あ、これはまずい……突然ピンチになった気がする!
「――よしっ! 来るなら来なさい!」
僕は屋敷の前にある大きな噴水の前で立ち止まると、背後を振り返った。
アリエスと真正面から対峙するつもりだ。
体に触れさせさえしなければ、男だとバレることはない。
しかし、屋敷のほうから歩いて来たのは、アリエスではなかった。
「君は、さっきの……」
「ウ、ウィニング・グレイシャル、様?」
そこにいたのは、さっきまで可憐な令嬢たちにキャーキャー言われていた色男だ。
輪郭はシャープで、鼻が高く目元はキリッとした精悍な顔つきだが、甘く柔らかい笑みをたたえているため親しみやすさもある。
だが今は、目を丸くしてこちらを見つめていた。
「驚いた。もの凄いスピードで横を走り抜けて行くから、誰かと思ったよ」
「え、えっと……足の速さには自信があるんです。そういうウィニング様は、あの状況でよく抜け出せましたね?」
「君のおかげだよ」
「私の?」
「ああ。君がみんなの注目を集めてくれたから、その隙に逃げたんだ。まさか追い越されるとは思ってなかったけどね」
ウィニングはそう言って苦笑する。
どうやらこちらのことも見ていたらしい。
「お互い、大変でしたね」
「まあね。本当は来たくなかったんだけど、なにかおもしろい話が聞けるかもしれないから」
「私たちも似たようなものです」
彼もリリーナと同じ考えのようだ。
そうだ、彼女のためにも情報収集しておこう。
「なにか、おもしろい話は聞けましたか?」
「いや、全然だよ」
「そうですか……それは残念でしたね。では、もうお帰りになられるのですか?」
「そうだねぇ、そのつもりだったんだけど、君に興味が湧いた」
「へ?」
あ、これはまずい……突然ピンチになった気がする!
僕が警戒に身構えていると、ウィニングは微笑みながら聞いてきた。
「もう知っているようだけど、僕はウィニング・グレイシャル。君は?」
「え、えっと……ルノ・カーストです。平民です」
さすがに自分だけ名乗らないのは気が引けるので、答えてしまった。
とりあえず、貴族の嫌いそうな情報を追加しておいたので、興味を失ってくれると嬉しい。
「ルノさんか。実は僕も、元は平民なんだ」
あっ、そういえばそうでしたね!
逆に会話の入口を広げてしまったぁ~
えぇい、こうなったら、自分以外の人の話に注意を向けるしかない!
「お聞きしております。実は、私の友人も貴族になることを目標にしておりまして」
「へぇ、そうなんだ。その目標、達成できるといいね」
「はい。それでお聞きしたいのですが、平民から貴族になると、どんな変化があるのでしょうか?」
自分でも変なことを聞いていると思う。
必死に話をそらそうとした結果、勝手に出て来た質問だ。
それでも気にはなる。
もし、リリーナが貴族となったとき、僕を……ルノ・カーストをどうするのか、僕たちの関係のなにかが変わるのか。
「変化か……それは人によると思うよ。ただ、僕はなにも変わらなかったかな」
「そう、ですか……」
「なんのために貴族を目指すのか、というその人の目的次第だよ。富や名声が欲しいのなら、平民だった頃の生活とはがらりと変わるだろうし、貴族の権力で誰かを救いたいと思うのなら、その人との明るい未来が待っているのかもしれない。でも僕には、目的なんてものはなかった」
「そうなのですか? では、なぜ貴族に?」
「満たされないんだ」
「え?」
「早くに家族を失くし、僕は一人になった。それからはただ虚ろな毎日を過ごし、生きるために淡々と金を稼いできた。財力があれば満たされるのかもしれない、そう思ったけど、どれだけ稼いでも満たされることはなかった。それなら権力があれば、満たされるのかもしれない、そう思って貴族を目指したけど、結局なにも変わらなかった。満たされないんだ」
「それは辛いですね……」
「……すまない、自分のことばかり語り過ぎた」
「いえ、いいんです」
こっちはそれが目的だったし。
「なぜだろう? こんな話、他人にはめったにしないのに、君になら自然と気安く話すことができる」
それは僕が男だからではないでしょうか? とは言えない。
でも彼の話に共感したからこそ、僕も言いたいことがある。
リン・カーネルの本心として。





