スイーツ食べ放題!?
「――ケシー、うちのボディガードに色目を使うのはやめてもらおうか?」
クイント家の屋敷は現在、修羅場と化していた。
なぜかケシーは僕の腕に抱きつき、幸せそうに頬をとろけさせている。
そしてそれを見て、リリーナは憤怒の形相で仁王立ちだ。
うぅ、なんか胃がキリキリする。
「まぁ、色目を使うだなんて、女同士なんですからスキンシップの範囲内ですわ」
ケシーはそう言って僕の腕に頬ずりしてくる。
『女同士のスキンシップ』と言われて、僕は罪悪感にさいなまれていた。
あぁ~ごめんなさい! 騙していて本当にごめんなさい!
だがそんな後ろめたい気持ちも、腕に押し付けられた膨らみによって弾け飛ぶ。
や、柔らかいっ!?
僕の脳に衝撃が走った。
う、腕に押し付けられているこれは、もしかしなくても、お、おっぱ、ぱぱぱぱぱぱぱぱパイーン!?
いけない、思考がすべて吹き飛んでしまった……
「顔を赤くして、どうしたんだ? ルノ」
「ひっ……」
リリーナが絶対零度の目を向けてきていた。
視線だけで胸をわしづかみにするような鋭い目がこ、怖すぎる。
彼女は僕が男だと知ってるから、喜んでると勘違いしているんだ。
ど、どどどっどうしよう!?
僕があわあわしていると、ケシーはさらに腕を強く抱き、リリーナへ告げた。
「ルノさんをアストライア家の養女として迎え入れますわ」
「却下だ」
「どうしてあなたに決める権利がありますの!? あなたは所詮、ただの雇用主でしょう? もし彼女に金銭面での問題があるのなら解決できます。ですから、もうあなたの元で働く必要はありませんわ」
「そもそも急すぎる。ルノをアストライア家に迎えて、どうするつもりだ?」
「わ、私のお姉様になってもらうのですわ。ずっと前から、ルノさんのような素敵なお姉様が欲しかったの」
「はぁ? 寝言は寝てから言いなさいな」
「お父様もお母様もルノさんならと、お許しくださいましたわ」
「やれやれ、そんな理由で押しかけられても困るな。ほら、ルノからもなにか言ってやってくれ」
「……へ?」
あれ? 僕の思考が吹っ飛んでる間に、なんか凄い話になってない?
ケシーは期待に満ちた、キラキラした目で上目遣いに見てくるし、リリーナは威厳に満ちた力強い眼差しで見つめてくるし、針のむしろだ。
誰か助けてぇ……
「ルノさん、ぜひとも当家の養女になってくださいな。そうすれば、もうお金の心配もいりませんし、大好きなスイーツだって食べ放題ですのよ?」
「ス、スイーツ食べ放題!?」
「ルノ」
ひぃっ、また地獄の底から響くような声が……
いけないいけない、僕としたことが。
とても魅力的な提案だけど、彼女が言っているのは僕を『養女』として迎え入れることだ、『養子』じゃない。
正体を明かしてしまえば、話は変わってくるのだろうけれど、リスクが高すぎる。
僕が男と知ったとき、彼女はどんな反応をするのか、憧れのお姉様を見つけたという幻想を砕いたとき、彼女はいったいどんな行動に出るのか、それを確かめる覚悟が僕にはない。
僕はケシーからそっと体を離すと、意を決して告げた。
「ケシー様、お気持ちはとてもありがたいです。ですが、私はリリーナさんの護衛を辞めるつもりはありません。どうかご容赦ください」
「そんなぁっ! どうしてですの!?」
「ルノはな、人には話せない大変な事情を抱えているんだ。そしてそれを知っている私としか、一緒にいることはできない」
リリーナは神妙な表情でそう告げた。
っておぉぉぉぉぉい!
またなんてことを言ってくれるんだこの人はぁ!
どうしていつもそう、余計なことを言うかなぁ!?
あー頭が痛くなってきた。
「そんな事情があるんですの? それなら、私にも教えてくださいまし。どんなことでも必ず受け止めてみせますから!」
「ダメだ、君に話すことはできない」
リリーナは口では深刻そうに言っているが、勝ち誇ったようなドヤ顔をしている。
この表情は……ただマウントを取りたいだけじゃないかぁぁぁっ!
今朝の可愛らしい反応といい、僕には妹が駄々をこねているようにしか見えない。
ケシーが捨てられた子猫のように潤んだ瞳で見上げてくると、罪悪感がこみ上げてきた。
それでも僕は、すべてを明かして楽になりたい気持ちを抑え、頭を下げる。
「本当に申し訳ありません」
「そう、ですか……」
ケシーは悲しげに呟きうつむく。
あぁぁぁ、心が痛いぃ。
「……諦めません」
「え?」
「私、ルノさんのこと……いえ、ルノお姉様のこと、諦めませんから!」
「何度来たって同じだよ。私とルノの絆は、誰にも断ち切れない」
ケシーとリリーナがにらみ合う。
バチバチと火花を散らし、それぞれの背後には、虎と龍が見えるようだ。
いや、どうして本人を無視して話を進めるの、あなたたち。
「それでは今日のところは失礼しますわ。ルノお姉様、リリーナ、ご機嫌よう」
怒涛の嵐を巻き起こした張本人は、優雅に去って行くのだった。
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