か弱い少女を見捨てるだなんて、『男』じゃない
クビになったショックでその日は一日中寝込んでいた。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、新たな職を探して町を毎日駆けずり回った。
僕が一人身で良かったと今だけは思う。
他の誰かに迷惑をかけず、苦しませずに済むから。
しかしアルゴス商会の根回しは相当のものだった。
鉱石素材の取引を専門とする商会の中では、このイージス州の中心部でもトップのシェアを誇るため、大商会と認識されておりその影響力も大きい。
だから僕が護衛の仕事をしようにも、リン・カーネルという名を聞いただけで、どこも雇ってはくれなかった。
それどころか、リン・カーネルは護衛でありながら、取引相手に取り入ろうとする卑しい男なのだと事実無根の噂まで広まっている。
今では町中を歩くのすら億劫だ。
「はぁ……」
その日も肩を落としてトボトボ歩いていると、いつの間にか人気の少ない路地のほうまで来ていた。
店の多く立ち並ぶ大通りから離れていくに連れ、活気はなくなり、薄暗い雰囲気が漂って来る。
ここからさらに奥へ進んで行くと、闇市場と呼ばれるアンダーグラウンドな世界が広がっているらしい。
しばらく当てもなく歩いていると、パリィンッと足元でなにかの割れる音が響き立ち止まった。
よく見ると、ひび割れた鏡が落ちている。
「はぁ……」
鏡に映った自分の姿を見て、再び深いため息が漏れた。
ぼさぼさで痛んだ長い黒髪を後ろで一つに束ね、前髪は長く目元を完全に覆っている。
まるで幽霊のようだ。
でも、これはあえてそうしている。
自分の顔がコンプレックスだからだ。
男なのに女のような顔をしており、華奢な体型に高い声もあってよく女性に間違われる。
それが嫌だった。
そのせいで苦労したのも一度や二度ではないのだ。
服は安物でボロボロになるまで着回し、猫背で声もボソボソと小さい。
鬼人ではあるが、頭のツノは幼い頃に根元あたりで折れてしまっているから、触らない限りは気付かない。
それどころか、鬼人の纏う荒々しいオーラすらないのだ。
間違いなく人に好かれるような雰囲気ではなく、それはあの三人に言われなくても十分に分かっていることだった。
「やっぱり、嘘だったのかな?」
アルゴスたちの話は、作り話にしてもリアリティに欠けると思った。
僕をクビにしたのは人件費削減のためだろうか?
最近はまったく山賊や犯罪者ギルドに運送中の荷車を襲われることもないし、護衛の人数を減らそうと考えたのかもしれない。
僕が選ばれたのは一番影が薄いからだろう。
そんなことを延々と考えながら歩いていると、近くで言い争いのような怒声が聞こえた。
「――なんだクソガキ!」
「っ……」
僕は無意識のうちに、左手に持つ刀の鞘を強く握っていた。
今は滅亡してしまったカーネルの一族に伝わる、『斬鉄剣』という刀剣だ。
刃渡り一メートル以上はある反った刃が特徴で、重く凄まじい切れ味を誇る。
僕は緊張感にゴクリと生唾を飲み込み、声のしたほうへ慎重に近づいていく。
壁の影から路地裏の様子をうかがうと――
「――それを返して!」
「あぁん?」
輝くような金髪をツインハーフにして、黒いヒラヒラのドレスを着た少女が三人のガラの悪い獣人たちに絡まれている。
正直なところ、見たくはない光景だった。
「あなたたちが露店からアクセサリーを盗んだのは見えていたわ。それを店に返しなさい」
「うるせぇな。嬢ちゃんには関係ねぇだろ。引っ込んでろよ」
「確かに私には関係のないことよ。でも、あの店の子たちは、厳しい経済状況の中で必死に頑張っているの。それを理不尽に踏みにじられるのを見て見ぬふりなんてできない」
「ちっ、面倒くせぇな。おい、やっちまうぞ!」
「おぅ! この女、中々の上玉だぜ」
「ひっひっひっ、たっぷり可愛がってやろうじゃねぇか」
「なんて卑劣な……」
どうやら少女のほうが彼らに絡んでいるようだ。内容から察するに、ゴロツキたちが店の商品を盗んで、それに気付いた彼女が取り返そうとしているらしい。
「なんて無謀な……」
周囲には誰もおらず、助けは期待できない。
少女はそれ以上なにもできず、ジリジリと追い詰められていく。
こっちには気付かれていないし、今なら見て見ぬふりをして立ち去ることもできる。
「……くっ!」
僕の体は、思考とは裏腹に飛び出していた。
いくら根暗で、自分に自信が無くて、人と接するのが苦手な僕でも武器は持っている。
それなのに、武器を持たないか弱い少女を見捨てるだなんて、『男』じゃない。





