なぜだか僕まで緊張してきた
僕らはしばらく走り、街の外れまで来ていた。
目の前には古びた小さな屋敷。
錆びついた看板には、『キュリオン商会』と書いてある。
その目の前で、息を整えたリリーナは言った。
「変態のせいで遅れたけど、これからが仕事だ」
「仕事、ということはもしかして、こちらの商会へ出資のお話を? そもそもキュリオン商会とは、どんな商売を展開している商会なのでしょう?」
リリーナが新たに出資するというのなら興味がある。
今のところは、カフェ・ハウルとドレスコード・ゴシックにしか出資していないという話だったので、まずは交渉からだろうか?
「君の言う通り出資することが目的だよ。キュリオン商会は、アルゴス商会と同じく、鉱物資源を取り扱う商会だ。見ての通り規模は小さいがね」
ということは、情報屋にアルゴス商会の調査を依頼したのとなにか関係があるのだろうか。
もっとも、その内容を僕は聞いていないので、以前彼女の言った『稼ぎ時』という言葉の意味すらいまだに分かっていないのだが。
しかしキュリオン商会という単語は、これまでの会話で一回も出てこなかったから、少し不思議に思う。
「もしかして、キュリオン商会とは個人的な繋がりがあるのですか?」
「いや、まったくなかった。ここのキュリオン会長とは、先日のアストライア家のパーティーで初めて知り合ったぐらいだ。もっとも、私も鉱石商との繋がりは探していたところなのだけどね」
「はぁ……」
彼女の意図が分からず、僕は首を傾げる。
難しいことは分からないので、今は後ろで聞いていよう。
リリーナの後に続き、キュリオン商会の屋敷へ足を踏み入れた。
中に入り、リリーナが女性会員に用事を告げると、すぐに会長の執務室へ案内してもらえた。
商会長のキュリオンは、柔らかい笑みを浮かべた顔に眼鏡をかけた細身の男だ。
彼はリリーナと僕が入ると、嬉しそうに頬を緩める。
「これはリリーナ・クイントさん、まさか本当にお越し頂けるとは思ってもみませんでしたよ。それに、麗しのナイト様までご一緒とは」
「こちらこそ、先日はどうもありがとうございました。ところで、ナイト様というのは?」
「気を悪くさせてしまったなら申し訳ありません。そちらのルノ・カーストさんは、まるで一騎当千の騎士のような華麗な動きで暴漢を倒したと、噂になっているんですよ。それで『麗しのナイト様』と、一部の令嬢たちの間で人気だそうです。僕もあの場にいましたが、あのときの感動が今でも胸に残っています」
「そんな、大げさですよ。私はそんな大層なものではありません。ただの一般市民です」
「とても謙虚な方だ。気取らないのは好感が持てます」
これ以上変な噂が広まるのは本当にやめてほしい。
この人の言う通り、もしかして謙虚なのが逆にダメなのか?
むしろぞんざいな態度で好感度を下げまくれば、みんな興味を失ってくれるかも!
と思ったけど、僕にそんな度胸はないや。
「私の友人を褒めて頂けるのは嬉しいです。ですが、今日は彼女を自慢しにきたわけではありません。先日お話した出資の件です」
「ええ、ぜひお聞かせください」
キュリオンにうながされ、打ち合わせ用のテーブルへ移動すると、彼とリリーナが向かい合って座る。
僕は護衛として後ろに控えた。
キュリオンが目を細め、鋭い眼光をもってリリーナを見つめると、纏う雰囲気が変わる。
小さな商会とはいえ、会長の肩書は伊達じゃない。
「まずは当商会へ出資したいという理由をお聞かせください。先日お伝えした通り、うちはイージス金庫からの融資のみで、特定の投資家からの出資は受けておりません。オーナーとして経営に口出しできる権限を与えることになるのですから、相応の理由が欲しい」
「理由は簡単ですよ。今が商売を拡大する絶好の機会だからです」
「ふむ……話が見えませんね。商売を拡大するということは、取引先が増え、商品の売り上げが上がるということですか? つまり飽和しているこの市場で、競合から顧客を奪うと」
キュリオンは顔の前で手を組み、目を光らせながら問う。
発される鋭利な雰囲気は、油断も隙もまったく無い。
しかしリリーナも場慣れしているのか、冷静に淡々と答える。
「その通りです。アルゴス商会の取引先を奪いましょう」
キュリオンが目を見開く。
これには僕も驚いた。
でも、ようやくアルゴス商会の調査を依頼した理由が分かった気がする。
おそらく、なにかしらの突破口を見つけようとしたんだ。
なぜアルゴス商会に目をつけたのかは、まるで分からないけど。
「これは大きく出ましたね。あの大商会を敵に回すというのですか? なにか策がおありで?」
「もちろん。このイージス州において、もうアルゴス商会の時代は終わりです。ですが、それを話すには、私からの出資を受けるという条件をのんで頂かなければ」
「そういうことですか」
リリーナは動じることなく告げ、持って来ていた一枚の紙をテーブルに置く。
契約書だ。
キュリオンはその内容に素早く目を通す。
「…………」
今ここで、交渉の行方が決まる。
なぜだか僕まで緊張してきた。
だが、アルゴス商会で護衛をしてたときの交渉の場を思い出し、懐かしくも感じた。
特に殺気立った商談では、破談となった際に逆上して襲いかかって来る野蛮な相手もいたから、護衛の仕事はとても重要なのだ。
キュリオンはそういうタイプには見えないが、それでも気を引き締める。





