6話 森へ
リリィと師弟関係を結んだ翌日――同じ時間、同じ公園で、俺達は向かい合っていた。
「――さて、指定したものは準備してきたな?」
「ハイ! 言われたとおり武器と動きやすい服装に輝石……」
少女は腰の剣、背中の大盾、左腕の腕輪と順に首を動かし、最後に小さな肩掛け鞄に手を突っ込み、革の袋を取り出す。
「あと水筒っスね!」
「よし。 ならあとはクリスタを待つだけだな」
「先輩?」と首をかしげるリリィ。
すぐに分かるよ、と言い。 家のある方を見やると、金髪の女性が歩いてくるのが小さく見えた。
「あっ! せんぱ~い!!」
「…………」
両手を大きく振るリリィに、クリスタは苦笑いで軽く手を振り返す。 振っていないもう片方の腕には、手頃な大きさのバスケットが提げられていた。
「お、来たか」
「来たか、じゃないわよ! 良いように使ってくれちゃって! はいこれ! 作ってきたからありがたく受け取りなさい!」
腹を立てながらもバスケットの中身を俺に差し出してくれる。
「おう、ありがとう。 森に行くならこれがないとな」
「それ、お弁当っスか? それに森……?」
「詳しくはアルに訊きなさい。 はいこれ」
少女の頭に浮かぶ複数のクエスチョンマークにあえて答えず、クリスタはもう1つの弁当箱を半ば強引に持たせる。
「え、えーっと……?」
「言ってなかったが、今日は町の北にある森に行こうと思ってな。 昼までに帰れる保証が無いから弁当作ってもらってたんだ」
「あ、そうなんスか? 先を見越して準備を怠らない……流石師匠っス!」
弁当片手にリリィは瞳をキラキラと輝かせる。
自分で用意すればよかったところを、ただ「食いたかった」という私欲でクリスタに作らせたんだけどな。
「それで、今日は森に行って何をするんスか? 走るっス?」
「いや、それは普段からやってるだろ? 俺が走らせる必要はないよ」
「えっ? 自分は確かに毎朝走ってるっスけど……言いましたっけ?」
「言われてはないけど、明らかに慣れてる走りだったし。 それに俺が指定したコースを生身で30分完走ペースはそれなりに鍛えてないと無理だよ」
俺がそういうと「おぉ~……」とオーバーな賛美の声を上げ、尊敬の眼差しで見上げてくる。
「流石師匠……もう自分のことなんて全てお見通しなんスね!」
「……まあそれなりには、な」
「すごいっス!! 尊敬っス!!」
握りしめた両手をブンブンと振ってリリィはその感動を表現してくる。
「なんでも褒めてくれるなこの娘」
「熱狂的なファンだったからそりゃね。 拒否しないからって変な事しないでよね?」
「しないしない。 いくらなんでも18歳以下はまずいだろ」
俺の言葉にリリィは一転不機嫌な顔を見せる。 小柄だし雰囲気も幼いので気にしているのかもしれない。
「師匠まで自分を子供扱いするっスか? 自分はもうそんなに子供じゃないっスよ! 一体いくつだと思って……」
「15歳くらいか?」
「えっ……せ、正解っス」
まさかの的中に大きな目を丸くする。 表情がころころ変わって面白いな本当に。
「大体低く見られるのに……師匠はこんなところまで完璧なんスね! カッコよくて強くて優しくて頭もいい! 最高の師匠っス!!」
「すごいな、全肯定してくれるぞ」
「……そうね」
クリスタは目頭を揉みながらやれやれと言うように首を振る。 それやってると老けて見えるぞ、とは言わない。
「……ま、ともかく弁当ありがとな。 有効に使わせていただく」
「食べる以外にどう有効につかうのよったく……今回だけだからね?」
「そうか、残念だ。 毎日作ってほしいくらい好きなんだけどな、お前の弁当」
「んむ……!」
真っ赤になった頬を膨らませてクリスタは俺から目を逸らす。
「…………必要に迫られたら作るわよそりゃ……」
料理上手の幼馴染は目を逸らしたまま意外なほど弱々しく呟く。
あれ? この感じは正直予想外だったぞ……? もっと「はいはい必要に迫られればねっ!」という感じを想定していたんだが……
「……いいかリリィ、このようにクリスタは褒めると結構コントロールしやすい。 上手く使っていけ」
「おお……あの先輩をこんなに大人しくさせるとは、流石師匠……でも多分師匠が言わないとこうはならないっス」
「ははは、そうかもな」
クリスタの方から熱い視線を感じるが、そちらを向く勇気は俺には無い。
「……じゃ、あたしはもう一眠りするから。 気を付けて行ってきなさい」
「ああ、なんかすまなかった。 じゃあな」
俺は頭のコブをさすりながら素晴らしい拳骨の持ち主に手を振る。 どうやら腕は鈍っていないようだ。
「今度ちゃんと埋め合わせはするよ」
「……はいはい、期待しないで待ってるわ」
クリスタはそう言って、ほんの少しだけご機嫌な雰囲気で家の方へ帰っていった。
「さて、俺達も行くか」
「ッス!」
歩き出そうとして、ふと思い出す。 言ってないことがあった。
「……お前、いま『輝石』は起動してるか?」
「えっ? してないっスけど……」
『輝石』とは、一言で表すなら、身体能力を強化してくれる石、だ。
身につけて魔力を込めれば人間をはるかに超える力を扱うことが可能になる魔法の石……と言えば聞こえがいいが、一般人が使ったところで少し体が軽くなる程度。 結局の所、相応の素質や鍛錬次第である。
使用者の素質に応じた方向性で強化されるため、先天的に魔術向きのムキムキマッチョマンがパワー特化の素質を持つ幼女に腕力では敵わない……といった現象も起こりうるというわけだ。 才能は、選べない。
「外に出る時は常にしておけ。 いつどこで魔物に襲われるか分からないからな」
「確かに……了解っス!」
リリィは左腕につけた腕輪に目を向け、精神を集中させるように軽く息を吐くと、一瞬だけ輝石がキラリと輝いた。
「……準備完了っス!」
「よし。 その石があるから戦える、それがなきゃ俺達はただの弱い人間だ。 これからなにがあっても忘れるなよ」
「ハイ!!」
「良い返事だ。 けど、あと1つ」
人差し指を立て、それをリリィの腕輪に向ける。
「輝石を付けるのは、他人から見えないところにしておいたほうがいいぞ」
「どうしてっスか?」
「狙われるからだよ。 そいつを体から離してしまえばほぼ勝ちだからな」
「あっ……なるほどっス! えーっと……じゃあ、どうすればいいっスか……?」
腕輪を外そうとして止まり、こちらを不安気に見上げてくる。
「今日はまだそのままでいいよ。 金属を通しても大丈夫だから、時間ある時にでもディアナおばさんに頼んでペンダントにでもしてもらえ。 鎖は……俺の使い古しでよければやるよ。 魔導銀なら充分だろ」
「えっ!? そんなの悪いっス!」
首を振るリリィに対し、俺は手を振って答える。
「大丈夫、ディアナおばさんなら弟子入り祝いでタダでやってくれるから」
「そっちもだけど、そうじゃなくって! 魔導銀って言ったら騎士団の剣にも正式採用されてるような貴重なもんじゃないっスか!? そんな高価な物貰えないっス!」
流石、騎士志望だけあって詳しいな。
「そう大したもんじゃない。 材料費だけなら……まあ10万Gちょっとくらいか? それにお古だしな、遠慮するな」
「いや、充分高……というか自分にとっては師匠のお古の方が価値があるといいますか……」
「……なら、捨てるか。 使い道もないしな」
「そ、それを捨てるなんてとんでもない! なら貰う! ありがたくいただきますぅ!!」
リリィはほぼ直角のお辞儀をしながら俺に両手を差し出してくる。
「いや、今は持ってないからまた今度な。 一緒にディアナおばさんの店行こう」
「さ、さらにお誘いまで……!? もう、あだし夢みたいっス……」
大げさに感涙するリリィになんだか照れ臭くなって頬をかく。 こういうのは実は少し苦手だ。
「まあ、今日の所はさっさと森に行こう。 色々考えてるんだ」
「りょーかいっス!! ますます気合入ってきた~~っス!!」
俺は軽い足取りのリリィを伴って森へ向かう――