求婚と追放
連載開始です!
今日は一日で10話程度を投稿予定ですので、お楽しみに!
そこは、世界経済の中心と言われるドルガン連邦国。
いまだ古い貴族制度の残るイージス州には古来より、他国から亡命してきた様々な人種が住んでいる。
人間をはじめとして、獣人、エルフ、竜人、オーク……そして鬼人である『リン・カーネル』もまた、その一人だ。
「お前は今日をもって、アルゴス商会をクビとする」
「……え?」
アルゴス商会の会長であり、牛の角の生えた獣人『アルゴス』は、ためらうことなくはっきりと告げた。
僕がクビだと。
これまで何年もアルゴス商会の護衛として、危険な目に遭いつつも身を粉にして働いてきたというのに。
突然すぎて理解が追いつかない。
シックな執務机の前に座るアルゴスの横では、幹部の一人であるオーク『ボロス』と人間の男『ナハル』が険しい視線を僕へ向けていた。
「ど、どういうことですか!? まずは理由を教えてください!」
高圧的な彼らの視線になんとか耐え、委縮しながらも問うと、ボロスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
イボだらけの緑の豚鼻が膨らみ、鋭く光る二本の牙は迫力がある。
「取引先に色目を使う護衛なんて、いらないんだよ!」
「い、いったいなんのことですか?」
「しらばっくれるな!」
「み、身に覚えがありません……」
ナハルに怒鳴られ、僕の声は自然と小さくなってしまう。
だが身に覚えがないのは事実だ。
僕はずっと、鉱物資源を取り扱うアルゴス商会の護衛として、商品運搬の護衛をしたり商談時の幹部の警護をしていただけに過ぎない。
だから、客と接点を持ったことなど一度としてなかった。
アルゴスは忌々《いまいま》しげに顔を歪め告げる。
「取引先の商会長と商談をしているときに、お前のことが話題に挙がったんだ」
「え? 僕が、ですか?」
「そうだ。なんでも、娘さんがお前に惚れたそうでな。それで、ぜひとも紹介してやってほしいと言われた」
「……はい?」
思わず間抜けな声が漏れる。
今聞いた話がにわかには信じられなかった。
商会の会長令嬢が僕に惚れる?
いったいなんの冗談だろう……
目の前の三人も気持ちは同じらしく、眉間にしわを寄せため息を吐いていた。
「お前にも分かるな? そんなことはありえないし、あってはならない」
「まったくですな。こんなみすぼらしい格好をした、男か女かも分からない根暗な奴に惚れるなんて」
「しかもそのご令嬢は、芸術においてはあふれる才気をお持ちで、それでいて容姿端麗と評判だ。それがお前に惚れるなど、ありえない」
「ぅ……」
散々な言われようだが事実だ。
僕自身が一番よく分かっている。
「俺たちもお前のような奴のせいで恥をかくわけにはいかないのでな、なにかの間違いだろうと、丁重にお断りしたわけだ。そしたら、先方は酷くお怒りになって取引は破談となった」
「そう、ですか……」
なんだろう、このいたたまれない話は。
どう反応していいか分からない。
そもそも取引相手を怒らせたのは、最終的にアルゴスたちの自業自得じゃないか。
しかし彼らは、憎しみを込めた視線をぶつけてくる。
「お前のせいだ」
「は、はいっ? ちょっと待ってください!」
「お前さえいなければ、儲けることができたんだ。それを台無しにしたお前の罪は重いぞ」
「会長のおっしゃる通り。たかが雇われの護衛風情が調子に乗るからいけないのだ」
「そんなむちゃくちゃな……」
「黙れ! もうお前の顔も見たくないわ! 今この時をもってリン・カーネル、お前を解雇とする! さっさと出て行け!」
アルゴスは机に身を乗り出して、バンッと怒りのままに拳を叩きつけて怒鳴る。
もはやこれ以上の会話は無意味だ。
「……今までありがとうございました」
僕はなんとか顔が歪むのをこらえながら、ボソボソと告げて立ち去った。