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アネモネは色を選ばない。  作者: 瑞白青維
2.白々しい釘。
7/8


 



 翌日、昼休み。

 今日も今日とて俺はトロに話しかけることが出来ずにいた。ということで、朝からトロと一言も言葉を交わせていない。

 賑やかな教室の中、鬱屈とした空気を纏い一人机に突っ伏す。昨日あれだけ話せて気分が持ち上がった分、今日の落差による気持ちの沈み具合は凄まじい。

「席替えはまだか」

 席が近ければもう少しどうにかならないか。

 思って、何一つ落ち度のない自席への恨みを込めて呟くと――

「せめて来月になったらじゃない?」

 驚くべきことに返答があった。

 それも最近よく耳にするようになった声で。

 少し首を巡らせればすぐに頭に浮かんだ人物の姿が目に映る。

「サキ、……先輩だっけ?」

「失礼な。敬語はどうした一年生」

 教室後方の出入り口。そこから堂々と教室内へ身を乗り出していたのは、俺とは一切の関りを持たないなんたらサキ先輩だった。

 ちらりとトロの席に視線を投じてみる。しかしそこは空だ。

 再度、先輩を見やる。

「トロはタメで喋ってますよね」

 わざと敬語を強調して返すと、サキは「うっわ」と言ってこれでもかと言わんばかりに顔を顰めてみせた。

 たったそれだけのことで、言葉などなくとも相手の感情が明確に伝わってしまう。

 こんなことで嫌われることってあるか?

 今度は心中で独り言ちると、「あんたさ」と先程よりもぞんざいな呼び方をされる。

「ちょっと来てくれない? トロちゃん戻るまででいいから」

 言うや否や、サキは俺の制服を猫でも捕まえるようにぎっちりと握り引っ張ってきた。後ろ向きに働く力に慌てるも、向こうは俺の足取りなど興味がないのだろう。一定の歩幅で廊下をずんずんと進んでいく。「ふざけんな、おい、放せって」と抗議の声を上げてみるものの相手は完全無視。しかも握力・腕力共に強いときた。仕方ないので「こいつには日本語が通じないんだ」と自身に言い聞かせ、比較的大人しく彼女に着いて行ってやることにした。

 連れられたのは昇降口に置かれた自販機の前。

 通常であれば誰かしらいそうなものだが、今ここには俺とサキの二人しかいない。昼時の購買に人が流れているからだ。

 サキは俺の制服から手を離すと、財布から小銭を取り出し飲み物を買い始めた。二本目も購入する。それを見て「こいつ奢ってくれんのか?」なんて思っていると「これトロちゃんのだから。喉渇いてるなら自分で買いな」と即座に言い捨てられた。

「財布教室だし――」

「あのさ、あんたトロちゃんの内履き汚したの謝ったの?」

「は?」

 俺の言葉を遮ったその声には、静かな怒気が滲み出ていた。

 内履き? 汚れて、いただろうか。

 首を傾げる俺の姿が自販機のプラスチック板に映り込んでいる。それを認めたのだろう。サキはわざとらしく肩を落としながらため息を吐く。

「信じらんない。なんのこっちゃか全然分かってないじゃない。トロちゃんが可哀想」

「はい?」

 自分の額に血管が浮いたような気がした。ぴきっという不自然な音に鼓膜をつつかれながら「冷静で在れ」と心で唱え己を律する。

 サキは二本の缶ジュースを持って振り返るとまた「うげっ」と言って表情を歪ませる。つくづく失礼な先ぱ、いや、奴だ。

「仏頂面だとは思ってたけど、あんたいつもそんな顔でいるの? 私を殺す気なら正当防衛として小銭であんたの目を抉る」

「積極的に殺しに来てんじゃねーよ」

「すっかり敬語取れてるし。

 さっきの話に戻るけど、トロちゃんの内履きあんたが汚したんだからね」

「話飛び飛びだなあんた」

「後ろめたいからって話を逸らすな」

「いや事実……なんか、もういい」

 話しが通じない。というか噛み合わない。互いの歯車の形が明らかに違い過ぎる。無理に噛み合わせようとするのも疲れそうだ。なんで俺がと思わなくもないが、一応後輩という立場もあるので先に閉口してやる。

 すると、サキには俺が無駄な抵抗を止めたように見えたのかもしれない。悪に正義の鉄槌を食らわせんとする物語の主人公のような堂々たる振る舞いで、俺に悪事を突き付けてくる。

「あんたはトロちゃんの内履きを汚した。この目で見たんだから間違いないわ。で、多分それを謝ってないし今までのやり取りからして知りもしなかった。これだけでも私から見たら最低だけど、もっと最低なこともしてる。あんたはトロちゃんの告白に返事をしていない。あんなに一生懸命思いを伝えてくれたのに、あんた何なの? 情緒死んでるの?」

「待て、告白?」

 最初の事案について聞いている時点で俺の怒りのボルテージは半分地点まで上がっていたが、第二の事案が語られてそれが音を立てて消火された。

 何故知っている。

 脳内が疑問符で満たされていく。

 何故トロの「大嫌い」が俺への告白だったとこいつは知っている。

 思考が知らず声を得ていたらしい。サキは動揺する俺に「そんなの決まってる」と応えを返す。

「さっきも言ったけど、見てたの。トロちゃんがあんたに告白したあの時、私トロちゃんの近くにいたから」

「そうじゃなくて。トロは俺に『大嫌い』って言ったんだぞっ」

「違う、『大っ嫌い』って言ってた。あんた自分への告白の言葉もまともに覚えてられないの!?」

「細かい! 覚えてるっつの! そうじゃなくて、普通『嫌い』って言ってんの聞いたら告白とは思わんだろ!」

 話がなかなか前に進まないじれったさに大きな声が出てしまう。俺は一般論を、世間一般ではそう思うのが自然だろうということをサキに向かって言い放った。俺がそう思っているわけではない。事情を知らない奴らから見たらそう見えるはずだろうという所を指摘したまでだ。告白したトロと俺にとってはそうでなくても、お前らにとっては「そうだろ」と確認する気持ちで発言しただけなのだ。

 なのにこの女ときたら。





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