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1話 おかえり


 ――5年ほど前、『魔王』を名乗る魔物達の親玉が人類に攻撃を仕掛け、後に『人魔戦争』と呼ばれる戦いの幕が上がった。

 無限に生まれ、徐々に力を増す魔物の軍勢に焦る人類……間違いなく人類史に残る大事件である。

 しかし正直、これは忘れたって構わない話だ。 なぜなら、とうに終わったことだから。


 魔王は古の勇者の血を引く少年とその仲間によって討伐され、既に地上には存在していないし、人類を追い込みつつあった魔物達は勢いを弱め、かつての「すごく危険な野生動物」程度の位置付けに戻ってしまった。


 世界はもう、大体平和。 これはそんなお話だ。 


 語る俺の名は“アルフレド”、勇者と共に過酷な旅路を乗り越え、魔王討伐を完遂した『勇者パーティー』の一員である。

 とはいえそれほど偉大な人間ではない。 戦闘しか能の無い男……自己紹介をするのなら、そんなところだ。


「……よし、問題ないな」


 愛馬“ベイル”が引く小さな馬車に載せた荷を確認し、一息吐く。


 俺を含む勇者パーティーは魔王討伐を終えた後、勇者誕生の国であり、俺の故郷もある大国“シュラハト”の王に迎えられ、つい先日から王都を訪れていた。

 勇者とその仲間を称える凱旋パレードが行われるとあって町はかつてないほどの賑わいをみせている。


 しかし俺は勇者の凱旋パレードに参加するどころか王から報酬の金銭のみを受け取りさっさと町を出て、現在は見送りに来てくれた仲間達と共に、見上げると首が痛くなりそうな大きな門の外である。


「なあアルフレド、やっぱりせめてパレードに出てくれないか? 魔王を倒したってのにお前だけ誰にも知られないままなんて……」


 ツンツン頭の青年、勇者“ロイ”は俺に寂しげな瞳を向ける。

 既に魔王の討伐も、それを遂げた勇者パーティ全員の名も、世界中が知っている。 俺の名を除いて。

 旅の段階から各国の上層部に根回しをし、意図的に俺の痕跡を消していたのだ。


「俺はお前達に協力したいから旅に付いてっただけだ。 勇者がお前じゃなかったら魔王と戦おうとすら思わなかった。 やれるだけの力をもっていても、な。 そんな俺に名誉なんて、もったいないだろ」

「そんなことは……お前がいなきゃ魔王を倒すことなんて絶対にできなかったんだ。 だから……」

「誰が欠けたってできなかったよ、同じだ」


 魔王だとか世界の危機だとか、そういうのは偉い人や選ばれた人間が勝手に解決してくれる。 世界を救う旅を完遂した今でも、俺はそういうスタンスだ。 英雄と称えられるべき人間じゃない。

 ……もっと言うと、興味がない。 俺はお前達の役に立てればそれで満足なんだよ。


「あなたは本当に……良い人なのだけど、変わった人よね。 掴み所が見つからないというか……」


 切り揃えられたプラチナブロンドを風になびかせ、魔術師の少女“アイリス”はくすりと笑う。


「おいおいアイリス、俺は見たまんまの分かりやすい人間だって何度も言ってるだろう?」

「あたし達からすると、あなたほとんど表情にも声色にも変化ないんだもの。 それでも最初の頃よりはずっと分かるようになったけどさ」


 ……また無表情になっていただろうか。 人に伝わる表現は難しいなと思いながら顔を軽く揉む。


「いずれにしろ、アルフレドが決めたことだ。 我らに止める権利はなかろう。 違う道を進もうと、私はお前を応援しているぞ」


 巨漢の戦士“ゴリアテ”は逞しい手を俺に伸ばす。


「流石ゴリアテ、話が早いな」

「当然だ、年の離れた友よ」


 俺がその手を取ると力強く握り返される。 なんだか胸の奥に熱いものがこみ上げてきて、こちらもつい力が入ってしまう。


「イダダダっ! ア、アルフレド、もう少し手加減してくれ!!」

「あ、悪い」


 感情が乗ると加減が難しいな……

 ロイとアイリスもこちらを見て笑っている。


「あははははっ! アルフレドが加減できなくなるのは最近だと珍しいな」

「ゴリアテであの痛がりようじゃあたしだと手を握り潰されちゃいそうね」

「やめてくれ。 一応最後なんだ。 握手を拒否されたら泣くぞ、俺は」


 愉快そうな二人に冗談まじりで頭を振る。


「あなたの泣いてる顔なら見てみたいかも……なんて、冗談よジョーダン」


 意地悪く微笑むとアイリスも手を差し出す。

 今度はちゃんと加減をして、それでいて力強く、その手を握る。


「ありがとね。 みんな無事に魔王を倒せたのもあなたのおかげよ」

「何度も言ってるけど、俺なんてただ力が強かっただけだよ。 全部お前達のおかげだ」

「あなたがいなきゃ倒せなかった敵がたくさんいるのに……謙虚というかなんというか」


 アイリスの手を離すと次は自分だとばかりにツンツン頭が一歩近づいてくる。


「本当に、ありがとうな、アルフレド。 どこにいたって、お前はオレの仲間で、友達で、師匠だ」

「師匠ってほどのことは教えてないよ、ロイ」


 ロイの手を取り、笑顔を返す。

俺にしては結構、上手く笑えていると思う。 心の底から笑っているから。


「これでさよならなんて言わない。 また会おう。 そんで、できればまた一緒に冒険しよう。 なんのしがらみもなく4人で冒険できたら、きっと楽しいぜ」


 そう言ってロイはニカッと笑う。 お前はやっぱり、勇者に相応しい男だよ。


「それは確かに、面白そうだ」


 馬を引き、3人に手を振る。

 遠ざかっていく3人は、姿が見えなくなるまで俺に手を振ってくれていた。





 共に魔王を討伐した仲間から別れ、暫しの1人旅の後、俺は故郷――“チセ”に到着した。

 大陸の東端の方にある小さくはないがけして大きくもない、言ってしまえば地味な町。

 しかし、普通に生活するにはそう不便も無いのでここを出る人間はそう多くない。


「――うーん、仕事をどうするかだな」


 馬車を引いて故郷の古びた門をくぐりながら独りごちた。

 金は、ある。 一生遊んで……とまではいかないが、それなりに不自由せずに生きていけるだけの金銭は旅を通じて稼いでいる。

 しかし世間体というものがあるし、何よりただ過ごすのでは暇を持て余す。 道楽程度でも何かしたいところだが――


「――アル?」

「ある?」


 横から女性の声が聞こえる。 よく通る心地の良い声だ。

 「在る」「有る」「或る」――色々ある。 そういえば東大陸を旅していた時「~アル」という語尾の人達が住む地域があったっけ。

 などと余計な事を考えていると、今度は先ほどよりも大きな声が、明確にこちらに話しかけているのだと分かるように耳に飛び込んでくる。


「ねえ、あなた、アル……アルフレドでしょ!?」

「そういうあなたは……」


 若い女性がややクセの強いウェーブがかかった二つ結びの金髪を揺らしながら駆け寄ってくる。 買い物帰りなのかその腕には大きな袋が抱えられていた。

 その姿、少し大人びた様子だが、違えるはずもない。 俺の、所謂幼馴染――


「クリスタじゃないか、久しぶりだな」

「やっぱりアルじゃない! 帰って来るなら手紙くらいよこしなさいよ!」


 エメラルドの瞳をキッとつり上げるその様に妙に懐かしさを感じてしまう。

 クリスタとは幼少の頃からの付き合いだから、それも仕方ないのかもしれない。


「悪い。 ちょっとゴタゴタしててな」

「……まあ、あんたにも事情があるんだろうから、これ以上言わないわ」


 おっと、もう少し口うるさく言ってくるものだと思ってたが……見た目と同じく、中身も大人びたのかもしれないな。


「……お疲れ様。倒したんだってね、魔王」

「ああ、いろんな人のおかげでな。 こっちにも知らせが届いてたか」

「田舎とはいえ、そりゃそうよ。 けどね、ちょっとおかしなことがあったんだけど……」

「そのへんの話はもうちょっと落ち着ける所でしないか? 馬車もあるし通行の邪魔になる」


 俺は愛馬を指差す。 ベイルも邪魔になっている自覚があるのだろうか、大きな体を気持ち縮こまらせているようにも見える。


「あ……そうね、ゴメン。 とりあえずお店行きましょうか」

「お店? お前店開いたのか? それとも……」

「違う違う、あたしのじゃないわ。 モーガンさんのとこよ。 今そこで働いてるの」


 モーガン……おやっさんか、確か酒場をやってたな。 会うたびに感じていたむせ返るような酒の匂いを思い出す。


「場所は、変わってないならこっちであってるよな?」

「そうそう、忘れてなかったのね、アル」


 思い出の詰まった場所だ。 3年、色々なものに出会って色々なことを覚えたが、それと引き換えに忘れる、なんてことはあるはずもない。


「それ、店に運ぶんだろ? 俺、持つよ」


 クリスタの抱える大きな袋を片手で持ち上げる。


「あら、中々気が付くようになったじゃない。 ……重くない?」

「いや、別に」

「……でしょうね」


 半ば呆れたような表情でクリスタは息を吐く。 お前だってこの程度じゃ全然平気だろうに。


「……ね、あんた背、伸びた?」

「うーん、いくらかサイズ合わない服がでたから、多分伸びたかな」

「やっぱり。 だってここ出たのが16歳の時でしょ? そこから3年。 伸びても全然おかしくないわ」


 うんうんと1人頷くクリスタは、俺の成長を喜んでいるようだ。

 その横顔を見下ろしていると、どうにも違和感……というには心地よい変化があるような気がした。


「クリスタもあれだな、背伸びた?」

「伸びてないけど……」


 それにしては雰囲気が変わった気がする。 背が伸びてないってことは……


「……ああ、わかった」

「何が?」


「綺麗になったな、クリスタ」

「――――っ!!?」


 クリスタの顔が火を噴いたように赤くなる。


「あ、あんたは……もう!何でそんなことを恥ずかし気もなく……」

「本心だぞ?」

「知ってる!知ってるからこうなってんの! あんた、旅しててこういうこと言いまくってないでしょうね?」


 誰彼構わずこういうことを言うなと旅の中でアイリスにも言われていたからちゃんと人を選んで言ってる。

 ……そう伝えると、ますます顔を赤くして目も合わせてくれなくなった。


「ハァ……変わらないどころか磨きがかかってるわね……」


 まあ喜んでるようだし、いいだろう。

 そんな会話を楽しみながらしばらく歩くと、古びた木造の酒場の前に付いた。


「……お、変わらないなこの店も」


 いたるところに近所の店の宣伝やら賞金首の手配書やらが乱雑に張り付けられた壁、酔っ払いが暴れて壊されたきりの木の手すり……


「もう30年近くはここで店を構えてるんだもの。 3年ぽっちじゃそう変わんないわよ」


 そう言ってクリスタは笑う。 3年前、俺を見送ってくれた時の何かを堪えるような笑顔でなく、それよりもずっと嬉しそうな笑顔で。


「――アル、おかえり」

「……ただいま、クリスタ」


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