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一等星<アストロ>が飛び交う叡智光蓄器<カンテラ> ━━OrigiN━━  作者: 嘉久見 嶺志
第二部 ━━第四章━━
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━━ 四節 ━━

自然と目が覚めてしまった。


チョコは、地べたからゆっくり起き上がり、周囲で酔い潰れている3人の寝顔を確認する。


ミノルは、ボトルを抱きながら涎をたらし、ブルースは、大の字になってイビキをかいている。


そして、ベンは何故か横になった状態で腕を組み、あぐらをかきながら寝息をたてている。


あれから何時間経ったのだろうか。


マリが元の世界に戻った後も宴会は続いた。


肩を組み、はしゃいでいる者達と初めて関わったチョコは、戸惑いを覚えたが、嫌な気はしなかった。


今まで、一人で生きてきたチョコにとって、開拓者は悪い印象しかなかった。


突然現れては、好き勝手に暴れ、いくつもの魂を巻き込む連中。


自分が育った景色を荒らされたことに、憤りを感じる日々。


殺風景だが、それでも平穏な日常をくれる場所であり、自然と縄張り意識が強くなっていった。


過去に何人か追い払ったこともあり、脅し程度でどうにかなった。


今回も同じように事を済ませようとしたが、その必要がなくなった。


ミノルは、他の開拓者と違ってちゃんと理解し、謝ってくれた。


こんな奴もいるんだと意外に思い、僅かに開拓者に対しての考え方が変わった瞬間だった。


気分転換のため、散歩に出向くことにする。


太陽が沈まないこの世界では、生活習慣が時間の役割を果たす。


起きたらまず体を伸ばし、遠くを見渡す。


そして、目覚ましがてら遠くの地へと足を赴く。


これを毎日欠かさず行っている日課であるが、単に退屈しのぎをしているだけ。


浮遊している魂も様々だが、自分の意志を持ち合わせていない。


こちらから接触を図っても反応はなく、通り過ぎるか、その場に留まるかのどちらかである。


多種多様の霊体が数え切れない程存在する世界。


頼れる者はおらず、孤独に生きてきた。


初めて開拓者が現れたときは、正直、恐怖を覚えた。


自分とは違って円環があり、声を発している。


遠くから離れた物陰から仕草や会話を観察しているうちに、少しずつ言葉を学んでいった。


しかし、ある日思いがけない光景を目にする。


開拓者が姿を変え、霊体に興味を持つようになったのか、周りの魂に危害を加えるようになったのだ。


目立った動作を見せない魂に、面白可笑しく切り裂く。


すると、無数の光の繊維が飛び散り、魂は、消滅していった。


当たり前のようにあったものが、呆気なく消えていくことに、チョコの中で刺激され、今までにない感覚が芽生えた。


“憤怒”という狂気が起爆したのだ。


深い関わりはなくとも、愛着はあった。


そして、ここは自分の縄張り。


到底許されることではない。




━━我に返ったときには、開拓者の姿は何処にもなく、生温くて妙な臭いが鼻についた。


無意識に咀嚼 していることに気付き、舌に合わない味覚を感じたので吐き捨てると、第二関節までしかない指がそこにはあった。


全く身に覚えがなかったが、あまり気にならなかった。


何故なら、気分が爽快だったからである。


それ以来、こうして見回りのついでに散歩をするようになったのだ。


自分の住み処が小さく見えるところまで来ていたチョコは、崖の上にいる、ある存在が気になった、。


骨身の馬に乗った黒騎士。


馬の体は、砂で汚れた蜘蛛の糸で覆われ、毛並みにも見える。


膝から下は、骨があらわとなり、しっかりと地に足をつけている。


黒い鎧を身に付けているが、首が無く、代わりに円環が浮いている。


開拓者である。


馬の蜘蛛の巣に隠れた眼窩からうじ虫が蠢き、鼻息を荒く吐く。


先程から一歩も動く気配がなく、周りを見渡しているようにも見える。


やがて、行き先が決まったのか、手綱を引き、谷へと馬を走らせた。


チョコも十分距離をおいて後を追った。




━━渓谷の奥へと入って行くにつれて魂の数が多くなっていることに気付く。


向こうで蹄の音が止まった。


岩の陰に隠れながら様子を窺うと、自分の目を疑った。


黒騎士は、広く開けた場所にいた。


しかし、そこは魂の溜まり場で、尋常ではないほどの数が迷い混んでいたのである。


そんなところで、何をするのだろうか。


疑問を抱いていると、黒騎士は胸の装甲を外し、そこから驚くべきものを取り出した。


人の生首である。


荒れた金髪、蒼白で干からびた女の顔。


鼻や口など、僅かな隙間から線虫が這い出ている。


すると、瞼が開眼し、真っ赤に充血した瞳があらわとなる。


目玉が激しく動き回り、線虫が穴という穴から湧いて出てきた。


そして、線虫はそこら中の魂に寄生し始める。


不可解で不愉快な光景に絶句していると、目玉がピタッとこちらを向いた。


見つかってしまったと思い、すぐ様頭を引っ込めてその拍子に振り返った。


そのときだ、視線の先が自分ではなかったと、勘違いだったと知る。


一頭の牛が立っていたのだ。


いつからそこにいたのか不明だが、その体は黒く、湾曲した2本の角があり、黒騎士をじっと見つめている。


まったく気配を感じなかったが、頭上に円環がある時点で普通ではないことに妙な納得感があった。


同時に、薄々嫌な予感も…。


牛の眉間に切れ目ができ、ゆっくり開きはじめ、大きな瞳が黒騎士を捉える。


やがて、牛の姿が変わっていき、この後、チョコの予感が当たることとなる。




━━私立百合乃聖母。


品行方正、文武両道を売りにしている中高一貫の女子校である。


時刻は、夕方17時。


放課後の教室で一人、塚本マリは、席に座って浮かない表情をしていた。


あの世界から戻ってきて約2ヶ月、未だに悪い夢であってほしいと願っている自分がいた。


戻ってきたときには、この世界の時間は一週間(・・・)も経過していた。


学校には、インフルエンザだと言って誤魔化したが、まさかこんなに時間の流れが違うなんて…。


そして、私をあんな世界に送り込んだ張本人、入江美花。


彼女は、何食わぬ顔で教室に来ては、私に挨拶を交わし、授業を受けている。


まるで何事もなかったかのように、テレビドラマの話題や、最近他校の男子から告白されたなど、平然と会話をする。


楽しそうに笑って、困り果てて悩む。


感情豊かな彼女に躊躇ってしまい、訊ねる機会を何度も逃してしまう。


異世界の入り口となった例の女子トイレも、あれ以来近付かなくなった。


あのときの出来事が脳裏に過り、友達に誘われても拒むようになったのだ。


まるで、学校の怪談を生で体験しているかのようである。


ハァ…。


軽く吐息を漏らす。


私は、おかしくなってしまったのだろうか。


そのとき、教室の戸が開いた。


「あれ、マリじゃない」


噂をすればなんとやら、彼女である。


「帰らないの?」


「ううん、ちょっと考え事をしてて」


「そうなの?

何か困ってることがあるなら、私いつでも相談にのるからね」


近寄っては、心配そうに覗きこむ美花。


知らばっくれてるのだろうか。


わざとそんな台詞を言っているのであれば、余程性格が悪い。


美花の席は、私の右斜め前。


どうやら忘れ物を取りに来たようで、机の中に手を突っ込みはじめる。



現在、この教室にいるのは、私達2人だけ。


思い切って訊くなら今しかない。


私は、勢いよく立ち上がり、声をかける。


「あのッ! この前のこと、なんだけど…」


怖くて上手く言葉が発せない。


手に汗を握らせ、何とか伝えようとする。


「ホラッ、あの、一緒にトイレに行ったとき━━」


「ああ、マリが初めてあっちに(・・・・・・・)行った日(・・・・)?」


サラッと何気無い表情で答えた。


「どうだった?」


「どうって━━」


変な汗が体中の毛穴から噴き出してしまいそう。


意外な反応に戸惑ってしまう。


「楽しかった?」


美花は、小説を見つけ、バックにしまうと、いくつもの机を指で撫でながら壇上へと上がる。


教卓に寄っ掛かり、穏やかに笑みを見せるが、私には、不気味でしかなかった。


「美花ちゃん、あなたは何者なの?」


そう呟くと、美花は、チョークを手にし、黒板に自分の名を記す。


「私は、“入江美花”です。

趣味は、惹かれたもの全て。

よろしくお願いしますッ」


彼女は、改めて自己紹介をはじめた。


静寂をかき消すかのように、開いた窓から僅かに運動部の掛け声が入ってくる。


正直、助かる。


いつまでもこの沈黙の空間に堪えられそうにない。


「━━って、このくだり、入学式にもやったよ?」


開口一番に彼女は、鼻で笑う。


それを見た私は、気持ちを押さえきれず、勇気を振り絞る。


「そうじゃなくてッ!!

開拓者とか、死後の世界(ジャンクション)とか━━ッ。

色んな人をあの世界に無理矢理送ってるでしょ!!」


「う~ん、それは、仕方ないというか、抗えないというか…」


「仕方ない!? それは、どういう━━ッ!?」


返答に悩む美花は、一から話すことにした。


「まず、私自身に特別な力は無いの。

ただの女子高生であり、ただの人間。

この世界では、この先もずっとそれは変わらない」


私に分かりやすく説明するためか、黒板に描きながら話を続ける。




━━私は、開拓者(集合体)の一部。


開拓者(マザー)は、数多の世界を見てみたいと考えるようになったの。


ジャンクションに居座り続け、転生の仕組みを利用し、分身を魂に寄生させる。


転生先の世界で一生を遂げ、魂は死後の世界(ジャンクション)に戻った後、分身は魂から離れ、開拓者(マザー)に取り込まれる。


それを繰り返すことで、情報を得ているってわけなの━━。




赤、青、黄色のチョークを使い分け、図を描ききった美花。


「ただ、必ずしも人間に生まれ変わる訳ではないの。

虫だったり、物だったりするから得られる情報が少なかったりするのよ」


チョークを置き、私の方へ振り返る。


「じゃあ、何のために私や他の人達を死後の世界(ジャンクション)に?」


「私達が魂に寄生する前に、マザーから託されたことがあってね。

21回目(・・・)の転生者を招き入れること”って」


「どうして?」


「私達が、他の世界の秩序に乗っ取って自由に生きているのが羨ましくなったんだよ。

けど、マザー本人は、死後の世界(ジャンクション)から出たがらない。

何故なら、それは、寿命を縮める(・・・・・・)ことになるから(・・・・・・・)


なるほど、死後の世界(ジャンクション)に命を奪う者はいないし、時間の流れも遅い。


そこから出れば、自らの身の危険も、老いていく早さも格段と上がってしまう。


マザーにとって、デメリットが多いということか。


「要は、退屈になったんだよ。

自分と同じ存在を死後の世界(ジャンクション)に招き入れ、どういう反応、行動をするのか、高みの見物をしたくなったのよ」


「そんな事のために、他の人達を巻き込んで罪悪感とか無いの!?」


「マザー本人は、自分が主人公、自分が世界の中心と思っているから、そんな感情持ち合わせてないのよ」


理不尽、そして、非常識…。


「美花ちゃんはッ!? 何とも思わないのッ!?

今すぐ止めるよう説得してよッ!!」


「ムリムリ、さっきも言ったけど、私が寄生したこの魂は、マリみたいに特別な力があるわけじゃないし、死後の世界(ジャンクション)にも行けない。

それに━━」


次の瞬間、彼女の顔を見てハッとした。


「私達は、所詮、マザーの都合の良い道具。

死後の世界(ジャンクション)に戻ったら取り込まれて、私達が過ごした記憶を全て絞り尽くして、また別の魂に取りつく。

非力な子供が、一方的な大人の暴力に勝てるわけないじゃない」


平静を保つために作った笑顔に、哀愁がにじみ出ていることに。


「━━だから、私は、この世界で一生懸命やりたいことをやって、精一杯好き勝手に生きていく。

これが、この世界に人間として、“入江美花”として生まれた私の自由の権利(・・・・・)なのだからッ!!」


彼女は、大きく腕を広げて、強く主張した。


「━━だからね、これからも私の親友でいてね。

マリ」




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