なぜそんな大事なことを忘れていたのか!
それから、アルゴス商会に表立った動きはない。
しかしハウルへの賠償金については、知らぬ存ぜぬで通しているようだ。
その日、僕が一人で買い物をすべく大通りを歩いていると、町の雰囲気が少し違うことに気付いた。
なんだか騒々しいような……
なにかあったのかな?
すると、興奮したように話す青年二人とすれ違う。
「おいおい、そりゃ本当かよ!?」
「ああ! 夜だったってのに、凄い火だったみたいだぜ?」
「今から見に行こうぜ!」
「ああ、こっちだ」
僕は足を止めて背後を振り向いた。
どうしても今の会話が引っかかった。
夜に火?
それって、つまり……
僕の足は、自然とさっきの青年たちの背を追いかけていた。
そしてすぐにその真相を知ることとなる。
「――これは酷い……」
大通りから西に行った住宅街の奥に、それはあった。
炭化して黒焦げになった屋敷らしきボロボロの建物だ。
残った柱が寂しく立っており、そびえ立つその残骸から、かなり立派な屋敷だったことは分かる。
その周囲では、野次馬がちらほら見ていて、あまりの惨状に顔をしかめていた。
間違いない、火事だ。
さっきの青年たちの話からするに、夜のうちに起こったのだろう。
住人は無事だろうか、それだけが心配だ。
突然の衝撃に僕が茫然と立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「ルノ・カースト」
「……へ? シエンさん?」
「話がある。ついて来い」
僕は神妙な表情のシエンに連れられ、近くの雑貨屋の物陰に移動した。
「昨日の夜に起こった火事のことだ」
「なにか知っているんですか?」
「まぁな。気になって少し調べた」
意外だった。
シエンはあまり、周囲の出来事に関心を持つタイプではないと思えたから。
しかし教えてくれるというのなら、聞かせてもらおう。
「あの屋敷は、そもそも誰のものなんですか?」
「ルビー宝石商の会長の一族だ」
ルビー宝石商……どこかで聞いたことがある。
それにしても、一夜にして住む場所を失うなんて、なんて残酷な話だろう。
あれほど大きな屋敷ならなおさらだ。
「まさか、死傷者がいるのですか?」
「いや、屋敷の人間はなんとか火が全体に回る前に逃げ切ったらしい。ただ、娘だけは逃げた後、いなくなっちまったらしいが」
「そう、ですか……それほどショックな出来事があれば、仕方ないのかもしれませんね」
「それで、俺が聞きたいのはここからだ」
「はい?」
彼の言っていることがよく分からない。
まったく事情を知らない僕に、なにを聞くというのだろうか?
「ルビー宝石商は、なにかアルゴス商会の恨みを買うようなことをしたのか?」
「……ちょっと待ってください! なぜそこで、アルゴス商会が出てくるのですか?」
「奴らの指示だからだ」
「……は? 今、なんと?」
「今回の火事はただの偶然じゃない。アルゴス商会について行ったバカどもによる放火だ。今朝、奴らが妙な話をしていたから、シメて聞き出した」
「そ、そんな……」
「俺はあんたの住む屋敷を狙ったんじゃないかと思ってたが、関係はなさそうだな」
理解が追いつかない。
アルゴス商会があのゴロツキたちにそんなことを指示していたなんて……
もう店の妨害どころの話ではない。
しかし……
「ルビー宝石商とアルゴス商会の関係は、私にも分かりません」
「そうか。となると、商売に絡んだいざこざではないのかもしれないな。たとえば、特定の人物に対する憎悪とか」
「さすがに、そこまでは私も詳しくありません」
「まぁ、あんたに関係がないと分かっただけでもいいか」
シエンは満足そうに片頬をつり上げると、きびすを返した。
「あ、ありがとうございました!」
去って行くシエンへ、僕は慌てて礼を言った。
とはいえ、どうも気になる話だ。
買い物を済ませている間、気が散って仕方がなかった。
僕は屋敷に戻ると、早速リリーナに聞いてみる。
「リリーナさん、ルビー宝石商をご存知でしょうか?」
「ん? なんだ急に。まさか、あの変態にまた襲われたのか?」
「え? 変態?」
「なんだ、忘れたのか。ルビー宝石商は、あの変態アリエス・コリンの父が会長を務める商会だ」
「っ!」
それを聞いてようやく思い出した。
なぜそんな大事なことを忘れていたのか!
「ん? 急に固まってどうした……って、どこへ行くルノ!?」
僕はいても立ってもいられず、慌てて屋敷を飛び出した。
シエンの話では、会長の娘が火事の後、いなくなったと行っていた。
背筋を怖気が這い上がる。
アリエスの顔が脳裏に浮かび、たまらなく怖くなる。
最悪の事態になっていないことを祈るしかない。





