もう二度と、あの世界には戻りたくない
キュリオン商会への出資が正式に行われてすぐのこと。
ある日突然、クイント家の屋敷を訪ねてきたのは、僕の『忘れたかった過去』だった。
「ご用件はなんでしょう?」
今、クイント家の応接室にリリーナと向き合っているのは、アルゴス商会の幹部ナハルとその部下二人だ。
僕は紅茶の入ったティーカップを彼らの前へ置くと、極力関わらないよう、リリーナの後ろに立ち顔を伏せる。
リリーナも僕の雰囲気を察してか表情が硬い。
ナハルは、なにかを企んでいるかのような薄い笑みを浮かべながら告げた。
「リリーナ・クイントさん。突然押しかけてしまい、申し訳ありません。本日参りましたのは、そちらのルノ・カーストさんにお話があったためです。あなたが噂に聞く、麗しのナイト様で間違いありませんね?」
どうやら町の噂を聞いてやってきたようだ。
僕とリリーナの関係も広く知られているから、クイント家の屋敷を見つけるのは簡単だっただろう。
まさか、アルゴス商会の幹部がやって来るとは想像もしていなかった。
ナハルの視線は僕へ向けられていたが、リリーナが先に答える。
「そうです。ただ、彼女は極度に人見知りなもので、代わりに私がお話を聞きましょう」
「そうですか。まぁあなたにも関係のある話ですので、問題はありません。単刀直入に申し上げますと、彼女をアルゴス商会の護衛として雇いたいのです」
「っ!」
僕は拳を握る。
アルゴス商会の護衛をしていた日々が脳裏に蘇る。
薄暗く、希望も未来もなかった、モノトーンの光景が。
もう二度と、あの世界には戻りたくない。
「確かに突然ですね。まずは理由を聞かせてください」
「そんなたいそうな理由ではありませんよ。噂によると、ルノさんの実力は想像を絶するものだと聞き及んでおります。そこでぜひ、当商会の護衛をして頂きたいと思ったまでのこと。もちろん、その実力に見合った給金をお支払いします」
「それは困りますね。お聞きの通り、彼女はとても優秀です。私も決して手放したくない。そもそも、アルゴス商会ほどの規模であれば、募集さえかければ腕の立つ人材なんて山ほど集まるのでは? それとも、ルノほどの実力がないと務まらないような危険な商売なのですか?」
リリーナは探りを入れて、アルゴス商会の現状を確かめようとしている。
もしここで言質がとれれば、キュリオン商会への投資は大成功だったと確信できるのだ。
核心を突くであろう問いに、ナハルは眉をピクリと動かした。
「いえ、そういうわけではありません。ただ、それほど腕の立つ者がいるのなら、勧誘したいと思うのが自然ではないですか?」
「そうですね。ですがアルゴス商会は今、強い護衛を必要としている。それほどまで厳しい状況に置かれているのでしょう?」
「……貴様、いったいなにを知っている」
その瞬間、ナハルの顔から笑みが消えた。
「リ、リリーナさんっ……」
さすがに言い過ぎだと思い、耳元でささやくが、彼女は止まらない。
もう交渉を続けるつもりはないようだ。
「腕の立つ者がいるなら勧誘したいとは、よく言ったものですね。その腕の立つ者を自分たちの都合でクビにしたくせに」
「……なに? どういう意味だ?」
「私は、リン・カーネルを知っている」
「っ!」
「そういうことか……」
さすがのナハルも、驚きに目を丸くしていた。
どうやらその名前くらいは覚えていたようだ。
リリーナは、まっすぐにナハルを見据え、凛とした表情ではっきりと告げる。
「彼は、私の大切な友人だ」
もし「続きが気になる!」と思って頂けましたら、この下にある☆☆☆☆☆から作品への評価をお願いしますm(__)m
ランキング1位を目指しますので、どうぞよろしくお願いします!





