女の子の手って、すごく柔らかくてすべすべで、温かいんだ
「ちょっ、ちょっと待って!」
その時、僕の右手を小さな手が握った。
「ひぇっ!?」
突然のことに驚き悲鳴を上げて振り向くと、少女が僕の手を握っていた。
ビ、ビックリしたぁ~
思わず女の子みたいな声出しちゃったよ。
あっ……女の子の手って、すごく柔らかくてすべすべで、温かいんだ。
ちょっとドキドキしちゃうかも。
「な、なんでしょうかっ!?」
僕が頬を引きつらせながらおっかなびっくり問うと、彼女は真剣な表情で言った。
「まだお礼が言えてない。さっきは助けてくれて、本当にありがとう」
「いいえ、大したことじゃないですよ」
「あんな凄いものを見せておいて、大したことないとは……変に謙虚だね」
彼女は袖で口元を覆ってクスクスと笑う。
一つ一つの仕草が上品だ。
見た目通りのお嬢様って感じ。
そしてすぐに咳払いして姿勢を正すと、スカートの裾をつまんで少し持ち上げ、優雅に頭を下げてきた。
「私はリリーナ・クイント。もし良ければ、あなたの名前を教えてほしい」
「リ、リン・カーネルですっ」
僕は慌てて名乗り頭を下げる。
一瞬、カーネルの名を出すのをためらったが、さすがにこの国では知られていないだろう。
その証拠に、長い前髪を通して彼女の表情をよく観察しても変な反応はない。
「ではリンさん。できれば言葉だけじゃなくて、きちんと別の形でお礼がしたいな」
「え? いえいえ、お礼なんて必要ないですよ。その言葉だけ十分です」
「いや、それじゃあ私の気が収まらないんだ」
僕は微笑を浮かべてやんわり断ろうとしたが、リリーナの琥珀色の瞳に宿る意志は固く、一切退く気はなさそうだ。
堂々とした物言いや、怖気づくことなくゴロツキたちと対峙していたのを考えても、芯の強い女の子なんだろう。
それにしても、よく見てみるとかなり整った顔立ちをしている。
高級なシルクのようにサラサラとした金髪でツインハーフを作り、綺麗に切りそろえられた前髪。
顔は小さく、まだあどけなさの残る甘く可愛らしい顔立ちだが、凛として引き締まった表情は意志の強さを感じさせる。
その雪のように白い肌と、黒いシックなフリフリのドレスのコントラストが見事だ。
まるで精緻な人形のようにも見えた。
「どうかした?」
「あっ、い、いえ……それではお言葉に甘えて」
思わず見惚れてしまっていた僕は、慌てて目をそらした。
こんな美少女に手を握られているだけで、もう未練はない……なんて言ったら大げさかな。
それでも、人の手のぬくもりなんて、もう一生感じることはないと思ってたから、なんだか嬉しいな。
なぁんて思ってたら、手を離されてしまった。
もしかしてエスパー?
「それじゃ、行こうか」
「は、はいぃ……」
リリーナは少し嬉しそうに頬を緩めると、大通りのほうへと歩き出した。
僕は、手の平に残る彼女の温もりに名残惜しさを感じつつ、ついて行く。
リリーナはひとまず、ゴロツキから取り返したアクセサリー三点をアクセサリーショップへ返した。
若い女の子二人が営んでいる小さな店のようで、彼女たちはお礼にと、好きなもの一点を差し上げると言ってくれたが、リリーナは「気にしないで」と言って颯爽と立ち去る。
その後、僕が連れて来られたのは高級料亭。
目の前の純白なテーブルクロスの上には、ご馳走が並んでいた。
肉汁たっぷりな猛獣のステーキに、スライスされた怪鳥の肝、その上に添えられているのは、高級食材として有名な塩漬けされた黒く小さな卵。
他にも、巨大ザメのヒレのスープや高級魚の刺身など、平民では一生かかってもお目にかかれないような料理ばかりだ。
い、いけないっ!
目が輝くのも、鼻息が荒くなるのも、よだれすらも止められない!
「ほ、本当によろしいのですか?」
「もちろんだよ。好きなだけ食べてくれ」
「い、いただきます!」
今日初めて会ったばかりの人の前だというのに、僕は我を忘れてがっついた。
だって、この数日は貧困のあまり少量の野菜しか食べられていなかったから。
そりゃこんなご馳走を前にしたら、我を忘れたりもする。
僕は夢中になって食を進めつつも、時折リリーナのほうをちらりと確認する。
彼女は満足そうに頬を緩め、まるで年の離れた弟を見守るかのような温かい眼差しをしていた。
なんだか途端に恥ずかしくなり、僕はナイフとフォークを持つ手を止めた。
「ずいぶん腹を空かせていたんだね、正直驚いたよ」
「ご、ごめんなさい……」
「どうして謝る?」
「い、いや、だって……」
どうしても居心地が悪く口ごもってしまう。
気付いてしまったのだ。
周囲の客たちの視線とささやき声に。
「やだわぁ、見てるこっちが恥ずかしい」
「品がないのね」
「それになんだあの格好は? 汚らしい、場違いだ」
僕は慌てて顔を伏せた。
高級料亭だから当たり前だが、周囲にいる客たちは皆が貴族や裕福な商人。彼らは高そうな服を着て、優雅で上品に食事を楽しんでいる。
そんな中にこんなボロボロの格好でいたら、悪目立ちするのは当たり前だ。
「ごめんなさい。こんな格好の僕と一緒にいるせいで、あなたまで笑いものに……」
「構わない」
「へ?」
「君は私の恩人だ。君と一緒にいてどう思われようが、それを気にしたりしない。あまり私を見くびらないでほしいな」
「リリーナさん……」
彼女の言葉が深く心に刺さった。
震えてすらいた。
まるで物語の中のワンシーンでも見てるのかという夢見心地な錯覚を覚えるが、彼女のまっすぐで力強い眼差しは、嘘偽りない真実だと語っている。
これだけの奇異の視線にさらされても全く動じていないのだ。
なんて気高く凛々しい女性なんだろう。
「……でも、私の配慮が足りなかったのは事実だ。まさかあなたにこんな思いをさせてしまうとは……本当に申し訳ない」
「……え? い、いえ、謝ったりしないでください! すべては僕が悪いんですから!」
「そんなことはないよ。もしこの後、時間があるのなら、どうか私の屋敷まで来てほしい」
「屋敷……」
その単語に固まった。
屋敷に住んでいるなんて、貴族令嬢かよほど儲けている商人の家の娘か……リリーナさん、あなたはいったい……
「そ、それでは、お言葉に甘えて……」
僕は残りの料理をすぐにたいらげ、リリーナと共に彼女の屋敷へと向かう。
彼女が一緒にいるというだけで、周囲の視線はさほど気にならなくなっていた。





