この人は本当に……気高くて、美しくて、優しい人だ
僕たちは、しばらく走って人気のいない路地に入る。
ここまで来ればもういいだろう。
リリーナはさすがに走り疲れたのか、息を切らせていた。
「君はぁ……さすがだなっ……これだけ走って、息一つ乱れていないなんて……」
「まあ、これでも一応は鬼人ですし」
「そう言えばそうだった」と呟き、リリーナはゆっくりと息を整えた。
汗でピッタリと顔に張り付いた髪がなんだか色っぽい。
僕は彼女から目をそらしつつ、問いを投げた。
「どうしてあんな危険なことをしたんですか?」
「言った通りだ。あのままではご婦人が悲しむと思った」
「そうですけど、リリーナさんが傷つく可能性だってあったんですよ? 下手したら命を落とすかもしれなかった。危ないですから、ああいうことはもう止めてください」
僕は真剣な表情で少し強く言った。
今回は大丈夫だったから良いものの、下手すれば大けがを負っていたかもしれないんだ。
護衛としては複雑だけど、絶対に守ってもらえると思い込まれるのは避けないといけない。
それが油断を生み、いつか取り返しのつかない事態を招くから。
リリーナは、反省したように眉尻を下げ謝った。
「そうだな、すまない」
驚くほど素直だ。
こういうまっすぐなところは、とても好ましく思う。
「ぼ――私のほうこそ、生意気なことを言ってごめんなさい」
「いいんだ、それでこそ護衛というものさ」
「ご理解頂き、ありがとうございます」
「でも、結果的には想像以上の成果が得られた」
「どういうことですか?」
「君の力だよ」
思いもよらない発言に、僕は目を見開いた。
ド素人のはずのあなたが、どうしてそれを……
「リリーナさん、もしかして気付いて?」
「いやいや、あまり買いかぶりが過ぎるのも困るな。ただ君が、その姿になったことで、前よりも生き生きとしているのが分かるんだ」
「まったく、困ったお方ですね、あなたは」
ため息がこぼれる。
あなたの言う通りだ。
僕はいつの間にか、かつての感覚を取り戻し、再び秘剣を使えるようになっていた。それに気付くことができた。
今になってみると分かる。
これは視界がクリアになったことによる空間認識能力の向上だ。
今までは長い前髪が視界を遮ることで、空間認識能力が欠如していた。距離やタイミングを見誤ることもあった。それで傷つき血を流すことも。
つまり、自分で自分の可能性を制限していたんだ。
だから、広く遠くまで見通すことができるようになった今、不思議と自信が満ちていた。
セーブがなくなった秘剣の力、彼女に捧げよう。
「さて、今日はこのくらいでいいかな? 昼食でもとって帰ろう」
「え? 私はてっきり仕事をするものだと思ってたのですが……」
実は、それも少し楽しみしていた。
彼女がどうやって金銭を得ているのか、どのようにしてあの生活を維持しているのか、まだ教えてもらっていない。
「今日はいいさ。君もその格好にまだ慣れないだろう?」
「まさか、私のためだけに?」
「さて、どうかな」
リリーナは袖で口元を覆って上品に笑うと、背を向けた。
この人は本当に……気高くて、美しくて、優しい人だ。
その温かさが僕の胸を満たしていた。





