千載一遇の機会(アルゴス商会サイド)
その日、アルゴスが執務室で契約書類に目を通していると、扉をノックされた。
「どうぞ」と気だるげに返事をすると、幹部の一人であり営業責任者であるナハルが入って来た。
活気に満ちたその顔は、希望に彩られている。
「アルゴス会長、朗報です!」
「なんだやかましい」
「実は先ほど、エンヴァ商会から大口の受注案件が入りました!」
「なんだと? それは本当か!?」
アルゴスは手にしていた契約書類を投げ出し、目の色を変えて立ち上がる。
エンヴァ商会といえば、このイージス州と隣接するラビリンス州に幅を利かせている、大規模な総合商会だ。
各地域や他国の各種様々な素材を取り寄せ、販売店を運営する中小商会や鍛冶屋、素材屋など領内へ広く供給している。
「どうやら、エンヴァ商会がいつも取引をしている鉱石商の仕入れ先が、落盤などで鉱脈から上手く採掘できず、在庫が心もとないようでして。それで、イージスの鉱物資源シェアの多くを占めている、我がアルゴス商会に取引を依頼したいということでした」
「ほぅ? 願ってもないチャンスだな。これを機に、安価で高品質なうちの商品をアピールし、太いパイプを繋ごうではないか」
アルゴスは、鉱石商としての自分の商売に絶対の自信を持っていた。
イージス州に店を構える他の鉱石商たちは、せいぜいよそから来た行商人から買い取ったり、ハンターギルドに鉱石採取を依頼するなどして、少ない在庫を維持している。特にハンターギルドへ依頼することが多いため、鉱石素材の販売価格も当然高くなる。
しかしアルゴス商会は、資源国であるエルフの国に伝手があり、そこから直接仕入れて、山道や整備されていない街道などの険しい国境を通って運んでくる。普通であれば、そんな大量の鉱物資源をゆっくり運んでいれば、襲ってくれというようなものだが、腕の立つ護衛をつけることで大した損害を受けずに安い原価で大量に仕入れてきた。
そうやって安価ながらも大量の取引が可能なため、販路を拡大しイージス州の鉱石商の中ではトップのシェアを誇るようになったのだ。
「それでは早速、準備させます。ただ一点、懸念事項がありまして……」
「なんだ?」
「実は護衛の者たちが、要員が一名減った今は非常に危険だと訴えているのです」
「リン・カーネルの件か?」
「はい、戦力が落ちてしまったため、他国からの運送はリスクが非常に高いと」
「なにを弱気な。たかだか一人減っただけだろう?」
「私もそう思います」
アルゴスはため息を吐いた。
護衛が一人減ったところで大して変わらないだろうと考えている。
そのために新たな護衛を雇うのは、人件費が増えるため極力避けたいのだ。
しかもリンはかなりの安月給で使っていた。
募集をかけたところで、彼と同じ給料水準では誰も首を縦に振らないだろう。
「構うものか。あんな根暗男が抜けたところでなにも変わらないのだからな。今の護衛だけでやらせろ」
「かしこまりました。」
ナハルが出て行った後、アルゴスは笑みを浮かべた。
今度こそひと儲けできそうだと。
しかし彼らは気付いていなかった。
リンが抜けたことによる戦力ダウンは、想像を絶する深刻な問題であることを。
実際、現場の護衛たちは強くそう訴えていたのだが、ナハルはまともに話を聞かず、簡略化してアルゴスに伝えたのだ。
それが危機的状況に陥る原因になるとも知らずに。





