3話 弟子にしてください!!
「「「かんぱーい!!!」」」
おやっさんの合図でガラスコップを打ち付ける音が酒場に響く。
「さあアル坊! 飲め飲め!!」
「うす」
今日は長くなるだろう。 ここであまり飲まされてはたまらないのでチビチビといただく。
「それにしても強い強いとは思ってたが、あんなデケェ仕事やってのけるとはな! 流石アル坊だぜ!」
「あら、私は信じてたわよ~? アルくんだもの!」
「あのアルフレドだもんな~」
「誰もこいつには敵わなかったんだ、魔王くらいイチコロだよな!」
早速始まるご近所さんも含む「ウチの子自慢」みたいな会話。 もう既にそれなりのアルコール入れてきたなこれは。
「あー……それなんですけど、あんまり口外しないでくださいよ」
「わかってるよ! だからあんまり人数呼べなかったんじゃねェか!」
おそらくクリスタあたりが気を使って事情を知らない人間を呼ばないように計らってくれたのだろう。 バラしたりはしないだろうけど、このテンションのおやっさんだけだとうっかり沢山人を呼びそうだ。
「しかしまあ、あんたも変わり者よね。 普通こんな大仕事、誰かに知ってもらいたくなるものじゃないの?」
「知ってほしい人には知ってもらえてるからな」
テーブルに片肘をつきジュースをすするクリスタに、率直な気持ちを返す。
俺が『勇者』と旅に出たことを知っているのは、ここにいるクリスタとディアナおばさん、おやっさんと、あとご近所のそれなりに付き合いのある大人数人だけだ。
あとの知り合いや町の人達はみんな、ただ旅に出たということしか知らない。
……しかし俺って同年代で付き合いの深い友人とか全然いないな。 なんか悲しくなってきた。 酒がしょっぱくなる前に別のことを考えよう。
考えながら付け合わせのザワークラウトを一口。 酸味が余計涙腺にクる気がした。
「なぁにあんた、泣いてる? 魔王を倒した感慨……とかじゃない顔ね?」
俺はかなり表情の変化に乏しい人間だが、この幼馴染にだけは中々隠せない。 まあ隠そうとは思っていないけど。
「いや、大丈夫だ。 それよりクリスタ、ちょっと訊きたいんだが……」
「ん?」
この店に再び入った時からずっと気になっていたことが俺にはあった。
今もなお俺に熱視線を送り続ける少女……記憶が正しければ、あれは――
「おーい、リリィ!! 酒追加だ!!」
「っ!? は、はいっス!」
“リリィ”と呼ばれた少女はビクンと体を跳ねさせておやっさんに返事をした。
リリィは立ち上がりカウンターの奥をキョロキョロと見まわしたかと思えば、何を取りに行くでもなく眉の端を下げ、おやっさんへ向き直った。
「え、えっと、どれ持ってきたらいいっスか?」
「そこじゃなくて、店の奥から高けェの順にジャンジャン持ってこい!! 今日は俺の奢りだからな!!」
「ヒュー! 流石モーガンだぜ!!」
おやっさんの無茶苦茶な注文にリリィは困惑の色を強めた顔で俺の方を見た――いや、見ているのは俺ではないな。
「せ、せんぱ~い! どうしたらいいっスかぁ?」
「……安いのから持ってきなさい。 あんだけ飲んだらもう味とか分かんないから」
彼女が見ていたのは俺ではなく、隣に座るクリスタだったようだ。
「はいっス!」
元気に返事をすると、店の奥に駆け足で消えていく。 しかし何度見ても、やっぱりあのストーカー(仮)の子だな……
「ハァ……で? 訊きたいってなに?」
「ああ、丁度、さっきの子のことなんだが」
店の奥を指差すとクリスタは納得したように「あー」と息とも声ともとれる音を発した。
「後輩よ後輩、店の新人」
「それは大体察してた」
「分かってる。 何で今ここにいるかってことよね」
流石幼馴染、話が早い。
「そういうことだ」
「そうよね……でもうーん……」
クリスタはしかし、リリィなる少女の話を渋る理由があるようで、腕を組んで天井を見上げた。
「言いにくいことか? なら構わないぞ」
「言いにくいっていうか……うん、これは本人に訊くのがいいと思う」
「……なるほど、わかった」
なにやら事情があるらしく、クリスタからは話せないらしい。 さて、聞き出すにしてもどうするべきか……
「でも、話せることもあるわよ」
「ほう? どんな――」
「てんちょ~! 持ってきたっス~!」
声に振り向くと、リリィが酒をカゴに何本も入れて持って来ているところだった。
「おう、ご苦労さん! ……そうだアル坊! ちょっとコイツの話聞いてやってくれや!」
おやっさんは酒瓶を受け取るとリリィを指差しながら、微妙に怪しい呂律で俺を呼びつけた。
「ええっ!? ちょっ 店長!?」
「はい、呼ばれて飛び出てアルフレドです。 君は確かさっき会った子だよね?」
また怯えて逃げられては悲しいので茶目っ気を出した挨拶を繰り出す。
俺の無表情と相まって大体はこれで「面白い人」という印象を勝ち取ることができる鉄板ネタだ。
「っス……」
……のはずだったんだが、ハズしたかもしれない。 なにせこちらに目さえ向けてくれないのだ。
身長差があるせいで少し俯くだけで表情がほとんど見えない。 辛うじて分かるのは、栗色の髪から覗く可愛らしい耳が真っ赤に染まっていることだけだ。
「ほれ! リリィ!! ビシッといけやビシッと!」
「は、はいっス!!」
おやっさんに軽く背中を叩かれ、リリィは微かに潤んだ瞳で俺を見上げる。
「自分、リリィっていいます!!アルフレドさんのファンやらせてもらってます!!騎士志望っス!!以後お見知りおきください!!」
大声で言い切り、リリィは大きく息を吐く。
「ファン……?」
よく理解できず聞き返すと、横からおやっさんが出てきてリリィの小さな肩に大きな手をポンと乗せる。
「コイツな、前にアル坊に助けられて以来その腕っぷしに憧れちまったらしくてよ。 お前に貰ったっつうハンカチを今でも大事にしてるくらいなんだぜ?」
「て、店長!? それは言わないでくださいっス! アルフレドさんはきっと沢山の人を助けてきたんだからそんなこと絶対覚えてないし……」
小柄な少女は涙目でおやっさんの逞しい胸板をポカポカと叩く。
「……いや、覚えてるぞ、俺」
「うぇっ!?」
微かな記憶だったが、どうにかハンカチという単語と彼女に残る面影が俺の中で繋がった。
「覚えてるっていうか、思い出した。 あれだろ、ヴェーク村の子。 へぇ騎士を目指してるのか」
「そ、そうっス……まさかそんな……覚えててくれたんスね……」
リリィの肩が小さく震え始め、頭から飛び出たアホ毛も合わせて動く。
思い出す材料さえあればどうということはない。 だからうん、勘弁してくれ、年下に泣かれると謎の罪悪感に襲われるんだ。
「本当に覚えてるの?」
クリスタがまったく疑っていない様子で訊ねてくる。
「ああ、1年ちょっとくらい前か? 一度この大陸に戻った時に騎士団と共同で魔物の軍勢を相手にして……その魔物の通り道にあった村の1つがヴェークでな。 逃げ遅れて膝すりむいてるとこ助けたんだったよな?」
「合ってるっス……まちがいないっす……」
リリィはもうはっきりと涙声だ。
「あらあら……リリィちゃんったら、ほら涙拭いて。 アルくんにお願いしたいことあるんでしょう?」
「ディアナさん……はいっ!」
ディアナおばさんに涙を拭いてもらい、リリィはさっきまでとは違う力強い瞳でこちらに向き直る。
「ア、アルフレドさん!! 剣を、戦い方を教えてください!! 自分を弟子にしてください!!」
胸を張って言い切ると、深く頭を下げる。
「なるほど、そうくるか……」
「お願いします!! お金も、少しなら払えます!! 手伝えることは何でもします!! だから……」
頭を下げたまま懇願する。 そこまでしてもらうほどの男ではないんだが……
「別にいいじゃない。 あんた暇でしょ?」
「リリィちゃんすごくいい子なのよ? おばさんとしてはお願いを叶えてあげてほしいなーって……」
「アル坊、分かってるな?」
「あ、これ俺に決定権ないやつですか?」
皆口々に俺の逃げ道を塞ぎにかかってくる。 別に逃げる気はないんだけど。
なるほど、俺のいない間に随分と気に入られたらしい。 むしろこの人心掌握術を俺が教わりたいくらいだな。
「……3日だ。 3日だけとりあえず面倒見てやる」
「……! い、いいんスか!?」
表情をパッと明るくして顔を上げるリリィ、しかし俺はわざと厳しい表情で応える。 表情の変化がちゃんと伝わるかは不明だ。
「言っておくが、俺の気が変わればそれで終了だ。 弟子入りだとか、そういうのはその後で決める。 いいな?」
「……はいっス!!」
少々脅しが過ぎたか、力強い返事とは裏腹にリリィはその肩を先程とは違う感情で震わせている。
しかしその瞳は真っ直ぐに俺を見据え、揺るがない何かを俺に感じさせた。
「じゃあそういうことで、明日朝6時に西公園集合だ。 持っているかは知らないが、武器は持ってこなくていい」
「はいっス!」
リリィは元気に返事をするといそいそとメモをとる。
「おいリリィ、オメーもう帰っていいぞ。 明日に向けて準備しとけ。 あと3日休みもやる」
「えっ? でも……」
「いいからいいから! さっさと帰りやがれ!」
おやっさんが追い出すように手を払うとリリィは数秒の逡巡の後、「ありがとうございます!」とだけ言い、全員に向けて丁寧に礼をすると、大急ぎで店を出ていった。
「……がっはっはっ!! アルフレド道場開設だな!!」
「そんな大それたもんじゃ……いやアルフレ道場のほうが語呂よくないですか?」
適当な小ボケをしてチラリとクリスタを見るが期待していたツッコミは来ない。
心配そうにリリィが出て行った扉を見つめていた幼馴染は俺の視線に気づき、神妙な顔のまま振り返る。
「……ちょっと厳しくない?」
「こんなもんだろ」
幼馴染に少々冷たくもとれる言葉を返し、テーブルに戻る。
クリスタはそれでも気を悪くした様子はなく、小さく溜息を吐くと同じく俺の隣の席に座った。
俺は言わずとも通じているような、久方ぶりの安心感を胸に抱きつつ、まだ殆ど手を付けていない美味そうな料理に手を伸ばす。
「…………弟子、か」