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女装剣豪令嬢  作者: 高美濃 四間
最終章 リン・カーネルの逆襲 
42/48

花嫁? 誰が? ……えっ、僕ぅっ!?

 それから数日、アルゴス商会の攻撃にそなえ身構えていたが、拍子抜けするほどなんの動きもなかった。

 それがまるで、嵐の前の静けさのように感じられて、どうにも落ち着かない。


 そんなある日の朝、意外な人が屋敷を訪ねてきた。

 来訪者を告げる鐘が鳴り、僕が扉を開けるとそこにいたのは、微笑だけで令嬢を魅了してしまうほどの整った顔をした若い男爵、ウィニング・グレイシャルだった。


「ルノさん、おはよう」


「ウィニング様!? おはようございます。わざわざこんなところまで、ようこそお越しくださいました」


 思いもよらぬ人物に仰天したものの、無礼を働かないよう注意しながら挨拶した。

 今日は誰も従者を連れていないようだ。

 

「今日はルノさんとリリーナさんに大事な話があって来たんだ」


「そうでしたか。どうぞお入りください」


 僕は彼を応接室へ案内し、リリーナを連れてくる。

 紅茶を入れて持っていくと、二人はにこやかに世間話をしていた。

 先日の歓楽街では、初対面のためかあまり話はしていなかったけど、もうすっかり仲良くなったようだ。

 でも、僕のことを話題にするのは恥ずかしいからやめてほしい。


 僕が紅茶をテーブルへ置き、定位置であるリリーナの後ろへ立つと、ウィニングは告げた。


「さて、二人そろったことだし、本題に入ろう。僕が今日ここに来たのは、ルノ・カーストさんを我がグレイシャル家へ花嫁として迎え入れるためだ」


 ……は? 

 なにかとんでない言葉を聞いた気がする。

 花嫁? 誰が? ……えっ、僕ぅっ!?

 リリーナのほうもまるで頭痛がするときのように額を押さえている。


「……またかぁ」


「ん? リリーナさん、またとはどういうことだい?」


「いえ、ウィニング様はどうかお気になさらず!」


 僕は慌ててリリーナのフォローをした。

 また、というのは、ケシーが来たときのことを思い出しての発言だろう。

 彼女も養女だなんて話を持ち掛けてきて困惑したものだ。


 って、そんなことを懐かしんでいる場合じゃない!


「どうかな、ルノさん?」


「え? い、いえ、あのぅ……」


 ダメだ、この優しい笑顔を前にしたら、面と向かっては断りづらい。


 だからリリーナがまっすぐにウィニングを見据え、口を挟む。

 相手が自らの力で成り上がった凄腕の実業家だろうと怯まない。


「まずは理由をお聞きしても?」


「うん、そうだね……ルノさん」


「は、はいっ!?」


「君は以前、僕に言ったね。『もし一人でどれだけあがいても、満たされないのなら、誰かの力を借りなければならないのかもしれない』と」


「は、はい……」


「僕にとってのその誰かが君だ。僕には君が必要なんだ」


 真剣な告白だった。

 いつもはどこか作り物めいた表情だけど、今の彼の顔には今まで見たことのない彼の本心が現れているような気がした。

 普段のどこか冷めた彼からは、想像できないほどの情熱的な眼差しだ。


 もし、彼の心の隙間を埋めることができるのなら、それはとても光栄なことなのだろう。

 それでも、僕は男なんだ。

 だから深く頭を下げ、誠心誠意を込めて謝る。


「せっかくのお申し出ですが……本当に申し訳ありません」


「……それは、リリーナさんの護衛としての仕事があるからかい?」


「……それもあります」


「それならせめて、まずは婚約だけでもどうだろう? 気持ちの整理がつくまで、今まで通りにここでリリーナさんと生活してもらって構わないから」


 ウィニングは退かなかった。

 そう簡単には諦めないという意志が伝わってくる。


 すると、ずっと黙って思案していたリリーナが答えた。


「さすがに、貴族に嫁入りするような女性を、平民の護衛にしておくわけにはいかないでしょう。世間体(せけんてい)というものがある。そして、彼女は誰にも負けない優秀な護衛であり、私の大切な人です。私には彼女が必要なんです。いくらグレイシャル男爵家が相手でも、手放すつもりはありません」


「リリーナさん……」

 

 感激した。

 まさか、リリーナさんがそこまで言ってくれるなんて。

 だがそれでも、ウィニングは怯むことなく畳みかける。


「もちろん、護衛としてのルノさんの実力が相当なものであることも聞いている。それをリリーナさんから奪うのだから、それなりの金銭的な交渉や、ある程度の条件の承諾が必要だということは承知の上だ」


 僕の心は揺れていた。

 もし僕がグレイシャル家へ行くことで、リリーナの貴族への復帰が早まるのなら、それは悪くない選択なのではないかと。

 あ、でもやっぱり女装がバレたらマズいか。

 いったいどうすれば……


「残念ながら、彼女は売り物でも、交渉の材料でもありません。その手の話には、一切応じませんのでご承知おきください」


「っ! 僕は別に、そういう意味で言ったんじゃ……」


 リリーナの突き放すような冷たい言葉に、ウィニングが初めて動揺を見せる。

 そして眉尻を下げ、深刻な表情になって、僕へと頭を下げてきた。


「ルノさん、許して欲しい。僕は君をそういう風に扱うつもりはないんだ。もし今ので勘違いをさせてしまったのなら、本当に申し訳ない」


「い、いえ……私は別に」


「それに彼女には、誰にも明かせない特別な事情があるんです」


 あ、やっぱりその話をするのかぁ……

 

「特別な事情? それはどんなことだろうか? もし良ければ僕に教えてくれないか? どんなことだったとしても、僕が力になるから」


「ウィニング様、お気持ちはとても嬉しいのですが、こればかりは明かすことができないのです。誠に申し訳ありません」


「そうか……」


 僕がやんわりと告げると、ウィニングは困ったように苦笑し、深く沈むような声で「分かった」と呟いた。


「今の僕では、ルノさんの信頼がまだ得られていないということがよく分かった。だから、いつか君が話してくれるまで、君の信頼を勝ち取れるように頑張るよ」


 そう言うと(はかな)げに微笑み、(いさぎよ)く屋敷を去って行った。

 引き際までスマートな人だ。清々しさすら感じる。

 しかし彼の望むような未来は、永遠に来ないと僕は知っているから、罪悪感を感じ心の中で詫びる。


 彼の去った後、リリーナは紅茶をのんびり飲みながら呟いた。


「健気だなぁ」


「心が痛いです……」


「誰彼構わず魅了するからだよ。自業自得だ」


「身に覚えがありません!」


「無自覚というのがまた救えない。これ以上変な虫がつかれるのは、本当に困るな」


「変な虫?」


 どういう意味だろう?

 さすがにケシー様やウィニング様のことじゃないよね?

 

 するとリリーナは、自分でも口に出していたことに気付いていなかったのか、顔を少し赤くして咳払いした。


「な、なんでもにゃい……」

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