくるぬくもりは、じんわりと体の芯へ広がるようで、次第に視界も色を取り戻していく。
「よく耳を澄ますんだ。そして顔を上げろ。君へ向けられている視線は、決して悪いものじゃない」
耳元で優しくささやかれ、僕は目を閉じて耳を澄ます。
「な、なにあの人、めちゃくちゃ美人なんですけど……」
「あんなべっぴんさん、この町にいたっけか?」
「背も高いし、新人のモデルとかじゃない?」
「はぁ~美しいわぁ、ひざまずきそう……」
「横にいるのは確か、クイント家のお嬢さんだよな? あんな可愛い女の子と知り合いで羨ましい」
「靴をなめたい」
聞こえてきたのは、僕の想像していたのとは違った。
それは悪意ではなく、羨望や憧憬。
……なんだろう、この心の底から湧き上がってくる感覚は。
なんだか体が熱い。
もしかして僕は今、高揚感を覚えているのか?
熱に浮かされたようにボーっとしていると、リリーナはさらに強く手を握る。
「胸を張って顔を上げるんだ。誰も君を否定したりしていない。むしろ憧れているのさ。誇っていい、君は私なんかよりもよっぽど美しいんだから」
一言一言が勇気を分けてくれるようだった。
僕は大きく深呼吸すると、リリーナの手を離し背筋を伸ばした。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「それでこそ、私の誇る友人だ」
僕は今度こそ、リリーナと共に歩き出す。
周囲の好奇の視線を受け流しながら。
これでようやく、新たな世界を進むことができるのだ。





