5話 俺の見込みが外れていた
公園に戻るとクリスタが道端の花を眺めているのが見えた。
「お前、花とか好きだったっけ」
「ん? ま、それなりにはね。 っていうか遅かったじゃない」
「ちょっとな」
「ちょっとな、って……あ」
一言文句を言いたげのクリスタだったが俺の背後に何かを見つけた様子で指を差した。
「来たわよ」
「……ああ、来たな」
振り向くと、道の奥にバタバタと走る小さな影が見えた。
影は徐々に近づいて、ハッキリとリリィと分かる距離まで迫り、遂に公園内に入ってきた。
「ハァ……ひぃ……つ、着いた……」
「お疲れ、はい水。 ぬるいかもだけど我慢してね」
フラフラと歩き、耐えきれず膝を付いたリリィにクリスタが水筒を差し出す。
俯いたままそれを受け取ると勢いよく中身を飲み、一息ついた。
「ぶはぁ~……せ、先輩、ありがと、っす……」
「おう、リリィ。 ちょっと遅かったんじゃないか?」
ギクリ、という分かりやすい反応を示す。
「うっ……そ、それは、そのあの……」
リリィは言葉に詰まりあわあわ言っていたがすぐに落ち着きを取り戻し、少し俯いて口を動かした。
「……じ、自分の実力不足っス……」
「……そうか。 じゃあもう試験期間は終わりだな。 今日は帰っていいぞ」
「えっ……?」
大きな目を更に大きく見開いて驚くリリィ。
……ん? これはもしかして伝わっていないな?
「お、お願いします! もう一度だけチャンスをくださいっス!!」
リリィは立ち上がり、頭が取れて地面に落っこちるのではないかというほどの勢いで頭を下げる。
……やっぱり。 しまった、言葉が足りなかったな。 誤解されるのも仕方ない。
「いや、これ以上試しても意味無いってだけだ。 俺の見込みが外れていたというか……」
「み、見込みナシってことっスか……」
……うん、これはいい流れじゃないな、どうにか分かってもらわなくては。
「ああ、いや、そうじゃない。 お前は俺が試すようなレベルじゃないと思っただけであって……」
「それだけアタシのレベルが低いってことっスか!?」
「いやいやいや……ちょ、待ちなさいあんた達」
見かねたクリスタが間に入る。 助けてくれ、リリィはもう涙目だ。
「とりあえずあんた言葉が回りくどすぎ。 リリィは合格ってことでいいのよね?」
「いや、合格とかそういう次元じゃない」
「あまりにもダメすぎってことっスかーーっ!?」
遂にその大きな瞳から涙がこぼれ落ち、地面に両手を付いて泣きだす。
「ハァ……リリィ、落ち着きなさい。 こいつが言ってるのはそういうことじゃないから。 むしろ逆っていうかさ、ね?」
「え……?」
「ああ、俺なんかがお前を試すのはおこがましかったってことだな。 だから――」
まだ飲み込めず頭の上に「?」を浮かべるリリィの両肩を掴む。
「ひゃっ!?」
しっかり届くよう、まっすぐ目を見て、ゆっくりと、はっきりと――
「――だから、俺の弟子になってほしい。 俺が必ず、お前を騎士にしてみせる」
「――っ!?」
驚きの表情のまま顔を真っ赤にして呆然とするリリィ、頭を抱えるクリスタ。
ん? しまった。 これは、あれだ――
「……まずいな、なんかプロポーズみたいなったぞ」
「やる前に気づきなさい」
少しだけ頬を赤く染めた幼馴染に手刀で頭を小突かれた。 ツッコミも優しくなったものだ。
「あ、の……つまりアタシ、アルフレドさんの弟子になれるってことっすか……? でも、全然遅かったのに、なんで……?」
リリィはまだ半分意識がどこかへ行ってしまった様子で俺に問う。
「お前、走ってる途中に怪我したおばあさん助けただろ?」
「ぶえぇっ!? 見てたっスか!?」
「見てた見てた」
リリィはばつが悪そうな様子で目を逸らし唇を尖らせる。
「それなら言ってくれればよかったのに……っていうか、どうしてそれが理由になるんス?」
「俺は初めから現時点での能力を見るつもりはなかったんだよ。 3日ずっとただ走らせるつもりだったからな」
俺の言葉に、少女は再び頭に「?」浮かべた。
「その程度で折れるような根性なら俺の要求するトレーニングには付いて来れないから……だったけど、まあ最初からそれくらいはできるだろうと思ってたよ」
クリスタにも、ディアナおばさんにも、おやっさんにも気に入られている子がその程度とは考えにくいからな。
「……腕っぷしの強い弱いなんて鍛えればある程度までならどうとでもなる。 けど、精神面はそうはいかない。 俺が鍛えてやれない“強さ”を、お前は持ってるんだ」
「そんなの、アタシにそんな強さなんて……」
「ある。 世界中旅してきた俺が保証してやる」
自信なさげに俯くリリィに、俺は言いきってやった。 共に魔王と戦った仲間達を思い起こしながら。
「お前は迷わず自分のことより怪我をしたおばあさんを優先した。 しかも、それを遅れた言い訳にはしなかった。 そんなことはそうできるもんじゃない。 俺は“そういうやつ”にこそ協力したいと思ってる」
「…………」
俯いたまま肩を微かに震わせるリリィに、俺は言葉を続ける。
「だから俺はお前の目的に協力したい。 お前が騎士になるために、俺は力を尽くそう」
「本気で、アタシの師匠になってくれるんスね……?」
ああ、と肯定すると、少女はようやく俺に自然な笑顔を向けてくれた。
「うれしい……」
「……ほらほら、涙拭いて鼻かみなさい」
「先輩……ムグ、ありがとうっス……」
優しい笑顔の先輩にハンカチで顔を拭ってもらい、晴れ晴れとした顔でこちらに向き直る。
「アルフレドさん……いえ、師匠!! これからよろしくお願いします!!」
「ああ、こちらこそ」
頭が取れて地面に落っこちるのではないかというほどの勢いで頭を下げるリリィの顔を上げさせながら、「師匠」という言葉の響きに頬を緩ませる。
「……良くないか? 「師匠」って」
「……嬉しそうでなによりだわ」
「まあそれはそれとして。 今日はありがとな」
呆れる幼馴染に感謝を述べる。
彼女は少しだけ驚いたように瞳を揺らすと、大袈裟に肩を竦める。
「あーハイハイ。 一応来てみてよかったわ。 あんた表情が一定なうえ言葉足りないとこあったから心配だったのよ」
「……なるほど、俺の心配もあったのか」
変わらないな、と思う。
クリスタは俺より年齢が1つ上なだけに、昔から俺に対して弟に向けるような面倒見の良さがあった。
「そういうこと。 これから師匠になるんだから、しっかりしなさいよ?」
「ああ、これからはもう少し気を使うことにする」
「あんた、顔だけ見たらクール系だけど中身熱くなるタイプだから誤解されるのよね。 気持ちが乗ると失敗しがちというか……」
OK、もうやめてくれ、師匠としての威厳が地に落ちそうだ。 お姉ちゃんって呼ぶぞ。
「それはやめて。 ……ほら、威厳出したいなら何か師匠っぽい事1つでもしてみたら?」
「よーし分かった。 今から師匠っぽいこと言うぞ」
俺の宣言に「おお!」と興奮するリリィ。 期待されるのは中々しんどいな。
「さっきは褒めたけど、実戦では他人のことを真っ先に優先するのは普通アウトだぞ。 やっていいのは自分に余裕がある時だけだ。 それもよく考えたうえでな」
「うっ……そうなんスか……肝に銘じるっス……」
「基本的に戦いに向いてるのは非情なヤツだ。 敵も味方も、斬り捨てるのをためらわない方が生き残りやすい」
「……ゴクリ」
けど、と言葉を繋ぐとリリィ真剣な表情がほんの少し緩む。
「いざという時誰かが助けに来てくれるのは、お前みたいなやつの所だ。 誰かが……ってのは丁度、今の俺みたいなやつだな」
俺がロイに……勇者に力を貸したのも、似たような理由からだった。
「それに、助けに来てくれるんならお前みたいなやつの方が安心できるしな。 そういう意味では仲間がいて、民を守る立場にある騎士には向いてると思うぞ」
「ほ、ほんとっスか!?」
「まあ今のままじゃ戦闘力的に厳しいけどな」
両手を握り締め目を輝かせる少女に、俺はあえてピシャリと言う。
「うぅ……そ、そうっスよね……」
「気にするな。 そのために俺がいる。 3年以内にお前を騎士として戦えるレベルまで育ててやる」
「さ、3年っスか!?」
「大きく出たわね……」
リリィの努力次第だけどな、と前置きしながら手を振る。
「ちなみに、騎士にするってのが「入団だけ」だったら、1ヶ月もいらないぞ。 俺、一応“四天将”と個人的にも知り合いだしな。 連絡すれば見習いとして入団させてくれると思う」
「…………?」
俺の言葉の後、リリィの時が止まる。 そして、数秒後――
「――ええええええーーーーっ!!? し、師匠、あの『四天将』とお友達なんスか!!?」
「してん……? なんだっけそれ?」
耳鳴りがしそうなほど大声を上げるリリィとは対照的に、クリスタはピンと来ていないようだった。
そんなクリスタに掴みかからんばかりの勢いでリリィが迫る。
「先輩、四天将を知らないんスか!? 世界最強のシュラハト騎士団を率いる4人の将っスよ!!? 」
「あー……そんなのがいるとは聞いたことあるかも。 っていうかそんな迫らないで、怖い怖い」
この迫力に流石のクリスタもタジタジといった様子で両手でリリィを抑える。
「しょーがないっスね~! ここは自分が四天将について先輩にお教えしましょう! 知れば師匠のすごさも理解できて一石二鳥っスよ!!」
「ああはい、また今度ね。 大体分かったから」
興奮した犬を制するような態度だな、と勝手に思う。
「つまりはすごい人にコネがあるってことでしょ? でも、アルフレドともあろうお方がそんなこすい手使わないわよね?」
「コネがこすいという考えには賛同しかねるな……ってのは置いといて、リリィがそれでもいいって言うなら使うけどな。 見習いでも何年か真面目に努力してりゃ上げてもらえるぞ?」
俺の言葉にリリィは首を横にブンブンと振って応える。 この仕草も犬っぽいな。
「気持ちは嬉しいっスけど、自分は師匠の下でしっかり鍛えて胸張って騎士試験に合格したいっス!」
「……よし。 なら、明日から早速始めるか。 せっかく3日休みもらってたしな」
「ハイ!!!」
目覚めきった町の中に、リリィのハツラツとした返事が響いていった。