閑話3-1 昔々の聖女のお話
同じ世界の昔々のお話。
2話完結です。
「これで、終わり…?」
最後の地で、浄化魔法を唱えた。私以外にも見えるほどに濃くなった黒い霧は、その魔法に触れて消えていく。
とうとう、終わったのだ。全てを浄化したのだ。これでやっと、帰れる。
嬉しいはずだ。私の目標は、帰ることだったのだから。なのに、何故か胸が痛む。
「お疲れ様です、聖女様。もう全ての瘴気は消え去りました。さあ、城へ帰りましょう。」
「だな。お疲れ。まずは宿で乾杯と行こうぜ!」
「お疲れ。魔力は大丈夫か?ポーションならまだあるから、無理はするな。」
「…ん。」
頼もしい仲間達。皆が私に笑いかけてくれている。皆のいつもの笑顔にほっとする。
「ありがとう!皆!」
私が感謝の言葉を口にすると、皆は照れ臭そうにして、宿に帰ろうと、私を急かすんだ。そんな皆を見て私は元気をもらってきた。
旅の初めの頃とは大違いだ。
「聖女様、足元気をつけてくださいね。」
ずっとそばで私を支えてくれた、巫女ヘレナ。いつも控えめな笑みを浮かべて、初めは本心が見えず怖かった。けど、旅の中で普通の女の子なんだって気づいて、巫女としての役割を全うしようと努力する頑張り屋さんだってわかって、今では大切な親友だ。少し頑固な所はあるけど、この役目が終わったら「聖女様」呼びはやめる、と約束させてある!楽しみ!
「ほら!酒が待ってるぞー!」
いろんなものから私を守ってくれた、騎士アロン。酒好き女好きで、初めはこんな人が騎士なんて!って思ってた。けど、戦いの時はすごく真剣で、盾役として皆を守ってくれて、悪意に晒された時も、笑って全部吹き飛ばしてくれた。旅の間は酒も女も自分から禁止してたから、久しぶりにハメ外すんだろうな。いたいけな女の子を誑かさないなら、一応許す。
「今日は好きなだけ食べればいいからな。」
困ったら颯爽と助けてくれた、剣士ヨル。強さを正義とする戦闘狂で、初めは嫌味なカッコつけ、と印象最悪だった。けど、その剣は確かに強くて、強さを語るだけの過去と実績があるって知って、ピンチな時は必ず助けてくれた。ヒーローみたいに。性格は丸くなったものの、戦闘狂は治ってないし、旅の中で少し、いやかなり過保護になっちゃった。
「…ん!」
どんな時でも信じてくれた、魔術師テレサ。ほとんど「ん」しか言わない女の子で、初めは意思疎通が上手くできずに困った。けど、表情はとっても豊かで、魔法の威力はめちゃくちゃで、私が不安になれば手を握って真っ直ぐに私を見てくれた。たくさん勇気をもらった。この3年で全く背が伸びていないことについては、触れない方がいいんだろうな。
とっても素敵な、私の自慢の仲間達。まだ城に戻るまでかなりかかるけど、着いたらそこで旅は終わる。ヘレナは教会の巫女だし、アロンは騎士団に所属している。テレサも魔術師団所属で、ヨルにいたってはSランク冒険者である。皆バラバラだ。
それに、私は帰るのだから、皆とは完全にお別れである。わかっていたことだけど、寂しい。
ずっとずっと、帰りたかった。
聖女なんて、やりたくなかった。
けど、皆と出会って、皆と仲良くなって、離れがたくなってしまった。この世界にいたいと思ってしまった。
帰りたい。けど、帰りたくない。
私、どうすれば…。
城に戻るまで、皆との旅を楽しむ一方で、その葛藤が頭から離れることはなかった。
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城。謁見の間。私の始まりの場所であり、終わりの場所となる、はずだった。
「…は?帰れない?」
聞き間違い?今、王様、「帰れない」って言った?
3年前、確かに「帰れる」って、そう、言ったよね?
「本当にすまない。」
「な、んで…。」
「元々、帰還の魔法陣などは、どの資料にも載っていなかった。おぬしが旅を終えるまでに研究が進めば、と思ったのだが…。本当にすまない。」
「国王陛下っ!貴方様が頭を下げるなど…。」
「止めるな。聖女よ。本当に、すまない。」
帰れない。考えもしなかった。力が抜けて、その場に座り込んだ。皆が私を慰めようとしてくれているけど、上手く言葉が出ないみたい。
そりゃそうだよね。だって私、旅でいつも「絶対帰る!」って言ってたから。それが目標だって、皆知ってたから。
「本当にすまない。それでも帰るというなら、用意はできてある。よく考えて欲しい。」
「…へ?」
それでも帰る、とは?
「あの、帰れないんじゃ?」
「ああ、おぬしのいた時間軸に帰ることはできない。どうしても3年経った場所にしか、帰すことはできないのだ。本当にすまない。」
…ん?
ちゃんと聞きました。
私の早とちりだったようで、地球に帰ること自体はできるらしい。ただ、3年経った地球であり、私は神隠しに遭ったかのような扱いになるだろう、とのこと。
3年前、私は王様に「元の場所に、元の時間に帰りたい」と頼んでいたから、それであんなに謝ってくれたようだ。むしろ数年で帰還を可能にしただけでも、すごいと思うけど。私のためだけに、ありがたいです。
私は3年前、家族が皆出張やら旅行やらで家にいない日、突然光に包まれて、この世界へやってきた。
いつのまにか自分の目が虹色に輝いていて、本当にびびった。しかも、私が聖女?普通に俗なんだけど、いいの?
初めは魔物のいる危険な地に行って浄化、なんて嫌で仕方なかった。しかも3年もかかるとか。拒否しまくってた。けど、その時は王様に「早くても1年後しか帰れない」と言われて、いろんな人に「貴女が頼りなんだ」と言われて、ちゃんと強い護衛がつくことを条件に、渋々旅に出ることになった。
いろいろあったな。
ヘレナは何回言っても「聖女様」呼びやめてくれないし、アロンは情報収集と言いつつ、女の子をナンパするし、ヨルは強そうな人を見つけると、すぐに勝負を挑みに行くし、テレサは全ての会話を「ん」だけで済ませようとするし。
すっごく大変だったし、すっごく怖かったし、すっごく嫌になることばっかりだった、けど。
皆がいたから、頑張れた。楽しかった。ワクワクドキドキがいっぱいだった。
「もし帰らなかったら、私は向こうでは行方不明なまま、ということですか?」
「いや、おそらくだが、向こうではおぬしがいたこと自体が無かったことになっている。帰還と同時に記憶は戻るだろうが。」
「嘘はいやですよ?」
「もう嘘はつかん。信じてくれ。」
あの世界には、大切な家族がいる。友達がいる。
伝えたいこと、返したいこと、一緒にしたいこと。帰ることを夢見ながら、たくさん考えた。帰ったらそれが果たせる。
でも。
「なら、いいです。それは、もしものために、召喚の魔法とともに保管しておいてください。またいつか、どうしようもなくなって、どうしても必要となった、その時まで。」
「…本当に、いいのだな。」
「はい。なので、まだしばらくお世話になります。よろしくお願いします。」
ごめんね。お父さん。お母さん。お姉ちゃん。由美ちゃん。花ちゃん。早苗ちゃん。他にも、たくさん。本当に、ごめんなさい。
どうか、幸せに。
その日、私は1人、旅に出るまで使わせてもらっていた部屋で、一晩中泣いた。
次話では一応ちゃんとハッピーエンドなんで…!
昔々に召喚された異世界人。
でも、主人公の前世とは同じくらいの時間軸。




