僕も護衛として、その求めに応えなければならない
「――きゃぁぁぁぁぁっ!」
屋敷に近づいていくと突然、甲高い悲鳴が聞こえた。
入口のほうから蜘蛛の子を散らすように次々と人が出て行くるのが見える。
そのまま逃げる者もいたが、一部は立ち止まり、二階のバルコニーを見上げた。
「なんだ!? いったいなにが起こった!?」
「あっ、リリーナさん、離れないでください!」
僕の制止の声も聞かず、リリーナは駆け出した。
周囲を警戒しつつ、その後を追う。
屋敷の前まで来ると、なにが起こっているのかよく分かった。
二階のバルコニーで、一人の令嬢が切羽詰まった表情の男からナイフを向けられている。
男の服装を見たところ商人のようだが、その濁った瞳に宿る憎悪は、とても貴族令嬢に向けるようなものじゃない。
それを見たリリーナが悲痛の叫びを上げた。
「ケシー!」
そう、今危険にさらされているのは、リリーナの友人ケシーだ。
その両親は下におり、娘が一人になるのを狙われたようだ。
ケシーに似た母らしき女性は祈るように両手を握ってバルコニーを見上げ、父らしき美形の男は警護の騎士たちへ彼女を助けてくれと懇願している。
だが、この状況では騎士たちにはどうにもできない。
現に、バルコニーではケシーと男を騎士たちが取り囲んでいるが、二人の距離が近いこともあり、うかつに近づくことができないようだ。
「いったい、どうすれば……」
悔しさに拳を握りしめる。
今、僕たちにできることはなにもない。
取り囲んでいる騎士たちが、まずは落ち着いて話をしようと声をかけており、あの男が対話に応じてくれるのを祈るだけだ。
そのとき、僕の袖を小さな力が引っ張った。
「……リリーナ、さん?」
「ルノ、お願いだ」
普段の彼女からは考えられないか細い声だった。
不安に押しつぶされそうな泣きそうな表情。
彼女も最悪の事態を恐れているのだ。
そして瞳を不安に揺らしながら、震える声で懇願した。
「ケシーを、私の友達を助けてっ!」
そこにいたのは、誇り高き元貴族令嬢でない。
ただの一人の女の子だ。
彼女は僕に言っている、友達を助けてくれと。
無理を承知で――
「――っ!」
違う、すがるだけの眼差しじゃない。
まっすぐに僕を見上げる瞳には強い意志がある。
彼女は信じているんだ。
僕ならケシー・アストライアを、彼女の友達を――大切な日常を、守ることができると。
だから、僕も護衛として、その求めに応えなければならない。
「お任せください」
安心させるように柔らかく微笑むと、僕は駆け出した。
蹴った地は砕け、勢いよく風を切る。
動揺して逃げ惑う人々の間を縫い、疾風の如く走り抜ける。
今から屋敷へ入って、バルコニーへ上がっている暇はない。
それどころか、バルコニーの真下までもまだ遠い。
僕は、無礼を承知で力の限り叫んだ。
「ケシーっ! 飛べぇぇぇぇぇっ!」
突然の叫び声にケシーは驚いて肩を震わせた。
さすがに下を見ている余裕はなく、目の前の凶器から目が離せない。
それでも、僕の声は届いたはずだ。
その証拠に、男のほうも僕の発言の意図に気付いたのか、焦燥の表情を浮かべ、凶器を強く握り腰を落とした。
騎士たちが慌てて叫ぶ。
「ま、待てっ!」
「早まるな!」
「うるさぁぁぁいっ!」
そしてケシーへ向かって一直線に走り出した。
だが既に、彼女はバルコニーの柵へ駆け寄っており、それを乗り越えて飛び降りる。
柵が低くて本当に良かった。
そのおかげでスムーズに乗り越えることができたから。
振るわれたナイフの切っ先がケシーのドレスを切り裂いたが、ギリギリ体には当たっていない。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
空中でケシーが絶叫する。
下にいる貴族たちも慌てふためいて、誰一人彼女を受け止めようとはしてない。
いや、そんな勇気がないんだ。一瞬でも誰かの命を預かるという、その責任の重さを受け入れる勇気が。
だから、僕が走る。
地面を抉る勢いで足に力を込め、思い切り跳ぶ。
そして落下するケシーへと無我夢中で手を伸ばした。
「間に合えぇぇぇっ!」
あと少し、あと少しで手が……届いた!
握ったケシーの手を強く引き、自分の胸元へ抱き留める。
そしてお姫様抱っこの形で抱えると、両足でしっかりと着地した。
「ケシー様、ご無事ですか!?」
無事を確かめようと顔を覗き込むと、彼女は茫然と目をパチクリさせていた。
今の状況が理解できていないようだ。
「へ? あ、あなたは……」
「良かった、ご無事で……本当に」
僕は安堵のあまり目に涙を浮かべていた。
男らしくはないけど、今回ばかりは許してほしい。
「――やめろ! 離せぇぇぇぇぇっ!」
叫び声が聞こえ、上を見上げると、男は騎士たちに取り押さえられていた。
それでようやく実感がわいてきた。リリーナの大切な人を守ることができたという実感が。
周囲を見回すが、他に危険人物の姿はない。
「……あ、あのぅ、そろそろ下ろして頂けると……」
「え? あ、申し訳ありません!」
胸の中でぼそぼそとした呟きが聞こえ下を向くと、僕の顔を見上げていたケシーが、ぼーっとした表情で頬を真っ赤にしていた。
僕は慌てて彼女を下ろし、そして頭を下げる。
「先ほどは、失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「さっきの声はあなただったんですのね。謝らないでください、こうして助けて頂いたわけですし……本当にありがとうございました」
彼女は深く頭を下げた。
こういう状況だというのに、優雅に対応できるところは尊敬できる。
さすがは貴族令嬢だ。
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