そりゃあ、帰り際にあんなにピッタリくっついて歩けば、マウントもとれるでしょうよ……
「~~~♪」
「なんだかご機嫌ですね、リリーナさん」
朝食後、紅茶の入ったティーカップを彼女の前へ置きながらたずねる。
リリーナは朝からとても顔色が良く、声が弾んでいた。
しかし僕の気持ちは複雑だ。
そりゃそうだろう。
大勢の貴族や商人たちが見守る中で、かなり目立ってしまったのだから。
ケシーの両親に聞かれては、名を名乗らないわけにもいかなかったし。
「いやぁ、昨夜は興奮のあまり寝れなかったよ!」
「それは大変です。まだお休みになられてても良かったのでは?」
「なにを他人事みたいに言ってるんだ。昨日の君の活躍のおかげだよ」
やっぱりそれかぁ。
リリーナさんの睡眠時間を奪うなんて本当に申し訳ない。
僕が困ったように苦笑していることなんて気にせず、彼女は紅茶を一口飲んだ後、嬉しそうに頬を緩ませた。
「うん、実に痛快だった。最後の剣を受け止めた技なんて、いまだ現実のこととは思えないよ。あんな凄い光景を見せられたら、女の私でも胸が躍る。ケシーなんて、心あらずといった感じで、君が立ち去るまで熱に浮かされたように見つめていたし。美しい令嬢たちやボンボンどもも、君の姿に釘付けだった」
「もぅやめてください……」
思い出すだけで恥ずかしい。
だって、女装した姿で目立つんだよ? 客観的に見てイタイ奴じゃないか。
もしこれで、男だとバレた日には一生笑いものにされる、社会的に死ぬ。
僕へ向けられていた羨望が軽蔑に変わるんだ、想像しただけでも恐ろしい。
まぁでも、リリーナさんが嬉しそうなので我慢するけど。
「私を見る貴族たちの目が明らかに変わったよ」
「そ、そうですか。お役に立てて良かったです」
僕の頬が引きつる。
そりゃあ、帰り際にあんなにピッタリくっついて歩けば、マウントもとれるでしょうよ……
おまけに勝ち誇ったような笑みまで振りまいてたし。
それにしても、今日のリリーナさんはやけに興奮してる。
やっぱり寝不足だからかなぁ?
「あの場にアリエス・コリンがいなくて良かった。興奮した彼女なら、君を押し倒してもおかしくないからね」
「ええ、それは、本当に」
屋敷での彼女のサディスティックな笑みを思い出し、背筋が凍る。
もし襲われたら男だとバレて即破滅だ。
そのときは秘技を駆使してでも逃げなきゃいけない。
僕がガクガクブルブル震えていると、リリーナは急に真剣な表情になり改まって姿勢を正した。
「本当にありがとう、私の友人を助けてくれて」
「いいえ、当然のことをしたまでです」
その言葉は純粋に嬉しかった。
彼女の日常を守れたことがとても誇らしかった。
僕の顔が自然とほころび、リリーナをぽーっと見つめていると、彼女は咳払いして少し頬を赤くし、目を逸らす。
「昨日の君は、男として見ても、その……凛々しくて、かっ、カッコ良かった……」
「……へ?」
なんていう不意打ちだろう。
不覚にも胸が高鳴ってしまったじゃないか。
僕は、そういう男としての魅力を褒められることに飢えているんだ。
「も、もう一回! 今のもう一回言ってください!」
僕が横からリリーナの目を覗き込んで懇願すると、彼女は「ぅ~~~」とますます赤くなって俯いてしまう。
「ち、近いよぅ……」
「お?」
耳まで真っ赤にしてゴニョゴニョ呟く姿は、いつものリリーナとは違い、とても可愛らしかった。
いつもは堂々としているが、見た目は小柄で可憐な女の子なんだ。
こうしていると妹のように思えてきて微笑ましい。
だから僕はニヤニヤするのを抑えられず、思わず率直な気持ちを口にしてしまう。
「可愛いなぁ」
「へにゃっ!?」
ガタンと大きな音を立て、リリーナは飛び退く。
す、凄い運動神経だ。
あまりの速さに僕も目を丸くしてしまう。
いや、それよりも今、彼女の口から出てきた可愛らしい声はなんだ?
そっちのほうが驚いた。
「み、見るなぁっ」
リリーナは羞恥にわなわなと唇を震わせ、両手で顔を覆う。
なんだろう、いつもの彼女とのギャップに、なんだかイケナイことをしているようでドキドキしてくる。
うぅ~ん、なんか収拾がつかなくなってきたなぁ……これ以上なにかすると、後が怖いからどうしたものか。
僕が困り果てていると、玄関のベルの音が響いてきた。
お客様だ、ナイスタイミング!
僕はわき目も振らず、居間から出て行く。
「私、お客様をお出迎えしてきますので、どうぞごゆっくり~」
「あっ、リ……ルノ!」
僕はホールの階段を降りながら、ゆっくり呼吸を整える。
冷静に、冷静に。
ふぅっ、と一息ついて落ち着きを取り戻すと、ゆっくり玄関の扉を開けた。
「はいっ、お待たせしました!」
「ル、ルノさん! ご、ご機嫌よう!」
そこに立っていたのは、ケシー・アストライアだった――





