ちょっと複雑です……
アストライア家は定期的に屋敷を開放し、酒や食事を振る舞うパーティーを開いているそうだ。
参加の条件は、アストライア家が出資する血酒専門店ヴィーナスの会員とその紹介者のみらしいが、リリーナと僕はケシーの紹介ということで参加できるらしい。
子爵家が主宰するということもあって、基本的には会員の審査が厳しいらしく、なおかつ高額な会費を支払っていないといけないのだとか。
そのため、参加者の多くは貴族や大商会の幹部とその家族で、信用できる人しかいないという話だ。
「――さて、本番はここからだ」
街路灯に照らされた夜道を歩きながら、リリーナは呟いた。
彼女はいつものフリルやレースで飾られた黒いドレスを着てはいるが、質感から普段よりもワンランク上のもののようだ。
僕もワンピースタイプのドレスを着るよう強制されてしまった。露出の少ない清楚なものだから良かったけど。
もちろん刃物の持ち込みは禁止なので、斬鉄剣は屋敷に置いてきた。
「さきほどのケシー様のご様子からすると、リリーナさんはこの手のパーティーにはあまり参加されていないのですか?」
「そうだよ。私も複雑な立場だから、あまりそういう場には行きたくないんだ。しかし、情報交換に最適な場なのは間違いない。だから今回は、お偉い貴族たちに君という存在をアピールする」
「私をアピールしてどうするのでしょう?」
「マウントだよ。ケシーの反応からして分かっただろう? 君は貴族から見ても、嫉妬するぐらい美しい。そんな君をそばに置いているというだけで、貴族たちにマウントがとれるからね」
「ちょっと複雑です……」
「悪いけど我慢してくれ。もしかすると、懇意にしてくれる貴族や商人が現れるかもしれない。そうなれば、後々の立ち回りが楽になる」
「なんだか、他人の好意を利用するようで気が引けますが、リリーナさんの未来のためです。お好きなだけ私をお役に立ててください」
こういうしたたかさがリリーナの魅力だ。
彼女の目的のため、僕の複雑な心境は置いておいて可能な限り力になろう。
アストライア家の屋敷につくと、外からでも爛々と輝く明かりや楽しげな声が漏れてきて、にぎわっているのが分かった。
受付を済ませてホールに入ると、煌びやかなシャンデリアの下で身なりの良い老若男女が高級そうな酒や豪勢な料理を手に、優雅に談笑していた。
高い質感を誇るスーツを着た貴族の紳士や、しわのない光沢あるコートを着込んだ商人、そしてボリューム感のあるドレスで着飾ったその妻と若い娘たち。
ここにいる誰もが気合を入れてきているのが分かる。
周囲を見渡してみると、二階のバルコニーへ上がって行く人がいたり、夫婦でのんびり食事を楽しんでいるペアもいるが、目立ったのは中央の人だかりだ。
スラリと背が高く、顔目立ちが抜群に整った黒髪のイケメンが令嬢たちに囲まれて苦笑していた。
彼女らは、目にハートを浮かべキャーキャー騒いでいる。
「さすがはグレイシャル男爵。大変そうだな」
「あの方をご存知なのですか?」
「ウィニング・グレイシャル。見た目の通り若いが、男爵家の現当主だ」
「そうだったんですね。美形で財もあるなら、人気があっても不思議じゃないです」
「そして、私の目指すべき姿でもある」
「どういうことでしょう?」
「彼は少し前まで、金庫番で働いていた平民だった」
金庫番とは、個人や商会の資金を預かるための金庫を保有し、口座管理をなりわいとする金融業者だ。
また、信用力を審査し、融資を行ったりもする。
しかし男爵家の当主が元平民とは意外だ。
「ということは、もしかして……」
「想像の通りだよ。彼は金融商品の取引においては、天才的な手腕を持ち、金融市場での取引で莫大な利益を上げたんだ。さらにその大金を、いくつかの中小商会に出資して先行投資にあてさせ、大商会にまで急成長させた。その功績を認められたことで、伯爵の所有する一部の土地の買い取りを許され、爵位を授かることができたという話だ」
「まるで物語にでもなりそうな素敵な話ですね。そんな凄い方がいるなんて」
「他人事じゃないぞ。平民から貴族に成り上がるというのは、そういうことなんだから」
「リリーナさん、応援してますっ」
僕はニッコリと微笑み他人事のように言った。
そりゃそうだろう。
僕には一生かかっても真似できない芸当だ。
ウィニングもアリエスのように、才能の格が違う。
僕はせめて、リリーナさんの邪魔をしないように頑張ろう。
すると彼女は、僕の心を読んだかのように、やれやれとため息を吐いた。
「まったく君は、自分のことを過小評価しすぎじゃないか?」
「? なんのことでしょう?」
「美貌というのは強力な武器だ。それを利用して貴族を魅了すれば、一晩で生活が変わる」
「私たちには関係のないことですねっ」
僕はまたニッコリ微笑んだ。
だって、そんな方法は気高いリリーナには似合わないし、ましてや男の僕には無理だ。
想像しただけで身の毛がよだつ。
「……もういい、ケシーのところへ行くぞ」
やれやれと困ったように苦笑したリリーナは、早速ケシーの姿を見つけ歩いて行く。
ちょうど彼女と話していた令嬢たちが離れたところだ。
僕もついて行こうと歩き出したが、突然後ろから呼び止められた。





