商会の危機(アルゴス商会サイド)
「――いったいなにをやっているかぁぁぁっ!?」
アルゴスの怒鳴り声が空気を震わせる。
その怒りの矛先は、執務机の前で片膝を立てこうべを垂れている護衛の獣人へ向けられていた。
エンヴァ商会との大口取引に失敗したのだ。
資源国から運送していた大量の鉱物資源は、道中の山道で山賊に襲われ、そのほとんどを奪われてしまった。
護衛は死傷者多数で、営業担当の商会員も重傷を負っている。
「なんのために貴様らを雇っていると思ってるんだ!? この役立たずがぁっ!」
獣人は俯いたまま悔しそうに唇を噛む。
命からがら生き延びたというのに、あまりにもひどい仕打ちだ。
さすがに見かねたのか、ナハルが割り込む。
「アルゴス会長、どうか一旦落ち着いてください。おいお前、なにか申し開きがあるのなら、言ってみろ!」
すると、獣人は顔を上げた。
「商品の運送中、想定よりも遥かに多い数の山賊に襲われました。その数は、これまでの比ではなく、今の戦力では明らかに足りませんでした」
「それほどの数で襲ってきたというのか。よりにもよって、なぜこの大事なタイミングで……」
「山賊たちから漏れ聞いた会話から察するに、リンがいないことを好機として、一斉に襲い掛かってきたようです」
それを聞いたアルゴスの眉がヒクヒクと痙攣する。
「なに? なぜそこで、あの気味の悪い男が出てくる?」
「リンの強さは、山賊たちにとっても脅威であり、抑止力となっていたようです」
その事実に、アルゴス、ナハル、ボロスの三人は目を見開く。
「なら貴様は、リン・カーネルさえいれば、今回の襲撃も防げたというのか!?」
「おそらくは……」
「この恥知らずめ! 自分の無能を棚に上げて、リン・カーネルがいなかったから商品を奪われただと? 貴様、自分で言ってて恥ずかしくはないのか!?」
「っ……」
獣人は拳を強く握る。
リンが抜けたことによる戦力の著しい低下は、何度もナハルへ訴えてきている。
それでも、彼を連れ戻すどころか護衛の一人も増やさず、まともに対応しなかった幹部の責任だ。
しかしリンと同じく、長年アルゴス商会の護衛をしてきた彼には、よく分かっていた。
なにを言っても無駄だと。
「もういい、貴様はクビだ。今すぐここから出て行け!」
「……長い間、お世話になりました」
淡々と告げ、獣人はなんの未練もなくアルゴス商会から去って行く。
これで護衛のさらなる戦力ダウンは避けられない。
彼が出て行って部屋に静寂が訪れ、ナハルが慌てて言う。
「彼を行かせて良かったのでしょうか? あれでも一番の古株で、腕も立つと評判でした」
「黙れぇ! 元はといえば、護衛の戦力を見誤っていた貴様にも責任があるんだぞ!」
「ぅっ……」
ナハルはなにも言い返せない。
リンが抜けたことによる危険性を聞いておきながら、アルゴスへ報告しなかったのは自分なのだから。
次にボロスが難しい顔で告げる。
「しかし、今回の損失は大きいですな。仕入れの費用が回収できなかった分、今の在庫を切り売りしていく必要がありますが、こうなると単価を上げざるをえません」
「ダメだ、それでは他の商会に客をとられることになる。金庫番に追加の融資を依頼しろ」
「し、しかし、前回も無理を押し通したのですし、今回の損害による財務状況の悪化では、さすがに融資の審査が通らないかと」
「もう少し頭を使わんか! そんなもの、帳簿を改ざんして儲かっているように見せればいい。今回の件が奴らの耳に入る前に、契約を取り付けてしまえばこちらのものだ。分かったらさっさと準備にとりかかれ、愚図が!」
「は、はいっ!」
「ナハル、お前は腕の立つ護衛を片っ端から集めてこい!」
「か、かしこまりました。リン・カーネルのほうはどうしますか?」
「ふんっ、奴などそこら辺でのたれ死んでいるだろうが、もし見つかれば俺の前へ連れて来い。適当な言いがかりをつけて、以前の半分の給金で死ぬまでこき使ってやる」
ボロスとナハルが慌てて出て行った後、アルゴスはリンの冴えない姿を思い出し、苛立ちに机を蹴り倒すのだった。





