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女装剣豪令嬢  作者: 高美濃 四間
最終章 リン・カーネルの逆襲 
41/48

ほら、シエンさんだって怒って少し顔を赤くしてるよ

 そこは人通りの少ない裏通り。

 かつては多くの露店が並びにぎわっていたが、今では(すた)れ、ゴミが散乱していたりボロボロの衣服で寝転がっている人もいる。

 塗装の剥がれたボロボロの建物に背もたれ、僕はシエンの話を聞いていた。


「――奴ら、俺が辞めると言ったら血相変えて泣きついてきやがった」


「それだけシエンさんの実力に期待していたのでしょうね」


「奴らの説得を無視して出ていこうとしたら、護衛たちが襲いかかってきたから、返り討ちにしてやったけどな」


「物騒な話ですねぇ」


 その光景が容易に想像できて、僕は苦笑してしまう。

 しかしアルゴス商会からシエンが抜けてくれたのはありがたい。

 彼の力を利用して、襲撃されでもしたらたまったものじゃないから。

 さすがにリリーナを守りながら彼と戦うのは無理だ。


「まったく、あんなクソみたいな商会に残った、バカどもの気がしれないな」


 彼の言うバカどもとは、先日対峙したゴロツキたちのことだろう。

 先日の一件があっても、懲りずにアルゴス商会の護衛をしているらしい。

 いや、護衛というよりは汚れ役の手駒といったところか。


「ハウルからの賠償金請求にも応じないようですし、まだなにかたくらんでいるのかもしれませんね」


「それだけ余裕がないんだろ。まぁ、せいぜい気を付けるんだな。あのバカども、この間見かけたときも変に浮足立ってたからよ」


 おそらく、またなにか行動を起こすつもりなのだろう。

 彼らを捨て駒にした大胆な行動もあり得る。

 狙いは賠償金を請求してきたケイト店長か、ナハルを突っぱねたリリーナ、それとも先日の店への妨害をあばきシエンを奪った僕か。

 どちらにせよ、これからも十分に注意しなければ。


「分かりました。ご忠告ありがとうございます」


「ふん、あんたに怪我されても困るからな」


「?」


 思わず首を傾げた。

 どういう意味だろう?

 僕が怪我をしたところで彼になんのデメリットもないはずだ。


 僕が不思議そうな顔で首を傾げていると、シエンはふんっと鼻を鳴らし背を向けた。

 貧民街の奥にあるという、自分の根城へ戻るのだろう。


 遠ざかるシエンの背中をぼんやり眺めていると――


「――ルノさん」


 聞き覚えのある、低く甘い声が聞こえた。

 耳の奥をくすぐるようなこのセクシーボイスは……


「ウィニング様?」


 貴族のウィニングが、体格の良い男の付き人を従え、僕の後ろに立っていた。

 彼は嬉しそうに微笑む。


「あぁ、やっぱりルノさんだ。こんちには」


「こ、こんにちは」


「帰るのに近道だから、ここを通りかかったんだけど、たまたま君の姿を見つけて。取り込み中だったみたいだから、声をかけるか迷ってたんだよ」


「そうなんですね。話はちょうど今終わったところなんですよ」


「……え?」


 すると、ウィニングは目を丸くする。

 僕の言葉に対する反応のようだったが、その視線は僕の後ろへ向けられていた。

 どうしたんだろうと思って後ろを向くと、シエンがまたこちらへ戻って来ていた。

 なにか伝え忘れたことでもあるのだろうか。


 彼は僕の横に立つと、ウィニングと目を合わせる。

 その眼差しは、どこか険を含んでいるように感じたが、ウィニングはいつもの作り物めいた柔らかい笑顔で挨拶する。

  

「はじめまして。僕は、ウィニング・グレイシャルと言います。後ろの彼は僕の従者。あなたは?」


「はんっ、いけすかない貴族様に名乗る名なんてない」


 突然の挑発的な発言に、ウィニングの笑顔が凍りつく。

 僕も急にお腹が痛くなってきた。

 ていうかなに? この人、貴族に喧嘩売るために戻って来たの?

 それならせめて、僕のいないところでやってよ!


 主の敵と認識したのか、ウィニングの従者が「お前、ウィニング様になんて口のきき方を」と前に出ようとするが、ウィニングが手で制する。

 僕もどうにかフォローしようと顔を引きつらせながらも声をかけた。


「シ、シエンさん? どうされたのですか?」


「へぇ、シエンさんと言うんだね。ずんぶんとワイルドな人だ。名乗ることを強制したわけじゃないから、僕は別に構わないよ」


 貴族への無礼を『ワイルド』で済ませられるウィニングが凄い。

 しかし次の瞬間、そのにこやかな表情とは裏腹に、冷たい声を発した。


「用があるのは、ルノさんだからね」


「あぁ?」


「彼女は今、君との話は終わったと言っていた。もう用はないんだから、君はさっさと帰りなよ」


「あんたには関係ないだろ。喧嘩売ってんのか」


「それはこちらのセリフだよ」


 とうとうウィニングの顔から笑みが消える。

 その眼差しは冷徹で鋭く、知らない人が見たら委縮して声をかけることすらできないだろう。 

 僕はそろそろストレスの限界です……胃に風穴が空いてしまうよ。


「え、えっとぉ……お二人とも、仲良くはできませんか?」


「「無理だ」」


 あ、そですか……


「ところでルノさん、彼とはいったいどういう関係なのかな? もし恋人なら、男の趣味に疑問を持たざるを得ないな」


「こ、恋人!?」


「お、おいっ、ふざけたこと抜かすな!」


「そ、そうですよ! シエンさんとはただの知り合いですから!」


 男と恋人だなんてとんでもない!

 ほら、シエンさんだって怒って少し顔を赤くしてるよ。


「そっか」


 しかしなぜか、ウィニングは嬉しそうに微笑んだ。

 心なしか声も弾んでいたような……


 ダ、ダメだ、これ以上は無理!

 リリーナとケシーの言い合いなら、可愛げがあって微笑ましいけど、美形とはいえ大人の男二人がいがみ合うのは怖いだけだ。

 ……よし、逃げよう!


「あっ、申し訳ありません! 私、急用を思い出したので、ここで失礼致します!」


 そう叫んで身をひるがえし、駆け出した。

 後ろで二人が声を上げていたけど、構ってられるか!


 そうして僕は、胃に穴が空く寸前で逃げ切ることができたのだった。

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