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アネモネは色を選ばない。  作者: 瑞白青維
1.反転の告白。
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挿絵(By みてみん)





 自分の中に在るだけでは、あなたにとっては無いに等しい。





 高校の入学式。

 クラス発表に自己紹介。

 予定されたスケジュールは午前中で全て無事終了した。

 もう学校に用はない。さくっと帰ろうと教室を出た時。

 着慣れないブレザーを横からくんと控えめに引かれる。同時に、か細く震えるソプラノが「陸」と俺の名前を紡ぐ。

 わざわざ見ずとも誰がそんなことをしているのかなんて分かり切っていた。が、視界の隅に見慣れた色を認めるとつい癖で追いかけてしまうのだ。仕方ない。

 俺の横には()がいた。

 桜色の長過ぎる髪を二つに結び、瞳には青いカラコンをしっかりと被せた小さく細っこい奴。腐れ縁の奴。高校からは関わりたくないなとぼんやり思っていた奴。同じクラスだったので既にがっつり関わる予感がしてげんなりしていた所に、現在進行形でがっつり関わってしまった。全面的にこいつのせいでしかない。

「なんだよトロ」

 うっとうしさ全開であだ名を呼ぶと、奴――トロは零れそうなほど目を見開き花が咲くようにぽぽっと頬を染めた。

 やめろ、そんな反応をするな。

 仏頂面を保ったまま内心俺はハラハラしていた。自分では分からないが、顔は青ざめているのではないだろうか。

 トロは見た目がとにかく派手だ。入学した高校は「校則が割と緩い」と生徒側からは好評の学校だが、それでもこんな馬鹿みたいな髪色の奴が目立たないわけがない。こいつは朝からケロッとして過ごしていたようだが、俺はこいつから距離を取って奇異なものを見る眼差しを送り続ける同級生も上級生も保護者もこれでもかと言うほど見てきた。

 今だってそうだ。教室や廊下ではしゃぐ生徒、ちらほらいる保護者。そいつらは大体がトロを見ているし、何なら眉を顰めてこそこそと何かを話していた。その表情を見れば大体の話の内容は想像できる。どうせこいつを見て「痛い奴がいたもんだ」と嗤うなり貶すなりしているのだろう。俺も何か言われているのかもしれない。いや、言われてるだろうな。

 さようなら、俺の平和な学校生活。

 こんにちは、アンハッピースクールデイズ。

 まあ、平和もハッピーも最初から望めなかったのだが。

「あの、言いたいことがあって、……帰り一緒に帰れない?」

「一緒に帰りたくないので無理でーす」

 俺の心境を慮ろうともしないお前の申し出なんぞ受け入れられるか。その一心でいかにも「勇気を振り絞りました」と言わんばかりのトロの言葉をばっさりと切り捨てる。すると不思議なことに、教室内に残る数名の女子から殺気が飛んで来るのだから理不尽極まりない。女子って何なん? それともあいつら同中なんか?

 このままでは明日以降教室で息ができないかもしれない。嫌な予感に背筋を震わせていると「分かった。じゃあまた明日――」なんて言ってトロが手を振ろうとしたため、俺は遮るように「分かった下までだ。一緒に行くぞ」と言葉を挿むことになった。





 前にここに来た経験が早速こんな形で活かされるとは。

 俺は複雑な思いでトロを美術室脇の不自然な空き空間に案内した。四・五人程度ならだべったり昼食を取ったりできそうな場所だ。中三になったばかりの頃、見学会に参加した際に見つけた。秘密基地っぽいとその時は少々はしゃいだが、すぐに先輩に「あそこ指導部屋になりつつある」と言われときめきを返してほしいと唸ったのが少しだけ懐かしい。

 こいつもその内ここで指導されるかもしれない。こんな見た目だし。

 思いつつトロに「言いたいことって?」と促してやると、奴は俺でさえ少し可哀想に感じてしまうほど慌てふためき、それでも丁寧に言葉を選び始めた。

 トロの言いたいこととは、つまるところ告白だ。

「あのね、前にも言ったけど……トロは陸と一緒に楽しく学校生活送りたいと思ってて」

 トロの言う通り、こいつの告白は今日が初めてではない。だから俺の心臓は平常運転を継続しているし、トロのように恥じらうような気持ちもない。心中は「こいつも懲りねえな」の一言に尽きている。むしろ毎度初めて告白するような熱量で思いを告げてくるこいつの方が一般的に考えてみても希少だろう。何度も同じことを繰り返せば慣れるだろうに。

 不本意ながら、恐らく一般寄りの俺の感覚はトロにこう返すことにすっかり慣れてしまった。

「そういうの無理だから」

「……だよね!」

 トロは俺の返事を聞くと、ぱちりと一度瞬いていつもの底なしの明るさを取り戻す。回らなかった口は油を挿した機械のように滑りが良くなり、トマトのように熟れた頬は本来の白さを取り戻していく。

 何十回と繰り返された告白の後はいつもこうだった。

 トロはあっさりと現実を受け入れ、冷静になり、とびきりの笑顔で明日の話なんかを始める。何度フラれてしまっても悲しんだり残念がる様子がない。今まで、一度たりともそんなことはなかった。そして今日もそんな様子が見られないということは――

「お前さ、いつまでこんなこと続けるの?」

「え?」

「毎度付き合わされるこっちの身にもなれ。高校生になってまでこんなことして……、俺の事困らせる遊びか何かか?」

「そんなことない」

「それしかないだろ。お前本当は俺の事好きでもなんでもないんだろ」

 硬い声音で否定するトロに、俺は今まで感じてきた違和感を次々とぶつけていく。告白の回数の割にいつまでも初めてみたいな演出があること、フラれた後の切り替えが毎度異常に早いこと、なのに何の前触れもなく次の告白が待ち受けていることなどなど……思いつく限りのことを精一杯並べ立ててやったと思う。

 トロは絶句していた。その顔を見れば一目で傷ついていることが分かる。震えを殺そうと小さな唇にはぎゅっと力が込められていた。しかし次の瞬間、そこから呼気がふっと零れ伏せられた睫毛がゆっくりと上向く。





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