第33話 底なしの後悔と自己嫌悪
前話のあらすじ
魔物を消滅させました。お話ししました。瘴気の謎に気づきました。ドアップに悶えました。謎がひとつ解けました。
街に入る前に一悶着あります。
私の、初めの街。主人公の、初めの街。
レーベル。
魔物が多く潜む漆黒の森の、すぐ近くの街。そのため、冒険者が集まりやすい。といっても、高ランク冒険者には宝が手に入るダンジョンの方が人気だから、集まるのはレベル上げ中のビギナーや、安定した暮らしを求める中堅あたり。
冒険者を中心に街の経済は回っており、それなりの規模の街だ。冒険者なら一度はお世話になる街、と言われるくらいに有名だったりする。
その街の門に、昼間なのに誰も並んでいないのは、結構珍しい。大抵乗合馬車があって、行商人や冒険者達がわいわいしている。少なくとも、6年前はそうだった。
「ん?おい、あれ、冒険者じゃねーか?」
「は、まじかよ。強そうか?」
「んー、若いな。どーだろ。」
門に立っている門番2人が、私達を視認してから、こそこそ話している。オズは怪訝そうにまゆをひそめて、門番達に近づいていく。
「あー、あんたら、冒険者か?」
「ああ、そうだが。」
「おっ!ランクは?」
「…Dだが。」
「「あー、Dか…。」」
「おい、何なんだよ。失礼だな。」
門番達がため息をついたので、アレクがイラついてかみつく。だが、荒くれ者の多い冒険者達をいつも相手にしているためか、門番達はその程度は気にも留めない。
「あんたら、悪い事は言わねえ。他の街へ行け。」
「ああ、そうしてくれ。この街には近づくな。」
門番達は、口を揃えて私達を追い払おうとする。どこか諦めたように。オズはより眉をひそめる。アレクや他の皆も、門番達の様子がおかしい事に気づいたようだ。
「理由は?この街に何かあるのか?」
「いやー、それは…。」
「俺達は冒険者成り立てだから、まだDランクだ。でも実力だけ言えば、Cはあると思うぞ。」
「私は治癒魔法が得意ですし、怪我人や病人がいらっしゃるなら、お役に立てると思います。」
オズが問うても、門番達は歯切れの悪い返事しかしない。アレクとフィオが横からフォローを入れる。門番達に一番に聞かれたのは、冒険者ランク。なら、もし実力があれば…?
アレクとフィオの言葉に目を見開き、2人でまたこそこそと話し出す門番達。少しして、話がまとまったようだ。こちらへ向き直った。そして、勢いよく頭を下げる。
「「頼む!この街を助けてくれ!」」
…全て、小説通り。違う事は、門番達の疲弊具合がマシ、というくらいか。つまり。
小説通り、この街が危機に陥っている、という事。
私は思わず、手を握りしめる。爪が食い込み、血が流れる。
皆は門番達に注目している。そして、話を促し、門番達は語り出す。
曰く、瘴気の影響で街に活気がなくなっている。
曰く、急に領主が金を差し出すよう言ってきた。
曰く、Cランク冒険者パーティーが領主側にいる。
曰く、街の冒険者のトップが不意打ちで重傷。
曰く、女子供を人質にとって、金を奪っていった。
曰く、王都への連絡魔道具も奪われた。
曰く、人質がいるから誰も逆らえない。
重傷者の手当てと、できれば領主らを倒して、人質の保護をお願いしたい、と懇願してきた。無理なら、人質を危険に晒すだけだから、今すぐ立ち去ってほしい、と。
皆、顔を歪めている。同じ貴族として、許せない思いもあるのかもしれない。皆の目には、強い意志の光が宿っている。
「私達に、任せてほしい。絶対に、助ける。」
オズが門番達の肩に手を置き、力強くそう言う。皆も頷く。門番達は泣きそうだ。オズは振り返り、テオと目を合わせる。
「テオ。どうするのがいいと、お前は考える?」
「はい。まず、街はそこそこ広いですから、街の方に人を多く割くべきでしょう。領主館の方へは、オズとアレクでお願いします。」
「わかった。」
「おう。俺が叩き潰しといてやる。」
「程々にしてくださいね…。残りは街で重傷者の手当てを。もし領主側の人間がいても、十分対処できるでしょうし。」
「だな。俺が皆守ってやる。」
「私は治癒を頑張るね!」
小説では、全てオズが決めていた。テオは自信がなくて、初めの頃はかなり存在感薄かったから。でも今は、頼れる参謀である。
「私とアレクで領主館を押さえて、人質の居場所を吐かせる。そっちでも探っておいてくれ。目標は、人質の救出と重傷者の手当て、そして首謀者達の捕縛だ。行くぞ!」
あくまで小声で、作戦会議を終わらせ、オズの言葉で士気を高める。門番達は英雄達を見るような目をしている。
門番達があまり疲弊していない事。作戦をテオが立てた事。すでに皆仲が良くて、団結している事。
小説と違うのは、このくらいだろうか。
「…あれ?リリアは?」
フィオが振り返る。門番達と話し始めてから、一切発言をしていない私を思い出し、私の姿を探す。他の皆も気づいたようにあたりを見回すが、私を見つける事はない。
門番達は、首を傾げて皆に話しかける。門番達は、5人組の冒険者パーティーじゃなかったのか?と、不思議そうに尋ねる。門番達は、私の姿を見ていないらしい。皆、困惑する。
小説では、同じように主人公置いてけぼりで話が進み、街に入る前に思い出したようにフィオに手を取られて、門をくぐる。その程度には、影が薄い。
今、私は、存在感を消す魔法をかけている。かけたのは、門番達を見た時。嫌な予感がしたから。
手を思い切り握りしめ、肩を震わせて俯く。手から血が出ているのは気づいているが、手を緩める気にはなれない。そうしていないと、涙がこぼれそうだったから。
ここまでで、小説と違う点は、さっき上げた通り。街の様子においては、何も変わっていない。
全てが、小説通りに進んでいる。
〜〜〜っなんで!?
私には、小説知識がある。レーベルの街が苦しむ事を知っていた。その危機を聖女一行が救う事も知っていた。なんとか死人は出ずに、ハッピーエンドで終わる事も知っていた。
街が危機に陥るのは、聖女一行がやってくる1ヶ月前。つまり、1ヶ月間、街の人達は苦しみ、助けを呼べない状態で絶望して過ごしていた、という事。
そんなの、放っておく訳にはいかない!
そう、思ってたのに…。
念には念を入れて、2月くらいから領主の様子を探っていた。冒険者パーティーと関わっている所を見つけたら、即潰して差し上げる予定だった。
でも、瘴気の影響で活気をなくした街を見るのは嫌で、領主館しか見ないようにしていた。
腹黒に捕まりたくないから。私の存在がバレるといけないから。
そうやって、言い訳をして。
それが、何?この状況。
私が最後に領主館に行ったのは、1週間前。その時は、やばそうな様子ではあったが、冒険者パーティーは見かけなかった。私にできる事はないから、さっさと帰った。
領主の暴走は、5日前の出来事らしい。
…最悪っ!
私が来た2日後?冒険者パーティーに唆されでもした?それですぐさま決行?
だから、門番達はそこまで疲弊してなかったのか、と冷静に考える。今までの皆のやりとりも、どこか冷静に頭が働いていた。ああ、小説通りだなあ、って。
最悪すぎる!
この街での話は、小説としては必要なもので。旅始めだからって、ほのぼのする小説ではない、という作者の意思表示でもあって。主人公が成長する、大事な所でもあって。この事件解決を通して、仲間としての意識が芽生え出す訳で。
でも、この世界は現実で。街の人達の苦しみは、数行で表せるものなんかじゃなくて。実際に、痛みも恐怖も絶望もあって。それは許容できる訳ないもので。
…最悪。なんで。どうして。何やってんの、私。
…私、最悪すぎる。
週1の見回りだけで、まだ大丈夫、なんて。どれだけ浅はかだったんだろう。瘴気で苦しむ人達がいる事に気づきつつ、見て見ぬ振り。
領主の苦しみを知っていたのに。見ていたのに。何もせずに、自分にできる事はない、って決めつけて。全て見て見ぬ振り。
街の活気がなくなっているのを知っていて。噂で聞いていて。あの頃との違いを見たくなくて。言い訳して避けて。また見て見ぬ振り。
瘴気は、聖女だけがどうにかできるもの。私は聖女の旅を守るだけ。そうやって決めつけて、何もしなかった。風魔法で瘴気を飛ばせたみたいに、できる事があったかもしれないのに。聖女の浄化魔法に頼って、見て見ぬ振り。
…私、最悪だ。最低だ。
街は小説通りに苦しみ、領主は小説通りに悪の道に落ちた。
…全て、私のせい。
パンッ!
突然、風船が割れるような音がした。とても、久しぶりに聞いた気がする。強制的に魔法を解除された時の音。魔法をかけている本人にしか、聴こえない音。
「リリア!?え?急に、現れて…?」
フィオが驚いた声を上げ、皆の視線が私に集まる。私はそっと肩を見る。そこには私を叱咤するような目をしたライの姿。ライが私の気配遮断魔法を強制解除したようだ。
…そうだ。後悔は、後にしないと。
今は、街を救う。それだけ、考えていよう。
まだ、自分の事は許せないけど、それは誰にも言えない事だし、皆を心配させる訳にはいかない。皆に、にっこりと笑いかける。
まずは、何から言い訳するかな…?
頼れる家族、ライ。イケメン。
気配を消す魔法は第8話で登場済み。




