いえ、男性です。騙してすみません……
交渉の後、せっかくだからと近くの料亭で夕食を済ませると、すっかり辺りも暗くなってしまった。
早く返ろうと急いでいると、少し淡い桃色の光に包まれた、不思議な雰囲気の通りに出る。
周囲を見るとカップルらしき男女が多く、他にも露出が多めの衣装を来た女性や大きめのコートを羽織った女性、いかにも成金といった感じの恰幅の良い男などが行き交っている。
……って、ここはっ!
歓楽街の中でもピンク系が多い裏の通り。
落ち着け僕、ここは平常心だ。
アルゴス商会の護衛時代だって、よく通っていたじゃないか。
もちろん、アルゴスたちが楽しんでいる間の護衛として。
「リ、リリーナさん、こんなところさっさと抜けましょう」
「ぅっ……」
「リリーナさん?」
返事がなくて不思議に思った僕は彼女の顔を見た。
すると、顔を真っ赤にして固まっている。
彼女もこういうのには不慣れなんだ。
それなら、僕がしっかりしないと。
僕はそっとリリーナの手を握る。
「ぴぇっ!?」
「行きましょう。私がついているから大丈夫です」
「う、うん……」
リリーナはしおらしく小さな声で返事をすると下を向いた。
こういう素直でしおらしいリリーナはレアなので、僕も気恥ずかしくなってしまう。
とにかく早く帰ろう。
しかし、歩いてすぐに二人の男に絡まれてしまった。
片方は色黒の金髪で、整った顔立ちの青年。
もう一人は坊主頭にごっつい体格の大男だ。
僕はリリーナを守るため前へ出る。
「君たち凄く可愛いね。もしかして、貴族のお嬢様だったりするのかな?」
金髪の青年が爽やかな笑みを浮かべながら聞いてくる。
「いえ違います。先を急ぎますので、通してください」
僕は彼らの目を見ることなく、淡々と告げる。
とにかく早くここから離れたい。
しかし青年は道を開けることなく、二ヤリと口の端を歪めいやらしく笑った。
「あぁやっぱりぃ? こんなところに貴族様が来るわけないよねぇ。念のために聞いただけさ」
「ジン」
「あぁ、ごめんごめん。可愛らしいお二人さん、どうかな? ここらで働かない? 君たちぐらい可愛いければ、めちゃくちゃ稼げるよ?」
そのとき、僕はようやく自分の失言に気付いた。
彼らはそういういかがわしい店の店員の勧誘をしているんだ。
もし貴族令嬢が相手だと、後で面倒なことになるから、あらかじめ確かめたのか。
平民と知れば、ある程度強引な態度に出ても構わないという考えだろう。
「結構です」
「まぁまぁそう言わないで。一回店を見ていきなよ。それからでも遅くないだろ?」
「ル、ルノ……」
「くっ……」
青年はグイグイ詰め寄って来る。
やっぱり強引にくるつもりだ。
そしてついにその手を伸ばして来た。
仕方ない、リリーナさんを守るためだ。
ここは強引にでも――
「――その人に触れるな」
そのとき、凍てついた冷気のように冷たく、抜き身のナイフのように鋭い声が僕たちを守った。
青年は伸ばしていた手を止め、僕も臨戦態勢を解く。
横を向くと、そこには二人の従者を連れた黒いスーツ姿の紳士がいた。
「……ウィニングさん?」
「やぁルノさん、また会ったね」
彼はにこやかに僕へ微笑むと、表情を消し男たちへ鋭い眼差しを向けた。
その無言の迫力に金髪の青年は怯み、大男も顔を強張らせる。
「彼女たちは僕の知り合いだ。手を出さないでもらいたい」
「あぁ? 急に割り込んできてなんなんだよ!」
「お、おい待てジン。ウィニングってまさか、貴族の?」
威勢良く言い返そうとした青年の肩を大男がつかんで止める。
彼の探るような問いに、ウィニングは答えず凄みのある笑みを浮かべた。
「……ちぃ、行くぞ」
二人はようやく諦め、つまらなそうに舌打ちして去って行った。
「ルノさん、大丈夫? なにかされてない?」
「いえ、危ないところで助かりました。本当にありがとうございます」
「それなら良かったよ」
ウィニングはそう言って甘く微笑む。
肩の力が抜け安堵しているのがよく伝わってくる。
それに本当に嬉しそうで、とても魅力的な笑みだ。
これは令嬢たちが夢中になるのもよく分かる。
僕が男でなければ、白馬の王子様のように見えたことだろう。
すると、後ろからブラウスの袖が引っ張られた。
いけない、リリーナさんを差し置いて、二人で話していた。
「ご紹介します。私の友人のリリーナ・クイントさんです。リリーナさんはご存知でしょうが、こちらは男爵家のウィニング・グレイシャル様です」
「リリーナ・クイントです。先ほどは助けて頂き、誠にありがとうございました」
「いや、当然のことをしたまでだよ。ここら辺はあなたたちのような淑女が来る場所じゃない。早く帰られたほうがいい」
「は、はい……」
リリーナは再び顔を赤くして伏し目がちになる。
気の抜けた僕は、肩の力を抜きウィニングへ微笑んだ。
「でも驚きました。ウィニング様もこういう場所に来られるんですね?」
なんだか親近感が湧いてきた。
なんというか、謎めいていて不思議な雰囲気のあるウィニングが、こういう俗っぽい世界とは無縁に思えたのだ。
すると、彼は一度周囲を見回し、慌てて口を開いた。
「ち、違うんだ。別にそういう目的で来たわけじゃない。たまたまこの近くに用事があっただけだよ」
ウィニングは顔を少し赤くして弁明するようにまくし立てる。
いつもの余裕があって落ち着いた話し方とは違い、新鮮な反応だ。
それがおかしくて、クスリと笑みがこぼれてしまう。
「そうだったのですね。でも別に、そういう目的で来ていたとしても、やましいと感じることはありません」
だって男だもの。
むしろ完全無欠そうなこの紳士だからこそ、安心感を覚えるんだ。
僕の反応に、ウィニングは驚き目を丸くすると、頬を緩ませた。
「器の大きな女性だ」
いえ、男性です。騙してすみません……
「とりあえずここは危ない。僕たちが近くまで送るよ」
「え、えっと……」
「ルノ、せっかくのご厚意だから、甘えさせて頂こう。ウィニング様、よろしくお願い致します」
「うん、任せて」
結局僕たちは、屋敷の近くまでウィニングに送ってもらった。
その後、いつもの調子に戻ったリリーナは、「まさかあのウィニング男爵すらも落としていたとは……」と変な勘違いをしていた。
まあその誤解もそのうち解けるだろう。





