第29話 呼び方と口調以上の変化
前話のあらすじ
『覇級魔法』に驚かれました。ゼフがうやむやにしてくれました。旅の準備をしました。自室で1人寝ました。
旅まであともう少しです。
目が覚めると、そこには見慣れた天井。それは、しばらく見る事のなくなる天井。
思ったより、緊張している。ついに、旅が始まるんだ。フィオ達との、命がけの旅が。
ずっと楽しみだった。大好きなキャラ達に会えるのが。小説のシナリオを辿れるのが。
でも、実際に成長した皆に会って、話をして、
この世界が現実である事を、改めて実感した。
わかっているつもりだったんだけど。これは紛れもなく現実であり、すでにシナリオからは大きく外れている。何が起こるかわからない。
小説で死ななかったからといって、皆が死なないとも限らない。
…はあ。
私の悪い癖だ。
いくら考えた所で答えなど出ないというのに。
すぐネガティブ思考に陥るんだよなあ。
その思考が外に漏れる事はめったに無いんだけど。
私は、ポジティブでマイペースなお気楽キャラ、なんだから。
親友にはよくジト目で見られてたから、バレてたんだろうな…。
とにかく!大切な友達と楽しく頑張るぞー!オー!
てなわけで。
いつも通り、朝の日課を済ませます。朝食はちゃんと6人分ね。食べたらすぐ出発かな?
「リリア嬢。」
朝食の準備中、後ろから声をかけられた。今度はそこまで驚かずに済んだ。
「おはようございます、殿下。」
振り向いて、完璧な愛想笑いで応える。フィオ達と話してる時は猫被りはやめてるから、素がバレてるのはわかっている。けど、相手は王族だし、ね。
「…少し、いいか。」
「…はい。構いませんが。」
何か言いにくそうな様子で切り出してきた。朝食の準備はほとんど終わっているし、時間はある。問題ないのだが…。何かな?少し緊張。
「…敬語、やめないか?」
「…はい?」
敬語を、やめる?
それはつまり、タメ口で話せと!
ちなみに、小説のリリアローズは敬語を知らずに育ったため、後々教わって身につけていく。つまり、オズ様にもタメ口。しかも『オズ』と呼び捨て。
ファンは皆、オズ様の尊さから様付けで呼んでるけどね。
「街に出れば、敬語は目立つ。しかも、私とアレクに対してだけ、というのは…。」
「…確かに、そうですけど、その。」
理屈はわかる。だが、尊いオズ様にタメ口など!それに、アレク様もカリスマ性があるから、敬語が自然と出ちゃうんだよね。
しかも、王子に公爵子息。そんな方々にタメ口なんて…!いや、公爵令嬢で聖女様のフィオには普通にタメ口だ。でもなあ。
「私達は冒険者パーティーとして旅をするんだ。『殿下』呼びも禁止だ。」
「それはっ!ですが、やはり…。」
「私の事は『オズ』、アレクも『アレク』と呼べ。」
「…しかし。」
不敬とか言わないのはわかってる。でも、2人のオーラがどうしても、私に敬語を使わせるんだ。
フィオ達は、子供の頃の友達だから、妹、弟、って感じなんだよな。だから、いくら美少女とイケメンでも、オーラがあって尊くても、タメ口でいけるんだ。その方が3人も嬉しそうだしね。
困ったな…。受け入れるしかないのはわかっているんだけど。
「…私も、お前の事は、『リリア』と、呼ばせてもらう。」
そう言って、オズ様はふいと顔を横にそらした。耳の先が赤くなっている。
尊い!テレ顔とか、可愛すぎか!
やばい!叫び出しそう!可愛すぎる!これ絶対挿絵にあったらバカ売れしてたって!乙女ゲームのスチルかよ!写真撮りたい!永久保存したいー!
緩む口元を手で押さえ、興奮を必死に隠す。心の声がバレたら、確実に引かれる。
興奮をなんとか抑える。あまり返答に時間をかけると、不審がるだろう。この空気感を壊したくない。本当はずっとこのまま見ていたいけど。
「…では、そのようにさせていただきます。…これから、よろしく。…オズ。」
…言えた!なんとか、タメ口&呼び捨て、できた!
「…ああ。…リリア。」
青春かよー!甘酸っぱいよー!
ここが私の家ではなく、放課後の教室かのように錯覚する。
制服の2人。意識し合ってるけど、まだお互い自覚はなくて…。
いやいやいや!そうじゃなくて!オズ様と青春とかおこがましいにも程があるわ!
顔をそらしたまま、目だけこちらに向けて私の名前を呼ぶ姿は、破壊力がヤバかった。そのせいで固まってしまったが、なんとか復活。
「…じゃあ、朝食にしよっか。呼んできてもらっても、いいかな。」
「…ああ、呼んでくる。」
「…ありがと。」
ダメだー!普通にできない!無自覚恋する乙女風にしか話せない!
同じパーティーの仲間として接するだけ。それはわかってるんだけど、意識し合うクラスメイト設定を妄想しちゃったせいで、その役で遊びたくなってしまった。
だって、私があっさり友達風に話したら、絶対オズ様テレなくなるじゃん!もっと見てたい!
となると、私もテレてる演技を続けないといけない訳で。それをフィオ達の前でやるのは、無理があるというか、もっと恥ずかしい訳で。
諦めよう。
フィオを呼びに行き、皆と朝食の席に着く。
「先程殿下とお話しして、旅では殿下を『オズ』、カーデラン様を『アレク』と呼ばせていただく事になりました。また、皆様一様に敬語は使わないようにさせていただきます。よろしいですか?」
「そうだな。その方がいいだろ。お前の事は『リリア』と呼べばいいか?」
「はい。そのようにお願いします。」
アレク様はあっさりした態度だ。こういうので意識しちゃうのは、フィオが相手の時だけだもんね。それに、令嬢をあしらうのには慣れているらしいし。
パンッ!
私は手を叩いて、にっこり笑う。
「改めて、これからよろしくね。アレク、オズ。」
オズ様は、自分とのやりとりの時との差に驚いているようだ。だが、これからは表面上だけでも対等。切り替え大事!
「えっと、このパーティーのリーダーはオズでいいんだよね?皆はもう冒険者に登録済みだっけ?」
「あ、ああ。王都でパーティー登録も済ませてある。その、リリア、は…。」
「登録はしてあるけど、ギルドに行ったのは6年前、かな。次の街でパーティーに入れてね!それで、次に行く街って、レーベル?それとも、ベルモット?」
「…レーベルに行く予定だ。そこで、リリア、の事も報告する。」
「そっか。今更だけど、国の方から私の同行に関して言ってくる事はないのかな?勝手にパーティーメンバー増やして、大丈夫なの?」
「それは問題ないですよ。父が『リリアローズ嬢に会う事があれば、力を借りるといい。』って言ってましたから。」
「…そう、なの。…宰相様にそう言っていただけるなんて、嬉しいわ!」
砕けた口調で話してきた私に、オズ様は戸惑っているようだ。名前の呼び捨ても慣れないらしい。王子だし、普通の友達は少ないんだろうな。
テオは嬉しくない情報を私にくれた。あの腹黒。そのおかげですんなり同行の許可が下りる、っていうのが気にくわない。貸し一とか言ってきそう、遠回しに。
ちなみに、ベルモットは私がよく行く隣街の名前で、レーベルより王都に近い位置にある。王都から街道沿いに、ベルモット、私の住む森、レーベル、といった順に並んでいる感じだ。もっとも王都とベルモットの間にも街はいくつかあるけどね。
「レーベルなら、歩いてそうかかる距離でもないし、ゆっくりできそうだね。出発はいつにする?」
「いつって、旅の準備はできてるのか?」
「うん!もう準備万端!」
「…なら、昼前にはここを出よう。それでいいな。」
「いいよー!」
「わかったよ。」
「僕も構いません。」
「俺も問題ない。」
「了解っ!じゃあそれまでに話しておく事とかある?私の方からも少しあるんだけど。」
必要な会話は理路整然と。ふざける時はふざけて。
『バカっぽいけどバカじゃない』のが私。
親友にそう言われた覚えがある。懐かしいな。
これからは皆と素で関わっていく事になる。同年代の仲間、友達として。親友と過ごした、あの日々のように。
「…とりあえず先に、リリアの話から聞こうか。」
「ありがと。まずは、ごめんなさい!」
「…どうしたの、リリア?何の謝罪?」
「…私は、フィオやテオ、ゼフにも、猫被ってた。友達なのに。どこか、線引いてた。」
「…。」
私の素は、高校生の私。森にライと住む私。あんな上品な話し方は両親やライの前でもした事がないし、明らかによそ行きモードだった。ライも気づいてたと思う。
突然前世の記憶を思い出して。小説の主人公だと知って。小説の中の『リリアローズ』になろう、って心のどこかで思ってたのかも。反面教師にするつもりが、自然と惹かれてた。
素の私では、主人公にはなれない。
そう思ってしまったから。だから、シナリオが変わりすぎないようにとか、口調も素とは切り替えるようにとかって、無意識に気にしてたんだ。
でも、そんな自分とはお別れ。私は私。振り返ってみれば、前世を思い出す前の私と前世の高校生の私は、とっても似ている。性格も口調も。これがこの世界の私だ。
オズ様とアレク様に対する猫被りをやめるなら、フィオ達に対する猫被りもやめなきゃ!
「これからは、皆と素で接する!違和感はあるかもしれないし、たぶん皆が思ってるより精神年齢低いと思うけど、よろしく!」
私は上品さとか憂いとかの一切ない素の笑顔で、皆に笑いかけた。
猫を脱ぎ捨てた主人公。
素はテレ屋だったりするオズ様。




