僕は今日、恋をしました
それからたびたび、ケシーの屋敷へ誘われるようになっていた。
一番最初は、先日のお礼がしたいからとケシーの両親から誘われたので、どうしても断れなかった。
話を聞く限り、僕をアストライア家の養女にしたいというのは、彼らも望むところのようだ。
とても心優しく素敵な両親に見える。
でもだからこそ、自分の正体を知ったときの彼らの反応を知るのが怖い。
ちなみに、娘を助けてくれたお礼ということで、大量のお礼金を渡そうとしてくれたが、丁重にお断りした。
最初はリリーナに渡そうとしたのだが、「ルノのものだからルノが使いなさい」と受け取ってくれなかったので、返すことにしたのだ。
僕なんかが大金なんて持っていても、ただ持て余ししまう。
しかしそれではケシーの気が収まらないようで――
「――これがパンケーキ……」
目の前にあるのは、重ねられた分厚いふわふわのパンの上に、山のように生クリームの盛られた未知のスイーツ。
自然と目が輝き、胸が高鳴ってしまう
僕の意識がとろけかけていると、目の前でケシーが上品に微笑んだ。
「ルノお姉様は、本当に甘いものが大好きなんですのね。どうぞ遠慮なく召し上がってくださいな」
「ケシー様、ありがとうございます!」
僕は遠慮なく、ナイフで切ったパンに生クリームを乗せて口へ運んだ。
っ!!?
こ、これがパンケーキっ!?
ふわふわのパン生地に生クリームを添えることで、とろけるような舌触りになり、脳を溶かしてしましそうな極上の甘味が広がる。
僕は今日、恋をしました。
「うふふっ、あんなに凛々しかったお姉様が頬をとろけさせているなんて、凄く可愛らしいですわ。なんだかドキドキしてしまいます」
ここはカフェ・テラー。
二階に開放的なテラス席のある、上品な喫茶店だ。
なんのお礼もできていないのは納得がいかないというケシーが、僕のために連れて来てくれた。
リリーナが今日は出かける予定がないということだったので、休暇をもらってケシーと二人で来ている。
彼女に黙っているのはなんだか後ろめたかったけど、知られたら邪魔されてスイーツが食べられないというケシーの言葉に同意し、適当に誤魔化して出て来たのだ。
まぁ、アストライア家の屋敷ならマズい気もするけど、カフェなら別に問題ないよね!?
「お姉様を一人占めできるなんて、夢みたいですわ」
「こちらこそ、わざわざ私のためにご足労頂いてありがとうございました」
「水臭いですわ。お姉様と私の仲ですもの。いつでも美味しいスイーツをご馳走しますわ」
ケシーが天使に見えてきた。
もし僕が女性だったなら、迷わずアストライア家の養女になるのに……
なんてパンケーキを頬張りながら考えていると、誰かが丸テーブルの横で立ち止まった。
ん? 誰だろう、知ってる人かな?
僕はパンケーキに夢中で誰か確認しないでいると、ケシーの口から恐るべき言葉が出てきた。
「あら? リリーナじゃありませんの。今日は出かける予定はなかったのでは?」
「っ!?」
夢見心地だった意識は、一気に現実へ引き戻される。
「……なぜ君がそれを知っている?」
間違いない、リリーナの声だ。
一気に場の空気がひんやりと凍てついた気がする。
恐怖のあまり横が見れない。
「それよりもケシー、なにうちのルノを餌付けしてくれてるんだ?」
「餌付けだなんて人聞きの悪い。ただ先日のお礼をしているだけですわ」
「どうだか。ルノ、朝言ってたことと違うじゃないか。ただ買い物をしに行くだけだと言いつつ、顔は恋する乙女のようなとろけ顔だったから怪しいと思ったんだ」
ひぃぃぃっ、すべてバレてるぅ!
というか、僕そんな顔してたの!?
恥ずかしい……と、とにかくなにか言い訳しなきゃ……
「これは、その……もっと貴族のことを知るべきだと思いまして。リリーナさんもそのうち貴族にまた戻られるでしょうし、その護衛としてケシーさんとお話ししていただけです! べ、別にパンケーキに釣られたわけではありません!」
「頬にクリームをつけたままでは、なんの説得力もないな」
「ふぇっ!?」
僕は慌てて頬の生クリームをナフキンでふく。
カァァァッと恥ずかしさで顔が赤くなっていくのが分かった。
「ふふっ、お姉様は本当に可愛らしいですわ」
「パ、パンケーキ、美味しいですよ?」
「はぁ、もういい。休日になにをしようが君の自由だ。邪魔して悪かったね」
ため息を吐いてリリーナが背を向ける。
その背中がなんだか寂しそうで、僕は胸が締め付けられるように痛んだ。
後でどこかで甘いものでも買って帰ろう。
ぶつぶつ言われるかもしれないけど、隠すような真似をしたことは素直に謝ろう。





