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アネモネは色を選ばない。  作者: 瑞白青維
2.白々しい釘。
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「……はあ?」

 腹の底で不満を煮詰めたみたいな声を出して、ゴミでも見るような目で俺を睨み付け、あろうことか先程自分で買ったばかりの缶ジュースを俺の顔目がけて投げつけてきやがった。

「危なっ! ぎ!?」

 条件反射でなんとか飛来物をキャッチした俺の腹に二撃目がクリーンヒットする。そうだ、奴は武器を二つ持っていた。その事実に思い至った時、俺は既にその場に蹲っていた。激痛ではない。胃を圧迫されたことで昼食が戻って来そうになっただけだ。本当に危なかった。

「お前、……これは暴力だろ。訴えたら俺が勝つって」

「勝つ程度で満足するなら勝てば?」

「真面目に返すな。お前こそ情緒どうなってんだ」

 制服の上から胃の辺りを擦って立ち上がる。二本の缶ジュースをサキに差し出すと、「縁起悪そうだからいらない」ときっぱり断られてしまった。仕方なく手に残るそれらをべこべこと親指で圧し潰す。そろそろキレていいよな。自分の冷静な部分に伺うも「まあ待て」と制止されて終わった。解せぬ。

「……あの日トロちゃんを見て、かっこいいと思った」

「かっこいい?」

 怒りの感情とは異なる、しかし同等の熱が込められたサキの声。

 発された形容詞を反芻しながら彼女の顔を見れば、どこか思いつめた表情で眉間にしわが刻まれていた。仮にも「かっこいい」と言い表す人間のことを語る場面には全く似合っていない顔だ。

「言葉は『大っ嫌い』でも、顔を見れば分かった。トロちゃんは必死に、あんたに『好き』って伝えてるんだなって。あんたに本気の気持ちを差し出してるんだなって。かっこよくて、眩しくて、可愛くて、まだ話もしたことないのに応援したくて堪らなくなった。

 あんたがトロちゃんの手を引っ張って行ったからてっきりトロちゃんの恋が成就したのかと思ったけど、……トロちゃんに『喧嘩しちゃっただけ』って聞いてあんたに失望した」

「待て、何でそこで俺が出てくんだよ」

 サキの回答により疑問は解消された。サキはトロの言葉ではなく表情を見てトロの抱く好意を読み取ったという。それもなかなか常軌を逸しているとは思うが。しかしさすがにここで「お前の読みが外れていたらどうするつもりだったんだ」とツッコむほど俺はバカではない。空気を読むのはどちらかと言えば得意な方だ。

 表情と告白という行為。それによってサキがトロの味方で在ろうと現在進行形で関りを持っているのならば、この先輩は状況も分からず面白半分でトロをいじる奴らとは絶対的に異なる人間性の持ち主なのだろうと思う。

 思うが、何故敵意が俺に向く。

 サキの俺への評価が反転して脳内に響き渡る。

 ”あんたに期待した”。

 いや、失望したって言われても。

 耳から入る素直な聴覚刺激を追いかけ、何のことを言われているのか分からずに頬を掻く。

「あんたしか出てこないでしょ。告白されたのあんたなんだから。

 はっきり言うけど、私はあんたみたいに『気持ちが貰えて当然』って顔してる奴が死ぬほど嫌い。滅べばいいと思ってる」

「……喧嘩の売り方過激だな」

「喧嘩にもならないわよ。あんたは都合が悪いと逃げることしかしないじゃない」

 そんな言われ方は心外だ。べこっと缶ジュースの表面がより深くへこむ。体温がいくらか上昇したような気がした。

「よく知りもしないで人のことをそんな」

「あんたがトロちゃんのことを守らなかったのは知ってる。教室に行ってたから」

 その言葉を受けた瞬間、どくりと心臓が一際大きく跳ね上がった。上昇したばかりの体温が急激に下がっていく。背筋に冷たい汗が滲んだ。

 それは自分でも気にしていたこと。どうすればいいのか分からず、結果的にトロを守らなかった。改めて指摘されると息が止まってしまいそうになる。

「私はトロちゃんのこともあんたのことも全然知らないし、自分が見てきたことしか分からない。でも、せめて声くらいかけてあげなさいよ。それだけで『守られてる』って思えて安心することだってあるかもしれないでしょ。それもできないなら徹底的に、もう二度と関わってやるな。思わせぶりにちょろちょろ視線とか送るな。前だけ見てろタコ助」

「タコ助?」

「そこに反応するんだ? まあいいけど。

 話は終わり。もうトロちゃん戻って来てると思うし、私行くわ」

 言うだけ言って少しは得るものがあったのか、短い黒髪をさらっと揺らすとサキが背を向けて歩き出す。

 彼女が目の前からいなくなるとほっとして、呼吸がしやすくなった。

 離れていく敵意にしばしそのまま茫然としていたが、はっとして俺は遠くなった彼女の背中に言葉を投げかけた。

「あんた友達は? 何でトロにばっか構うんだよ。二年の友達と飯食えよ」

 サキは休み時間になる度にトロを訪ねて教室にやって来る。それは別にいい。というかトロがサキを受け入れているのだから、本来外野の俺がどうこう言えることではない。その辺はしっかり理解しているつもりだ。

 けれど頻度があまりに多い。

 このままでは教室でトロが孤立してしまうのも時間の問題なのでは。高校一年の春だぞ。人間関係とか、結構大事な時期だろ。

 そう心配して、けれど思うばかりでトロにもサキにもそれを言えずにいた。

 だから思い切って触れてみたのだが――

「いるように見える?」

 サキは足を止めたが、振り返ろうとはしなかった。先程まで散々毒づいていた高身長の彼女の背中がやけに小さく見える。

「……いや、いるだろ?」

 戸惑いが表に出ないよう気をつけながら、確認するように声を返す。

「あっそ」

 サキはそれだけ言うとゆっくりと階段を上っていった。

 それを見送った俺は、彼女が二年教室に戻るのは昼休みが終わる頃なのだろうとぼんやり考えていた。





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