ルノちゃんを愛する者たちの、秘密のお茶会
ある日のこと、ウィニングはアストライア家を訪れていた。
突然、グレイシャル男爵家へ、ケシー・アストライアから茶会への招待状が届いたのだ。
彼女とはなんの接点もなく、あまりに突然のことで困惑したウィニングだったが、子爵家が相手となっては断るわけにもいかない。
よくある良家からの婚約の話であれば、親から連絡があるはずで、娘自ら連絡があるというのはどうも不可解だ。
どちらにせよ、ウィニングには心に決めた人がいるので、応えるつもりもないが。
アストライア家の使用人に招待状を見せると、緑の広がる庭園へ案内された。
庭園を見回すと、色鮮やかに咲き誇る花を強調するようにしっかり手入れされており、凄腕の庭師がいるのだとすぐに分かった。
奥へ歩いて行くと、薄いベールのようなカーテンのかかった小さな屋根の下で、白い丸テーブルを挟んで、ケシーと一人の令嬢が優雅に談笑している。
彼女たちの前で立ち止まると、ようやくケシーたちもウィニングの存在に気付く。
ウィニングはいつもの微笑を顔に貼り付け、淡々と挨拶をした。
「――こんにちは、ケシー様。グレイシャル男爵家の当主、ウィニング・グレイシャルです。このたびは、私のような者をお招きいただき誠にありがとうございます」
「ご機嫌よう、ウィニング様。ようこそおいでくださいましたわ」
ケシーが立ち上がって優雅に挨拶すると、もう一人の客人も立ち上がり頭を下げる。
「お初にお目にかかります。アリエス・コリンと申します」
「へぇ、あのルビー宝石商の?」
アリエスは特に表情を変えることなく頷いた。
ルビー宝石商のことはウィニングも知っている。投資家の目線で見てもかなり成功している商会だ。
しかし不幸にも、最近屋敷が大火事に見舞われ、今は損失の補填に時間がかかるという話だが。
「さあ、堅苦しい挨拶はこの辺にして、お座りくださいな」
三人とも席に座り、そばで控えていた使用人の女性がティーカップへ紅茶を注いでくれる。
しかしウィニングは妙に落ち着かない気分だった。
ケシーは笑みを浮かべ、アリエスは無表情だが、どこか敵意のようなものを感じるのだ。
彼は警戒心をおくびにも出さず、笑みを浮かべた。
「それにしても、素敵なお庭ですね」
「ありがとうございます。自慢の庭師がおりますの。ルノお姉さまも気に入ってくださいましたわ」
「ルノさんが?」
「ええ、ルノお姉さまもよくここに招いてお茶してますの」
ウィニングの頬が自然と緩む。
なぜ突然ルノの名前が出てきたのかは分からないが、それでもいい情報を聞いた。
彼女がここによく来るだとすれば、商談や出資先視察の後の帰宅ルートを考え直す必要がある。
そして、あわよくば……なんてことを考えていると、それを見透かしたかのようにアリエスが薄っすらと笑みを浮かべていた。
「やっぱり彼女のことはまだ諦めていないようですね」
「……アリエスさん、それはどういう意味だい?」
ウィニングの声が固くなる。
顔には笑みを貼り付けてはいるが、警戒心がより高まっていた。
しかしアリエスは答えずティーカップを取り、代わりケシーが答えた。
「申し訳ありません、ウィニング様。実はあなたが、ルノお姉さまに婚約を申し込んだとリリーナから聞いておりましたの」
「そう、ですか……」
思いもよらぬ事態に、ウィニングの腰が浮きかける。内心ひどく動揺していた。
とても他人には知られたくないことだ。断られてしまったのだからなおさら。
居心地の悪さを感じ、微笑を保つことができなくなる。
すると、なぜか先ほどよりも生き生きとしだしたアリエスが口を開いた。
「そう警戒しないでくださいな。ケシー様も私も、同じようにフラれた身。同じ穴の狢です」
「え?」
「まったくアリエスさんたら、身も蓋もない言い方ですわね。ですが事実です。私はアストライア家の養女になる申し出を、アリエスさんはプロポーズをしましたが、断られてしまいましたの」
「そうだったのですか」
そのとき、ウィニングはようやく気付いた。
彼女たちも求めるものは同じなのだと。
そう認識したとき、居心地の悪さは消え失せ、感じていた敵意のような違和感もいつの間にかなくなっていた。
「ケシー様のルノ『お姉さま』という呼び方や、アリエスさんのプロポーズなど、聞きたいことは多々ありますが、まずは一つ確認させてください」
「なんでしょうか?」
「どうして僕なのですか? 彼女に婚約を申し込んでいる貴族は他にいるはずです」
「それは、ルノお姉さまが一番親しい男性があなただと、リリーナがそれとなくぼやいていたものですから」
「そ、それは本当ですか!?」
「ウィニング様、落ち着いてください」
「これは失礼」
素で聞き返したところをアリエスにたしなめられてしまった。
ルノのことになると、どうも調子が狂うのだ。
アリエスの嫉妬に満ちたジト目を受け、ウィニングは軽く咳払いする。
「ここにいる三人がルノさんを想っているということは、よく分かりました。ですがそれを伝えるためだけに僕を呼んだのですか?」
「……この茶会に抑止力を持たせるためです」
「へぇ……」
すぐにケシーの言葉の意味を察し、ウィニングの口の端が歪む。
これは宣戦布告だ。
「つまり、僕が大胆な行動に出ようものなら、お二人が黙っていないと? けん制のために僕を呼んだのですね」
「その通りです」
アリエスは特に悪びれる様子もなく淡々と頷く。
「なるほどよく分かりました。ですが待ってください。同性であるという点は置いておくとして、私とアリエスさんが相容れないのは仕方ありません。しかしケシー様は養女に迎えるというだけですよね? それだったら、僕たちの求婚とは関係ないのでは?」
「関係大ありですわ。私の大事なお姉さまを他の誰かになんて、渡すものですか」
「なるほど。しかしまさか、子爵令嬢であるあなたが同性愛に寛容であるとは存じ上げませんでした」
「私の性癖を捻じ曲げたのはお姉さまですわ」
「無理もないですね。ルノちゃんには、それだけの魅力があるんですもの」
「……それには全面的に同意する」
三人は満足げに笑みを浮かべた。
まるで素晴らしい好敵手に出会えたかのようだ。
だがウィニングには懸念すべきことがあった。
それはスタート地点の問題だ。全員がルノにとって同じ距離感でいるとは思えない。
「しかし公平性という点には疑問が残ります」
ウィニングが言おうとしたところで、アリエスが口を挟んでくる。
「ちなみに、さっきの『ルノちゃんがここでよくお茶している』というケシー様のお話は、ウィニング様の反応を確かめるための嘘です」
「そういうことだったのか」
「本当は、カフェ・ハウルか、カフェ・テラーをよく利用しています」
「な、なぜアリエスさんがそれを!?」
ケシーが驚愕の声を上げると、アリエスは「ふふんっ」と得意げに胸を張った。
「ルノちゃんのことならなんでも知ってますもの」
「……君もまた厄介だな」
「誉め言葉として受け取っておきます」
一瞬にして空気がピリピリとし気まずい沈黙が訪れる。
しばらく重苦しい沈黙が続き、アリエスがため息を吐いた。
「今はまだ、私たちでけん制しあっていても、あまり意味はないかもしれませんね。ルノちゃんへの行く手を阻む高い壁がありますから」
「……リリーナのことですわね」
「それは間違いないね」
「ええ。二人の間にある信頼関係はとても強固なものです。ルノちゃんの気持ちもあるので、強引にというわけにはいきませんが、あそこに割って入ることができなければ、私たちの間でのけん制なんて意味はないでしょう……とても危ういわ」
「危うい?」
「ええ、私やケシー様のように、リリーナさんがある日突然目覚めて、ルノちゃんの大事なものを奪ってしまうかもしれません」
「だ、だだだ大事なものぉっ!?」
ケシーが顔を真っ赤にして身を乗り出した。
アリエスの言葉からルノのあられもない姿を想像したのだろう。興奮に鼻息を荒くし、ゴクリとのどを鳴らしている。
貴族令嬢にあるまじき姿だ。ウィニングは紳士らしくそっと目をそらす。
「ア、アリエスさんてば、そんなことを考えてらしたんですのね!? ますますお姉さまは渡せなくなりましたわ! 必ずリリーナからルノお姉さまの心を奪ってみせます!」
「いいえ、最後にルノちゃんの心を掴むのは私です」
「僕だって、負けるつもりはありません」
三人は決意(?)を新たにし、秘密のお茶会はお開きとなった。





