今はただ、許せないことがあった
「答えて。『リン・カーネル』を知っているわね?」
もう疑いようはなかった。
アリエス・コリンは、僕が男だと知っている。
いったい、いつバレた?
彼女とはじめて出会ったのは、ルノの姿になってからのはずだ。
「……ああ、知っている。君もそうなんだな?」
「ええ。ルノ・カーストの正体は、『リン・カーネル』だということを知っているわ」
「っ!」
アリエスは僕の目をしっかりと見つめ、言い放った。
身構えてはいても、その衝撃に動揺してしまう。
しかし僕を見る彼女の表情には、男が女装していることへの嫌悪感のようなものはなかった。
なに一つ変わっていない。
彼女はまさか、ずっと僕の正体を知って接していたというのか。
アリエスは深く息を吸うと告げた。
「それなら、これでようやく言えるわね――本当にごめんなさい、リンさん」
「ど、どういう意味でしょうか? 謝られる理由が分かりません。むしろ謝るべきは、女装してあなたを騙していた僕のほうです!」
「違うのよ。あなたがその姿になる原因を作ったのは……アルゴス商会に解雇されるキッカケを作ったのは、私なの」
「それは、いったいどういう……」
僕がますます混乱していると、難しい顔で下を向いていたリリーナが顔を上げた。
「……そういうことか。ようやくすべてが繋がった。以前、アルゴス商会へリンを紹介してくれと言った、宝石商の娘というのは君だったのか」
「ええ、その通りよ」
「っ! そういうことだったのですか……」
まさか、そんな人が本当にいるとは思ってもいなかった。
せいぜい、僕を追い出すためのアルゴスたちの作り話だと。
こんなに綺麗で、才能も財もある女性が、あのときの僕に好意を寄せていただなんて、いまだに信じられない。
「私のせいでリンさんが仕事を失うことになってしまった。言って済むことではないけれど、本当にごめんなさい」
アリエスは苦しそうに頬を歪め、再び頭を下げる。
「あ、謝らないでください! それに、アリエスさんのせいだなんて……」
「いいえ……私の身勝手な行動のせいで、すべてが狂ったのよ。お父様がアルゴス商会との取引を破談にしたのも、私が好いた人を悪く言われたせい。だから、私のせいでお父様がアルゴス商会から恨みを買ってしまったのよ」
「そんな……」
「あぁ、これは罰なのね。あなたを苦しめた私への」
悲しげに顔を伏せ、自虐する彼女をもう見てられなかった。
でも、僕にはかけられる言葉が見つけられない。
そのとき、リリーナが声を荒げ、立ち上がった。
「ふざけるな! 君はルノ……いや、リンを好きになったことが罪だとでも言うつもりか!? 本当に好きなら、その気持ちをごまかすな! 他人の悪意にさらされたとしても、否定するなっ、最後まで貫いてみせろ!」
「っ!」
アリエスは弾かれたように顔を上げる。
目を見開き固まり、なにも言い返せない。
リリーナは気を落ち着かせるようにゆっくり呼吸を整えると、再び椅子に座った。
「敵に塩を送るようで嫌だが……君が結婚だなんだと言って、ルノに迫っていたのはそういう負い目を感じていたからか?」
「それもあるわ。私のせいで仕事を失ったんだもの。その身を引き受けて、養おうとするのは当然のことよ。でも、それ以上に好きだったの。この気持ちはずっと変わっていないわ」
アリエスはまっすぐにリリーナを見て告げた。
僕はなんだか気恥ずかしくなってくる。
ただ、これだけは聞いておきたい。
「教えてください。どうして僕なんかを?」
「『なんか』じゃないわ。あなたは覚えていないかもしれないけど、町で私を助けてくれたことがあったのよ。それで気になって、あなたを追いかけるようになって、あるときあの長い前髪の下を見てしまったの」
「そんなことが……」
「まずは目を奪われたわ。でも、その後に心も奪われていたことに気付いたの。性格のことは、ルノちゃんになったあなたと出会ってから知ったわ。もちろん、性格も好きになれた」
参ったな……ここまで直球な好意を向けられると、さすがに恥ずかしい。
まさか今までの行動にこんな深い愛情があっただなんて……
彼女は、僕のことをずっと心配してくれていたんだ。
それなのに、僕はなにも知らず、遠ざけようとしてっ……
「……アリエスさん、僕のことをずっと想っていてくれたんですね。ありがとうございます。そのお気持ちはとても嬉しいです」
「それなら、この想いに答えてくれる?」
アリエスは冗談ぽく笑ってそんなことを言ってきた。
でも僕は、ゆっくりと首を横へ振る。
その前に、やらなくちゃいけないことがあるから。
「今はまだ、あなたの想いに向き合うことはできません。その前にまず、済ませておく用事があるので……リリーナさん」
僕は決意を秘めた目をリリーナへ向ける。
今はただ、許せないことがあった。
アリエスの大切なものを奪ったアルゴス商会。
彼らはやってはいけないことをした。
今度こそ、僕の堪忍袋の緒が切れた。
もう、決して容赦はしない。
「ふふっ、凛々しいの男の眼だ。大丈夫、準備はもう整っているから」
「え? どういうことですか? まさか、すべて予想して……」
その言葉に僕は驚いた。
準備が整っているとは、いったい……
リリーナはクスクスとおかしそうに笑うと、微笑を浮かべて告げた。
「そんなことあるわけないだろ。私はまだ許していないんだよ。君を虐げてきたアルゴス商会をね。だから、彼らをこらしめる次の一手は既に決めているんだ。さあ、今度こそ決着をつけよう」
「は、はいっ!」
なんと頼もしい親友だろう。
そして彼女もまた、僕のために戦おうとしてくれている。
こんなに嬉しいことはない。
僕はついに、アルゴス商会と戦う覚悟を決めるのだった。





