よし、逃げよう!
「お嬢さん、少しお時間頂いてもよろしいですか?」
「はい?」
振り向くと、そこには爽やかな笑みを浮かべた金髪の青年が立っていた。
かなりの美形で、着ている上衣やベストなどの身なりを見ても、それなりの家柄のご子息に見える。
リリーナは先に歩いて行ってしまうし、なんだか嫌な予感がするんですけど……
「突然呼び止めてしまって申し訳ありません。あなたの美しさに目を奪われてしまったものですから」
……は?
男にそんなこと言われても全然嬉しくない。
僕が辟易して頬を引きつらせていると、それを合図とばかりにわらわらと人が集まってきた。
「おい待て! 俺も彼女に声をかけようとしていたところだ!」
「いいや、彼女には子爵家の嫡男であるこの僕が!」
そう言って次から次へと男どもに取り囲まれてしまう。
な、なんなんだ!?
確かに美形は多いけど、男に囲まれても嬉しくない!
「まぁ、あれをご覧になって」
「なんてお綺麗な方なんでしょう。きっと、とても高貴な身分の方に違いありませんわ」
「ええ、彼女の元へ、高名な家柄の方々が競うように迫っているんですもの」
周囲で見ている若い令嬢たちは、ポッと頬を赤らめて僕が金持ちのボンボンたちから詰め寄られている様子をうっとり眺めていた。
見てないで、誰か助けてぇぇぇっ!
「僕はレイル・グランゾン、どうか君の名を教えてくれ」
「え、えっとぉ……」
男どもの勢いに圧されて後ずさる。
助けを求めてリリーナとケシーのほうへ目を向けると、二人は談笑しておりこちらを見向きもしていない。
リリーナが楽しそうで僕も嬉しいけど、今はそれどころじゃない。
他に打開策はないかと慌てて周囲を見回すと、見覚えのある令嬢がこちらを見ていた。
栗色の長い髪に、表情の希薄なこの女の子は――
「ア、アリエス・コリン……」
変態の彼女がなぜここに!? って、宝石商の娘でアートでもかなり稼いでるって話だから、不思議じゃないか。
彼女はじっくりと目を離すことなく僕を見つめていて、目が合うと、なにやら唇を動かした。
えぇ、なになに……「食べちゃうゾ♡」
ひ、ひぃぃぃぃぃっ!
全身の毛が怖気立った。
彼女は本気だ。
二ヤリと口の端をサディスティックに歪め、舌なめずりしている。
とてもセクシーで魅力的だけど、ピンチだ!
恐怖のあまり、僕は思わず股間を……じゃなかった、スカートを押さえてしまう。
すると、周囲の男性陣が急に固まった。
「な、なんだ、急に色っぽく悶えだしたぞ」
「もしかして、俺を誘っているのか?」
「顔も赤いし、具合が悪いんじゃないか? 僕が介抱してあげよう」
よし、逃げよう!
僕は彼らが固まっているうちに人混みをかき分け、屋敷の出口へと走り出した。
申し訳ありません、リリーナさん、自分の身に危険が迫っているので、一度この場を離れます!
護衛としては失格だけど、信用のある人たちしかいないし、大丈夫だろう。
それに、こんな身分の高い人たちがいる中で、没落貴族のリリーナを狙う理由がない。
それよりも僕が男だとバレて、連れ込んだリリーナの品位が疑われるほうが問題だ。
「な、なんて速さなんだ!?」
「彼女はいったい……」
これでも秘剣を継承した鬼人。
ドレスのスカートだろうと、それなりに速く走れるのだ。





