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4話 試験期間


 町の中に、よく子供達が遊び場として使う広めの公園がある。

 本来であればそれなりに賑わっているはずのその場所には、現在たった3人。それも公園で走り回って遊ぶという年頃ではなさそうな者達がいるだけである。

 それもそのはず、現時刻5時41分。 こんな時間に子供が走り回って遊ぶのはちょっと考えにくい。


「よし、じゃあ始めるか」

「ッス!」


 リリィは両手を握り締め真剣な眼差しで俺を見上げる。


「ふわぁ~あ……まだ6時まで20分くらいあるけど?」


 なぜか付いて来ていたクリスタが欠伸まじりに言う。


「そんなに早起きして仕事に影響ないのか?」

「店長が飲み過ぎでダウンしたから休み、だってさ」

「なるほど、いつものか」


 おやっさんは酔い潰れても次の日にはケロッと治っている特殊体質なので確実に仮病である。 昨日の今日で仕事する気になれなかったのだろう。


「まあそれはいい。 もう俺もリリィも到着してしまってるわけだから始めても構わないだろ」

「そ、あんたとリリィがいいんなら口は出さないけどさ。 何やらせるかだけは聞いときたいわね」


 おそらくクリスタなりにリリィが心配なのだろう。

 確かに以前の俺は、無駄に飛び抜けていた身体能力を周りに合わせることもせず迷惑をかけたこともあった。 リリィに無茶をさせるかもしれないという心配も理解できる。

 しかし、そこは流石に3年の旅を経て加減を学んでいる。 他人の限界も大体は分かるつもりだ。


「やることはシンプルだよ。 町を1周、走ってきてもらう」

「走る、っスか?」

「俺の指定するコースでな。 地図を渡す。 読めるか?」


 町の地図にコースを書き込んだものをリリィに手渡すと、彼女はコースを指でなぞるように動かし、深く頷いた。 「問題ナシ」ということだろう。


「えっと、『輝石』は……?」

「無しで」

「了解っス!」


 ビシッと敬礼をして勢いよく走り出そうとするリリィ。 まあ待てと引き止める。


「いいか? このタイムでお前が弟子入りできるかどうか決まるかもしれない。 これは試験期間だ、それを忘れるな」

「……ッス!」


 リリィは俺の言葉にゴクリと喉を鳴らすと、「行ってきます!」と言って、今度こそ走り出していった。


「……早速厳しくない?」

「多分大丈夫だろ」

「それなりの根拠あって「大丈夫」って言ってるのは分かるけど、あんたの言い方って結構軽いのよねー……」


 クリスタは傍のベンチに座り、唇を尖らせる。 完全にこのまま居座る構えだな。


「……ダメ?」

「いや、少し暇ができるだろうし、話し相手がいるのは助かる」


 助かるのは事実だが、そんな上目遣いで訊くのはなんか卑怯だ。 どこで覚えてきたんだ一体。 平静を装いつつ隣に座る。


「あっはははは! 中々のモンでしょ?」

「結構なお点前でございました」


 なんだか癪なのではぐらかすと、怪訝な顔が返ってきた。


「……何? それ?」

「ああ、そうか知らないのか。 東の島国の言い回しでな……まああっちの人はあんまり使わないらしいんだが」


 なんとなくクリスタになら伝わる気がしてしまったが、旅の話は昨日少ししただけで、実際には3年の隔たりがある。 伝わらないものは伝わらない、それを忘れてはいけなかった。


「ふーん。 ……ね、せっかくだからもっと旅の話聞かせてよ。 昨日はあんまり聞けなかったしさ」

「……ああ。 ありがとな」

「なぁに? 急に」


 気にしていないふうを装い笑顔を見せるクリスタについ感謝がこぼれる。


「いや、なんでもない。 旅の話は長くなるから、悪いけどまた今度な」

「うん、それでいいわよ。 今はリリィを鍛える時間だもんね」


 会っていなかった3年の間にあらゆる言動のトゲが丸くなっているように感じる。 そんな幼馴染に、勝手ながら安心感と一抹の寂しさを覚える。


「ところで、店でのリリィの働きぶりはどうなんだ?」

「よく働くわよ。 ちょっとドジなとこはあるけどね」


 思い返したように、クスリと笑う。 小馬鹿にするような笑みではなく、どこか愛おしむように。


「付き合ってけばあんたもきっと気に入ると思うな」

「そうか、そりゃ楽しみだ。 ……けど、ストーキングはいただけないな」

「……えっ? なにそれ?」


 そういえば言ってなかったな。 クリスタに経緯をざっと説明する。


「……なるほど、ね。 昨日はあの子休みだったからなー……たまたま見つけちゃったか……」


 事のあらましを聞き、苦い顔で腕を組む。 先輩として責任を感じているのだろうか。


「あんたに関してはかなり熱狂的というか、あたしも何度もあんたに助けられた時の話聞かされてたし……そういうとこあるから許してあげて?」

「怒ってはないよ。 もうやってほしくはないけどな」


 ……さて、そろそろいい時間だろう。 クリスタとの会話を区切って立ち上がる。


「リリィを見に行ってみる。 一緒にくるか?」

「冗談キツい。 待ってるわ」


 追い払うように手を振る幼馴染に背を向け、ひとまず近くの家の屋根に跳び乗る。 傷を付けないように優しい着地で。


「じゃあ、行ってくる」


 多分聞こえていないがクリスタに一言挨拶をして更に跳ぶ。 屋根から屋根へ静かに、素早く。


「……お、いた」


 数回の跳躍の後、下の道を走るリリィを見つけた。 それなりの速度で俺の指定したコース走っている。

 見つからないであろう位置なので屋根からそのまま観察することにした。


「見立てどおり、中々いいペースだな――ん?」


 快走を見せていたリリィが突然向きを変え、俺指定のコースから外れていく。

 屋根から下りてそれを追っていくと、すぐにリリィの背を捉えたので素早く物陰に隠れる。 「これでお互いにストーキングしたことになるのでおあいこだな」というどうでもいいことを考えながら。


「おばーちゃーん! 大丈夫ッスかー!?」


 リリィの高い声がまだ目覚めて間もない町に響く。

 向かう先には白髪の交じった高齢の女性が足を抑えてうずくまっていた。


「足、くじいたんスか!?」

「う、うるさいねっ! このくらいなんてこと――イタタタっ……!」


 女性の足の様子は遠目から見てもあまりよくなさそうだ。 骨折まではしていないようだが……


「どう見てもなんてことあるじゃないっスか! アタシが背負ってくから、どこ行こうとしてたか教えてくださいっス!」

「ただの散歩だよっ 大丈夫だから構わないどくれ!」

「いーや、背負ってくっス! さ、掴まって!」


 意固地になる女性、しかしリリィは一歩も引かない。 しばらく背負う背負わないの応酬が繰り広げられた後、女性はついに根負けした。


「わかったよしつこいねぇ……家まででいいからさっさとしとくれ!」

「了解っス! 家どっちっスか?」


 リリィは背中から飛ぶ指示を聞きながら気を使った丁寧な足取りで歩いて行く。


「…………」


 少し迷った後、俺もゆっくりとその後を追うことにした。





 5分少々で女性の家の前にたどり着き、女性は「ここでいいから下ろしな!」と暴れ始めた。

 リリィは呆れ気味に女性を家の前に下ろす。


「じゃ、もう無理しちゃダメっスよ、おばーちゃん!」

「うるさいねっ! ありがとよ! さっさと行きなっ!」

「バイバ~イっス!」

「ふん……」


 俺には見せなかった自然な笑顔で満足気に手を振りながら走り去るリリィに、照れたように鼻を鳴らす女性。 その表情には最初にあったトゲが抜け落ちているように見えた。


「どうもどうも、いい子ですねぇあの子」

「うわっ! どっから現れたんだいアンタ!?」

「まあまあ、怪我してますよね? 足見せてください」


 まだ事態が飲み込めていない様子を尻目に、女性の足に手をかざす。


「……ヒール」


 治癒術の優しい光が女性の足を包む。 とりあえずこんなもんでいいだろう。


「足が、痛くない……」

「歩ける程度には治しときました。 でも一応医者には行ってくださいね。 俺は専門家じゃないんで、それじゃ」


 あまり得意でない治癒術だからな、骨に異常があったとしたら治せない。


「ちょ、待ちなよっ! アンタ、さっきの子と兄妹か何かかい?」

「いえ? 全然似てないでしょ。 俺はあんなに可愛らしくないです」


 ひらひらと手を振って否定する。


「どうしてそんなことを?」

「わざわざ助けて見返りも求めない。 こんなお人好し、血筋か何かじゃないと納得しがたいのさ」


 すっかりトゲの抜けた表情の老婆は溜息を吐いて、ぶっきらぼうにそう言った。


「ははあ、なるほど」

「その表情からすると、アンタ本当にあのムスメとは無関係なんだね」

「いえ、あれは――」


 リリィが走り去った方を見やる。 その先に小柄な少女の背中はもうない。


「――俺の、弟子ですよ」


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