9話
さて。水汲みにも行った。近場の薪拾いも行った。
そして今、私は更なる高みを目指して、棒振りダンス&詠唱神法の練習中である。どう考えても変な組み合わせだけど、ナル婆さんに「両方一緒にやらないといざってときに使えないんだよ!」と言われたので仕方がない。
「えい、やぁー」
自称黒杖を右手で振り回し、左手を前に突き出しては
「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」
と、詠唱神法を唱える。が、勿論マッチの火ほどさえ出ないというか、完全にスカである。
ヤケクソでまた杖を振り回す。
かと言って、最下級の詠唱ですら発現しないのに、上のクラスの詠唱など意味もないから、なぁ。
一応8種類ほどすでに教わっているけど、今は一番発現しやすいと言われている『ファイア』のみを繰り返している。
「えい、とぉ」
そしてまた詠唱。
「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア!」
それでも全くかすりもしないなんて・・。
ナル婆さんはいつか神法は使えるようになるといったけど、本当なのだろうか。
「えい、やぁ」
なんか棒振りダンスだけは少しずつうまくなってきている気がするのに、神法は使えるようになる気が全くしないんですけど。
そういえば魔術師のスキルで「杖殴打」ってあったよなぁ。しかも前提用で完全な死にスキル。
最初に発生するスキルがその、杖殴打だったら笑えないんだけど。
「せぃ、やぁ!」
ひゅんひゅんと振り回す音だけがやけに威勢がいい。
「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア!」
うんともすんとも言わないぞ!
なんでよぉー・・。
セイランって火炎魔法が苦手なのかなぁ?
いやいやいや、そんなことになったら最終奥義、広範囲『メテオール』が使えないじゃん!適正はあるんだ、絶対。
ただ、なんでこんなに魔法が使えないの?
魔法って、魔法って難しい。あ・・神法か。
ここ数日、薪拾いに薪割そして素振りと神法詠唱に費やしたが要するにろくな成果が望めず、今日は水汲みの前に、いい加減部屋を掃除することに決めた。
どうせ水は使うんだし、先にやってしまった方がいい。思い立ったら吉日とも云うしね。
だって土足で上がるんだもん。
部屋の中はまさに土埃やら葉っぱやら、色々と汚れている。
婆さんに箒の場所を聞いて、裏に回り持参してくる。
「さて、やりますかぁ」
箒はまるで柔らかな竹箒もどき。まぁ使えなくもないのでせっせと汚れを掃き出す。
私のベットの下も。
「ん?なんだこれ・・」
奥のほうに何かが転がっているので、引きずるように掃き出すと。
ああ。すっかりその存在を忘れていた。
あれだ。
フエルトっぽいもので出来た、例の薄っぺらなバックもどきだ。
「最近見かけないと思ったら・・・ここの隙間から落ちたのかぁ」
まぁいいや、とまたベットの上に置いておき、掃除の続きを始める。
実に埃っぽい。もっとこまめに掃除すべきだな。
「あ・・」
壁に貼りつけるように置いてある棚の中も、整理整頓しなくては。
多分、私が枕を投げたせいで少し散乱しているからね。っていうか、ナル婆さん、その後片付けもしなかったのかぁ。
やれやれ。
「それにしても・・壺の形が妙だよねぇ~・・・」
四角だったり丸かったりはするが、何しろ底が平たいのだ。平たいくせに上部は普通の壺の口。
「まぁ、これはこれで抜群の安定感があるから、滅多に倒れたりはしないだろうけど・・」
不思議な形だ。ここではこれが普通なんだろうなぁ。水瓶も同じ形をしているし。
棚の下段まで掃き出したら拭き掃除をするか。
「よっこい正一」
もう、体幹はしっかりしてきている。ぐらついたりふらつくことはないが、腰が痛いなぁ。
若い身体のくせに!
腰をトントンと叩きながら雑巾を取りに流し台に向かう。
「さて、拭きますかぁぁ」
テーブルだけではなく椅子も拭き、棚も拭き始める。
道具箱らしきものの中身が多少落ちたりしてるので、中を整理しながら戻していくと。
「ん~?これキリ?」
昔よく見かけた錐にそっくりだ。
お。もしかしたらこれであのバッグに穴をあけられるかもしれないな。取り出しておこう。
「さて、一気に綺麗キレイにしちゃいますか!」
「ふぅーん。革紐欲しいって?」
「はい。このぐらいのが・・」
両手を目一杯広げて見せる。
「何に使うんだい?」
「えっと、これです。こいつに穴をあけて、革紐通して、下げられるようにしてみたいかなぁと」
「そんなの使う気なんだ」
「ええ、まぁ」
テーブルの上に置いたヘロヘロなバッグを見て、ナル婆さんは顔を顰めたが「ま、いいよ、好きにしな」と言いつつ、革紐をくれた。
夕飯後の、暇な一時をこいつの製作に充てようと思っている。
ところでいつも不思議に思うのは、目の前のテーブルに置いてあるランプ。
中は電球ではなく細い管のようなものがありそこが光っているわけだが、どう見ても電気を使っているようには思えないし、電池でもない。そのくせ蛍光灯並みに明るいのだ。
「何だい。眩しいなら少し光源でも落とすかぃ?」
「いえ。それは大丈夫なんですが。何で光ってるんだろうなぁと」
「ああ。これかい」
ナル婆さんはランプを手に取り、底を見せてくれる。ランプの本体を握って熱くないのかよ!とツッコミたくなるけど、平然としているからねぇ。
「ここの蓋を取ると、ほら、これが見えるだろ?」
「はい」
白っぽい丸い球だ。大きさはちょうどビー玉サイズ。
「クレイルドッグという魔獣の核さ。こいつは光属性でね。だからこうやって光るんだ」
「・・・・へ、へぇ・・・」
「このランプはこんなしょぼいものに見えるけど、立派な神器さぁね。昔はなかなか手に入らない貴重品だったんだよ。まぁ今じゃ普通に売ってるけどな」
「へぇ・・・普通に売ってるんだ、このランプ」
「何だいその目は。信じちゃいないだろう?」
思わずいえいえと顔を横に振る。
ほぉ。神器なんだ、これ。なるほど。理解は無理だけど分かったので、視線をバッグに移す。
「ぐぬぬぬ・・」
先ほどから錐でぐりぐりするのだが、フエルトのくせに穴が開かない。
「むーーー。ぐへ・・」
錐の切先がずるっと横に滑って、支えていた指に刺さるところだった。なんでうまく刺さらないんだよ、フエルトの分際で生意気な!
どんだけ丈夫なの!
今度はバッグの口を開け、手を突っ込んで中から支えることにした。
「へ?」
目の前に行き成り半透明な窓がぱっと現れた。
な、なにぃーーー!?
「何だい?どうしたんだぃ?」
テーブル席に腰かけ、お茶を片手に何やら古ぼけた本を読んでいるナル婆さんが訝し気にこちらを見たが、今はそれどころではない。
「い、いえ、何も!」
「行き成り変な声上げるんじゃないよ」
「はい」
うわ・・これ。
イベントリだ。
間違いない。イベントリですよ。
中に入っているものは、素材だ。特にIDの中で落ちたあれこれ。勿論ドロップした白文字装備品も入っているが、レベル制限があって灰色表示だ。
特に悲しかったのは転生後に装備できると云う、全プレ紫文字『陽気セット』Lv5しかもさりげなく強化+5までついている、これさえも灰色だった点だろう。だって今Lv1だもんなぁ。せめてこれさえ装備できれば情けない姿から脱却できるのに。
あ。Lv30のMPとHPポーションもあるな。使えないけど・・。
なんでこんなに低いLvの物が・・・と、思い起こせば、今年の春。
信じられないことだが、あの酷い過疎の中を「新規で来てみたんですが・・」という勇者の女の子キャラに出会ったのだ。そう。誰もいない成都ホウライで・・。
あの時はびっくりしたよなぁ。
だって、IDに向かう途中で、うろうろしている人がいるんだもん。しかも若葉マークで。
それでつい、老婆心でLv上げのお手伝いを。
その時ドロップしたポーションが、これだ。
低レベル帯で適正でない自分では何も出ないんだけど、PTしている仲間が適正だと比率はかなり下がるけどそれなりにドロップして、しかも回ってくるんだよね。その残滓が、これ。
う~ん・・Lv30じゃなぁ。どのみち使えんわな。
今、左手を中に入れてあるので、錐を置いた右手で画面を触ってみる。とは言っても空中で怪しげな動きになるだけだろうが。
ポーションを触りながらドラック&ドロップして『ゴミ箱』に持って行こうとするが、出来ない!
18個もあるのに、捨てられないとか。2枠、完全に死蔵だよね、もったいない。
「はぁ・・仕方がない」
他を見てみる。装備品を特に重点的に。
しかしこれも無理かな?
一応、念の為にLv5紫文字装備の『陽気な靴』を触れみるが、赤いペケマークが出て、やはり取り出せなかった。うん、そうだと思ったよ。
他に何か、今使えるものはないだろうか。
特に靴!
靴ですよ!
必死になって横スクロールをするように、手を振っていく。
ない、ない、ない、ない・・・。
全部灰色。
「あ・・」
だいぶ後ろの方で神輝装備を見つけた!
それもブランドルさんから頂いた強化アイテムで出来る限り強化した、キンキラキンに輝く装備品。でも。非常に残念なことだが装備レベルは480で、当然全てが灰色。
そうだ、この後ろにアバターが!
「・・・うそ・・・」
あるにはあった。
能力付きアバター。
でも装備レベル100からになっていた。がうぅーん・・・・。
ま、まさかアバターにまで装備可能レベルという制限があろうとは、全く予想だにしていなかった。
でもよくよく考えたら、あの時点で晴嵐はすでにカンストだったし、そんなもの一切気にも留めなかったわけで。大体こんな能力付きが若葉のうちから使えたら、反則すぎだもんなぁ。やっぱ、そうなるわなぁ。
なんてこったい・・。何も装備できるものがないじゃないか。
もう落ち込むどころじゃない最悪な気分で横に手を振る。
ポーション系もレベル制限がかかっている。まぁ無課金バッグだと枠制限もあるからどうしたって低レベルのアイテムはNPCに流すしかないわけで。あ、あった。大量の課金飴玉と花火だけは色付きだ。
さすが課金アイテム。ってか、花火とかどうすればいいの?
「!」
おおおおお。何か色付きのままの宝箱がある!
「・・・・・」
おい!
全プレ。特製ふわもこニャンコアバターセット。Lv無制限。
もしかしなくても、あの時運営が「ダンスパーティ用」に配った、あれか?
「開けるかなぁ・・・」
開けるしかないよね?
なんか、押したくないんだけど。
あ。戦闘ミニペットもある!ついでに騎乗ペットも。とは言っても騎乗の方はLv10からか。
でも戦闘ミニペットは色がついているから、使えるんだろうなぁ・・・。
こんなしょぼいミニペット、出したくないしなぁ。
だって、こいつ、MAXまで育てても攻撃力3000なんだよ。課金の方はその10倍だっていうのにさ。さすがにドロップ拾う機能があるから仕方なく使っていたけど。はっきり言って、Lv300上からはマジで役立たず。こっちが普通にダメージ5万とか出しているのに3000ダメージとか。ないよりましって感じなだけで『戦闘』って付けるなよって文句の一つも言いたくなるほど、しょぼいのだ。
何より、定例文のセリフがうざくってだねぇ・・・。
『任せろ主ぃ!俺様がやってやるぜ!』
『この俺様にかかればこんなやつ雑魚だね!みてろー、白虎さまをなめんなよぉーー』
『すごいだろ主、俺って最高!主もそう思うだろ?』
とか。本当。
ログに割り込むセリフがやたらと煩くて、これ切る方法ないものかね!って本気で思ったものだ。
その点課金戦闘ミニペは凄かった。
まぁセリフもその分長いらしいけど。ふん。羨ましくないもん。羨ましく・・・。
「・・・・・・」
あの時、露店で全財産を使ってでも課金戦闘ミニペットを買っておけばよかったとか、全然思わないんだからね。ちょっとだけ後悔はしているが。
ああ・・。
最新課金戦闘ミニペット『麒麟』。マスターがそれを当てててよく連れて歩いてたけど、超可愛い女の子だったよなぁ。黄緑色のひらひらミニワンピがきらきらしてて。頭に角生えてたけどぉ。そこもご愛嬌、だったし。
更にその攻撃力たるわ凶悪の一言。しかも決めポーズがめちゃくちゃ可愛かった・・・。
マスターのミニペだけど共に遊び狩りしているときに、こっそりフォトショしたのは内緒。
『マスター。その子いいですねぇ。すごく可愛いし』
『うん!絶対欲しかったからね。ガチャった!しかも当たったし。えへへ』
『すごい!運がいいですよね!だってなかなか当たらないって聞いてるし。それを当てちゃうなんて』
『・・・1万飛んだけどね(狸の泣き絵文字)』
『そ、そうですか。でも、いいなぁ・・・』
・・・欲しかったなぁ。
露店を思い出して「買っとけばよかったぁぁ」とか身悶えてしまう。今更ですけど。本当、今更だけど。
でもどうしようかなぁ。
枠の中の絵柄ははっきり言って白のブタニャンコだ。どう見たって白虎なんて良いものじゃない。完全に名前負け。
うぬ・・。
どちらも見なかったことにしよう。
「もう寝ますね」
「分かったよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
ナル婆さんはランプと本を抱えたまま自室に戻っていった。
夏に向かっているはずなのに、夜になるとかなり冷え込む。
私は布団という名の毛皮を被って、震えながら寝ころんだ。手には、あのフエルトバッグを握りしめて。
朝ご飯を済ませると、ナル婆さんは早々に出かけて行った。
なんでも霊峰の精気を欲する魔獣がやって来ては徘徊するらしく、そいつらを狩るのが仕事だそうな。
それを放置しておくと霊峰の神意がおちてしまうんだとか。
へぇ~・・と気のない返事をしたせいで、頭を叩かれたが。まぁいつものことだし。
「さて・・」
本来は水汲みに行くわけだが。
そう、トラウマレベルの水汲み。
だが、今の私はそれすら乗り越えられたのだ!
黒杖という武器も心強いが何よりショックの連続ということで、もう何が心的外傷になるのか、さっぱりわからない。
平素の日常生活の中で特異な出来事が1つだけ起こればPTSDにもなるだろうけど、複数同時多発大事件では、もはや日常茶飯事の枠組みでしかないのだ。
元よりそんなに軟な精神してないし。
トラウマ?何それ、美味しいの?
それよりも靴が切実に欲しいところなので、なんとなくイベントリを開いて、まじまじと宝箱を見つめている。
どうしようかなぁ・・。
開けようかなぁ。
「ええい、ままよ」
思い切って指で押す。
すると宝箱が開いて、アバター一式がベットの上に転がり出た。
「うわぁぁ、最悪だぁぁ・・」
もうね。色が。
運営のセンスの無さを伺わせるような色合いで、思わず頬が引き攣る。
誰だよ、こんな色にしたのは。
「黄色地にピンクのぶち柄って、ありえん」
酷い。酷すぎる。これを着ろとでもいうのか!
一応、手に取って広げてみた。
「最低。なんですかこれ・・」
薄っぺらだが肌触りはいいよなぁ。
ほら、たまに見かけるじゃないですかぁ。同じ着ぐるみと銘打ってても綿とか詰め物が一切ない、着ぐるみパジャマ的何かが。
あんな感じの胴体部分。あ、フリースとかいうんじゃなかったっけ、この素材。
逆に手袋や足はここまで強調しなくても、と文句が言いたくなるほど大きく、どこぞのネズミランドのマスコットみたいな感じで。中に綿かスポンジでも入っているのかな?
それに、頭というかかぶり物は、大きな三角耳のついた帽子で顎下に二つのボンボンが交差して止められるようになっている。そのボンボンは白かったし、手足の肉球部分も白かった。
「・・・・・・・・」
これはやはりどうかと思うんだけど。
それでもブーツが気になるので、そっと素足にふわもこ猫ブーツを履いてみることにした。
「・・・・」
歩いてみる。部屋の中をぐるぐると歩きながらジャンプしたり屈伸したり、色々やってみる。
「・・・・・・・」
有り得ない!有り得ないくらい履き心地がいいよぉーーー!
泣きたい。
思わずその場で座り込んで、顔を覆う。
クッション性抜群。靴底が分厚くって、飛んだり跳ねたりしても安定感抜群。しかもぬくとい・・。
この色と形さえなかったら。
「なんで無駄に高性能なんだよぉーーー!」
見た目が普通の靴だったらどれほどよかったことか。なんでまた、でかい猫足ブーツなんだ!
・・・・。
どうする。見た目を取るか、ここは実利を取るか。悩む。ベットに腰を下ろし、腕を組んでじっくりと熟考する。ちなみに似たことわざには『名を取るか実を取るか』がある。どうでもいいな・・。
それよりどっちにしよう。
う~ん。う~ん・・・。
「き、決めた!これを履く!」
そうだよ、どうせこんな山の中。ナル婆さんと二人っきりなのだ。
何を恥ずかしがることがあるというのだ。どうせ他に、誰も見ていないんだし、見られて笑われることもない!
まぁ・・婆さんがいるけど。でも気にしなければ問題ない。
これを履けば、何と言っても『足の裏が痛くない』!←これ、重要!まさに実を取る、だよな。
見た目はどうあれ、足を革で包んでの「梱包」よりずっとずっとましなのだ。
よし、こいつを『履く』と決定だ!
そして即採用!
うん、君は見た目は激派手でおバカっぽいオタク系だが、その能力はまさに超エリート。そして我が社では、そんな君のような存在を待っていたんだ。歓迎するぞ!
・・・興奮しすぎ・・。
「さて・・」
靴を決めたところでその他はどうしようか。
足元見て、焦げ茶色のずんだらワンピ見て。
うん。凄くアンバランス。変・・。それにこんなロング丈のワンピでは山の中では不都合だらけだし。
再び猫の胴体部分を広げてみて見る。前側にファスナー付きで着脱は簡単だし、上下一体型で下はズボンだし、これなら歩きにくいこともないだろう。
何より藪で虫に刺されたり、葉っぱで切られて怪我をすることもなくなるわけで・・・。
「き・・着ちゃう?着ちゃおうかぁ?」
一回実利を選んでしまうと、かなり気持ちがそっちに傾く。
う~ん・・。
色とか形とか、そんなものは大して問題じゃないよな。やっぱり動きやすさだよね?
そうだよね?
うん、全くその通りだよ晴嵐。
恰好悪いと思うのは一時的なことだ!
動きやすさが一番大事だよ!
実利を取れ!迷うな私!
「よし!」
早速ワンピを脱ぎ捨て、ファスナーを開けて足を突っ込む。
「うん、前開きファスナーだ・・」
やったね、これで私も文化人。
耳に届くファスナーを上げていくジジジという音は、まさに『文明開化の音がする』だな!
あ。これって胴長短足的な着ぐるみじゃない方なのか!これなら楽だ。サロペットのようなもんだし、ほら、すごく動きやすい。
それに、何故か温かい。ファーっぽい襟までついているせいかな?
「あああ・・・このぬくとさが・・・ヘブン」
そう。こんなに薄いのに暖かいって。
軽くて暖かくて動きやすい。最高じゃないかぁぁ・・。
「おおお~・・素晴らしい、さすが運営謹製アバター!」
見た目さえ気にしなければ・・。
思わず跳ねて、後ろを見ると長いしっぽが自動でゆらゆら動いているのを発見した。
「ふんふん・・。なるほど」
一応オサレアバターになっているのか。ま、いいか。
こんなものはどうせ『おまけ』だろうし。あってもなくても不都合はない。
ふむ。手と帽子が今のところいらないからしまっておこう。
それと色付きである、経験値2倍120分飴玉。
「1個出してみよう~」
水色の飴玉がコロンと掌に転がった。直径3センチはあろうかという、意外に大きい。口の中に入れてみる。
最近甘味に飢えてるんだよねぇ。
お。サイダー味でシュワシュワしてて甘い!
「これ、最高じゃん」
毎日のおやつに決定だな。しかも運が良ければ経験値が・・・。これ効果あるのかなぁ?
口の中でゴロゴロ転がす。
よし、このまま水汲みに行こう!
「な、なんだい、それは?!」
扉の開く音と同時に婆さんの雄叫び。
さ、早速見られてしまった・・。
「なん・・・ブフっ」
そのまま腹を抱えて笑い出すのを、物凄く気まずい思いで眺めていた。
いやね、笑われる気はしていたよ。こういう反応だって予想は出来てたが・・。
まだ覚悟が出来てなかったんだってばぁぁ!!!!
「アハハハハ・・グハハハハ・・ぎゃはははは」
柱にしがみつき、身を捩らせて大笑いし始めた。
「笑い過ぎだよ、婆さん」
「アヒ・・フハ・・ガハハハハ」
そこまで笑うかな。そんなにもおかしい?うん。おかしいよね。でも。
「おい!死ぬからね。笑い過ぎで死ぬからね!」
「だってぇ・・あははは・・おま・・おまぁ、ハハハハハ」
「い・・いい加減にしようよ!」
「ひゃひゃひゃぁぁぶわっはははははは」
おかげで顔が真っ赤だ。
耳元でバクバク言ってるくらい真っ赤だよ。
飴玉大きすぎて涎も零れそう・・。
これは・・失敗したかも。
駄文を読んで下さり誠に感謝でございます。