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アネモネは色を選ばない。  作者: 瑞白青維
2.白々しい釘。
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 黙っていれば続くだろう。伝えてしまえば終わるだろう。





 入学式から早一週間と数日が過ぎた。

 本格的に授業が始まり、部活動や委員会の説明会も終わった。そろそろ一年生も入学したてのお客様から学校の構成員として数えられるようになってきている。

 机上にはその証とばかりに「入部届」と書かれた一枚の紙があった。今日の帰りのホームルームで配布されたそれは、二週間の部活見学・検討期間を経て担任へ提出せよとのことだった。

 さよならと全体で挨拶をしたにも関わらず、教室内はその話題で持ち切りだ。

「俺バレー部に入るわ」

「女バスに中学の先輩いるの。入部するって約束したからもう提出して帰ろっかな」

 無意味に報告し合うクラスメイトを横目に「はんっ」と鼻で笑ってやりたい気分になる。考えてから決めろよ、地獄を見るぞ。内心でそんなツッコミを入れながら、苛立つ気持ちを発散しようとするもなかなかうまくいかない。

 理由は分かっている。苛立ちの元凶を取り除けていないからだ。

 そろそろだ。そろそろ()がやって来る。

 軽く袖を捲り、最近購入した安い腕時計を睨み付ける。

 と。

「トロちゃん」

 背後から落ち着いた、けれど快活な女声が響いた。

 来やがった!

 俺はすぐに振り返りたいのを懸命に堪え、極力自然な動作に見えるよう声の方に目をやる。

 教室後方の扉。廊下側の最後尾を陣取る俺の席から最も近い場所にその女はいた。

 高い身長と、肩に付かない黒い髪、八の字をひっくり返したような強気で凛々しい眉。何の迷いもなく「世界は美しい」とか胡散臭いことを言い出しそうな「根明な優等生」然りとした立ち姿。

 帰宅部のなんとかサキとかいう二年生の先輩だ。

「咲ちゃん」

 呼ばれたトロは窓側の最後尾の自席から急いで立ち上がると、荷物を全てまとめてサキに駆け寄っていく。その際必然的に俺の後ろを通るのだが、こちらには一切目もくれない。

「予定がないなら一緒に帰ろうと思って。私今日はバイトないから、前言ってた図書館行けるよ」

「トロも今日はバイトないんだ。行ってみようか」

 そんなやり取りをして二人は笑顔で教室を去っていった。

 ざわついていた教室がいつの間にか静まり返っている。かと思えば、誰かが「すごいよね」なんて感想を零しだす。

「先輩とタメで喋ってる」

「しかも一緒に帰ってるよね」

「やり取りが自然過ぎて先輩って最初分かんなかったわ」

「何で知り合ったんだろうね」

 最初のペンギンよろしく次々と溢れる言葉に呆れ、俺も荷物をまとめると教室を後にした。





 トロは告白を皮切りに、本当に俺に話しかけなくなった。視線すら寄越さない徹底ぶりに、密かに頭痛を覚えてしまう程だ。

 告白翌日以降、クラスメイトは暇さえあればトロの告白劇をネタにあれやこれやと盛り上がっていた。面白半分でトロ本人に突撃取材をかます輩も少なくはなく、「喧嘩しただけだったんだよ」と楽し気に笑うトロの声は休み時間に必ず一度は教室に響き渡った。

 対して、俺の周囲には誰一人として寄り付くことがなかった。「近づいたら殺す」と心で念じていた効果があったのかもしれない。話題が話題なだけに苛立ってもいた。元々悪い目つきは通常の八割増しで凶悪になっていたことだろう。

 それに、焦りだってあった。トロとこのまま話せなくなってしまったら。そう思うと、それを肯定する気持ちも否定する気持ちも競り合うように生じた。

 俺、このままやり過ごした方がいいんだろうか。いやでも、……納得できん。一回くらい、せめてちゃんと話す機会がほしい。

 そんな思いでどうにか俺からトロに話しかけるタイミングを伺っていた時、サキは教室に現れた。

「ピンクの、そう、そこのあなた」

 そんな声を耳にしたのは、トロの告白から三日後の昼休みだっただろうか。

 聞き慣れない声に、自分達とは異なる色彩の靴紐。

 突然の先輩の登場に教室内は静まり返った。

 呼ばれたトロだけが「はーい」と呑気に応えて、先輩と何か話すと二人でどこかに行ってしまった。

 その日からサキは毎日のように、放課後になるとトロを訪ねて教室に来るようになった。

 トロの告白に関する話題も、その辺りから少しずつ落ち着きを見せていった。





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