8話
いつも読んで下さりありがとうございます。
小屋中心の地図ぐらいならいけるんじゃね?と思ったのですが、やはり気の迷いでした。
開始早々、30秒で見切りをつけました。
これでやっと、自分は絵の才能がどん底であると理解できた次第です。
もう無駄なチャレンジはしません。
皆さんの想像力だけが頼りです。
「はぁぁ・・・・・」
身体中の生気が抜け出たんじゃないかっていうくらい、深い深いため息をついた。
余りにもあんまりな、怒涛の昨日。
裸足で岩山を歩かされたり、象並みのバカでかい熊には襲われ大怪我までし、更にはLv1に巻き戻されたわ、魔法は使えないわ。正に踏んだり蹴ったりだ。
それにしてもあんまりだぁぁ・・。
おかげで昨晩は全然、全く眠れなかった。
まぁ、その前にたっぷりと気を失うように寝ていたからね。眠気が来なくても仕方がないんだけど。
でもそこじゃない。
問題は・・。
「マジで許せん!」
下腹部不具合!
大体、ゲームで遊ぶプレイヤーが一番聞きたくない単語の一つに、必ず『不具合』だの『バグ』だのが入るものなんだよ。
それがどれだけ嫌われているか。
だって、バグで画面に嵌って出られなくなって泣く泣くログアウトした時の、失ったあれこれが腹立つとともに泣きたくなったし、不具合でスキルの一つが使い物にならなくなったこともあったし!
ともかくだ。
不具合とか、マジで許せん!
運営のばかぁぁ!ババアのバカぁぁーー!
「くそババァめ!貴様は運営の回し者か?!実は業者か!?」
何てことをしてくれたんだ!
ナニが勃っ起たないとか、タマタマが見た目だけで何の役にも立たないとか、排泄行為が一切ないとか。けつ穴行方不明だろうが、そんな些末なことはどうだっていい!
そんなのはどうだっていいんだよ!
どうせ、元よりゲームキャラなんだから。そんなものは端っから期待もしていなかったし!そりゃ多少のショックはあったけど、些末な問題だし!
そう、全部些末な問題!
でもなぁぁ・・・。
晴嵐は魔術師だったんだよ。
ゲームでだけど、魔術師だったはずだぁぁ!
無課金だけど。
それでも、それでも無課金なりに一生懸命育てたメインキャラなんだぞ!
それが何?!魔法が使えない?
ありえん!
そんなことは絶対に認められない!
だって・・だってそれじゃぁ、あまりに可哀そ過ぎるではないかぁぁ。
哀れだ。
これでは何の役にも立たない子になってしまう・・・。
絶対、野良PTで「なんでお前がこのPTにいるの?」「こいついるからPT抜けまーす」って言われちゃうくらい、このままでは地雷職まっしぐらだよ。っていうか、もうすでに職すら失っているけど・・・下僕だし。
がぁぁーーー!ナニコレ?!
詰んでません?!全方位ばっちり四面楚歌?!
「オワタ・・・・」
うん、これも一回言ってみたかっただけ。
ベットの中で身悶えながら、泣き崩れる。ついでに枕もポカポカ叩く。
「私の、唯一の希望だったのにぃ」
今日から何を糧にして生きて行けばいいの?!
「また泣いてるんかぃ。朝っぱらから散々肉をたらふく食いまくってるくせに。飯の時以外はウジウジウジウジと。本当にクソガキだよ!」
「誰のせいですかぁぁ!?」
「ハイハイ。全く。生き返らせてやった私が悪うございました」
このくそババア。
勢い枕を投げるが、うまくかわされてしまった。
的を外され見事に背後の棚にぶち当たり、少し物が倒れる音がしたけれど、全てババアのせいだから、私の責任は・・・なくはないかな?
「そんだけ元気があるなら水汲みにでも行ってきな!」
「水汲み・・・」
昨日の恐怖体験が蘇る。
怪談も怖いけれど、リアル恐怖があまりにも怖すぎた。なんといっても直接命に係わるんだもん。
「こりゃ少し時間が必要かねぇ・・。だったら薪でも拾ってきな。でないと肉なしにするよ」
「はい・・」
はぁ・・。生きていくって難しい。
「行くのはいいんですが、昨日靴もどきをだめにしてしまったもので・・」
「そうだったね。今また持ってくるから」
「はい、すみません」
またあれかぁ。
やはり縛るだけでは踏ん張りがきかない。何よりあれはあまりにも私の足裏に優しくない。
ここは無理してでも針と糸を使い、本格的に靴らしきものを製作するしかないかも。あ、そうだ。草鞋の作り方、今でも覚えてるかしら・・?
昔は祖父さんとよく作ったものだ。
でもこんな山の中で藁をどうやって調達すればいいのか?まずそこから問題だし・・。
「ほら、なめし革だよ」
「はい」
素直に受け取り、それを膝の中に置いてしばし考える。
「何、小難しい顔してんだぃ?」
「いえ・・何とかこれをまともな靴に出来ないものかと・・」
視線がナル婆さんの足元に移る。なんと婆さんはブーツを履いているじゃないか。何で今まで気づかなかったんだ。
「ナル婆さん、その履いてる靴いったいどうしたんですか?自分で作ったとか?」
ずいぶんしっかりした革ブーツだ。
「買ってきたに決まってるだろ。私しゃ革加工の職人じゃないんだ」
「は、はい?!」
「わざわざ町に行って買ってきたって言ってるだろ」
「・・・お~い・・」
こらマテ!このくそババア!
自分だけ正規の購入品かい!
「自分だけ!私だって普通に靴が欲しいですよ!こんな革での梱包じゃなくって」
「だったら売るもん、自分で作るなり山で獲物を捕ってくるなりすりゃぁいいだろう?私しゃそこまで面倒はみないよ」
「い、いじわる!」
「ひひひひひ」
「売る物、かぁ・・・」
再び、なめし革に目を落とし、これで何か作れないかと悩むがやはり針と糸がないとどうにもならないし、裁断のためのナイフもない。
くは。靴ほしい・・。
「まぁ、売る物が用意出来るようなら街まで売りに行ってやらんこともないさぁね。私しゃ、ウ・ナ様から頂いた転送ペンダントもあるんでね」
「は、はぁ??!」
何それ?!すごい良いものを持っているじゃないか!って、ウ・ナ様って誰の事?
まさかこの人にも師匠がいたとか・・。
う~ん。ナル婆さんの師匠。どんだけの人格者だったのだろうか。
「ひゃひゃひゃひゃ」
本当、なんて意地悪な婆さんだ。
手元の革を握りしめて、項垂れたまま涙が落ちる。
酷い待遇ですよ、何なんですか。
今まで与えられた服は婆さんの古着だけ。靴は革を足に巻いただけの原始的な靴もどきだし。
その気になればいつだって街に行って、何でも購入できるのに。
私にはもったいなくってお金は使いたくないって言ってるようなものじゃない。酷い。
いくら戦後直後の貧しい生活を経験してきたからって、こんなのあんまりだ・・。
「悪かったよ。何だい何だい、見捨てられた犬みたいな目でこっちを見るんじゃないよ」
そう言うと困った顔で溜息をつく。
「そのなめし革が本来の売り物さぁね。あのマグナベアの腹の部分。あいつは他のところは余りに固くてね。で、腹のところならなんとか加工も出来るっていうんで買い取ってもらったりもするんだが。
今あんたの手にあるそれを入れても全部で後3枚しかない」
「それって、少ないんですか?」
「全然だねぇ。1頭で約2枚。ああ、1枚にすると大きくて運べないしなめすのも大変だからね。だから2枚に寸断するんだが、1枚の買取価格は500ダール。平均的靴の価格は4000ダール。
だが、こんな足場の悪いところじゃ、出来ればなるたけ良いものがいいからねぇ~・・。
そうなると必然的に価格も上がるし。ほら、私のこれなんか3万ダールもしたんだ」
「1枚で500.1頭で2枚、1000・・」
「30頭ほど倒せばいいだけなんだが・・・」
「あ、あんなのを30頭?!」
靴は欲しいが。
そのためには梱包靴もどきで頑張るしかない。でもこれじゃぁ痛いし、自分であの熊は狩れない。
うがぁぁ・・。どうにもならないじゃないか。
「しかもマグナベアは普通、谷底付近を縄張りをしている。しかも生体数も少ないんだ。今回たまたまお前が襲われたけど、本来は、こんなところまでは上がってこない奴なんだよ。
それにあれは無数の傷をすでに負っていたし、かなりの高齢だったからね。多分、縄張り争いに負けて、追われてきた個体なんだろうさ。おかげでろくな革もとれやしない。只の徒労に終わっちまったよ」
婆さんまで溜息をついた。
「お前さんの装備品とか私だって考えてたさ。でもね~。こう、すぐ金になるようなもんが・・・。春先や秋口だったら薬草も取れるんだが、夏前だからねぇ~。はぁ・・」
「そうだったんですか・・・はぁ・・」
二人で溜息をつく。
ああ、全然どうにもならない。何でここの世界は私に優しくないんだ。
「高額商品になる銀灰大熊なんていうのもいるにはいるんだけど」
「え?そうなんですか?」
「そいつの毛皮はたった1枚で100万ダールにもなるんだよ」
「おおおおおお。それいきましょうよ!」
100万ダールがいかほどかは知らないけど、物凄そうなのは良く判る。一気にお金持ち!
私は思わず身を乗り出すが、ナル婆さんはますます困惑した表情を浮かべ「それができりゃ・・・私も苦労していないさぁ」と呟いた。
「なんで?」
「さっきも言ったが高級品ってのが毛皮なんだよ、毛皮。そんでもって私の得意神法は火炎系」
え?そんなの初めて聞きましたよ?
「銀灰は、個体の大きさはマグナベアとほぼ同格なのに対して、その能力はマグナベアの約10倍!まさに、比べ物にならないくらい凶悪なんだよ。要するに、私だって死ぬ可能性がある位かなりやばい奴なのさ。そんな強敵を前に手加減どころか、そりゃ持てる最大神法で立ち向かうしかないだろ?
今までも数え切れないくらい挑戦してきたんだがね、毛皮なんて1度だってとれた試しがない」
私が本気を出したらどんなものでも消し炭さ!と自慢げに語るが、毛皮も消し炭じゃないですか・・。
「そ、そんなぁぁ~・・」
「だからお前に期待してたんだけどねぇ」
やめて!そんな目で見ないで!
靴欲しい、お金ない、狩りに行くしかない、でも倒すのは困難で毛皮が燃えちゃう。それ、だめじゃん。
「しばらく我慢しな。秋になったら良い薬になる茸や草の実なんかが採れるから」
「はぁ・・・」
婆さんが言う通り、秋に期待するしかないかな。というか、期待させてください。
「それよりも、私しゃ考えたんだがね。あんた、レベルは置いといても能力はかなり高いんだ。この先簡単な薪拾いでも何に絡まれるかわかったもんじゃない。何しろこの御山には、魔獣とも野獣ともとれるような生き物がいっぱいいるからね。ああ、神獣に近いものまで。それこそ、うようよ徘徊してやがるから」
ん?
「魔獣?野獣?神獣?」
「ああ。魔獣もいるし野獣も神獣もどきもいる。そしてその中間っぽい奴らもいるってことさぁね」
「へぇ~・・」
まぁ、確かに、ないとは限らないだろうけど。それが何?
「あんたにも自衛手段がないと困るだろうと思ってねぇ」
「はぁ」
気のない返事をしたせいで頭を叩かれる。
「他人事みたいな顔するんじゃないよ。まぁその辺は、お茶にでもしがてらちょっと話そう」
ナル婆さんは湯を沸かし始めた。
お茶、ねぇ・・。
あんまり好きじゃないんだけど。でもナル婆さんはちょっと手が空くとすぐお茶にする。
ここでのお茶は茶葉ではなく、いわば民間療法的なお茶の類。
ほら、ドクダミ茶とか杜仲茶とかああ云う系の、あまり味覚に優しくない感じの・・。いえ。別に嫌いというわけじゃないですよ、杜仲茶。でもドクダミ茶は好んで飲みたくない味というのか。私的には、まだ青汁の方がましかな。
で、今ナル婆さんが入れているのが「コウノワ」という草の葉のお茶。
一見、笹っぽい感じ。
そう。下のほうにあるという国の名前にもなっているのがこの草の名前。しかもアカガネとは銅のことらしく、銅の産出があって体にいいという草が一杯生い茂っている国という、何とも単純明快な国名。
なんかね~。悪くはないけど、なんだかなぁと思わせる安直さが・・。
その国自体の成立も320年ぐらい前で、その前は国の体をなしていなかったとか。
どんだけ未開だったんだ。
まぁ、あれだ。要するに国の名前にまでなるくらい、この辺ではよく飲まれているお茶だってことなわけで。
とても美味しいとは言えない代物だけど。
でも香りは良い。
何しろ香之和と書くくらい「香りがよく心が和む」という事で、味はさておき、香りだけは豊潤で少し甘い。
「ほら、飲みな」
「はい、ありがとうございます」
早速テーブルに移動し、差し出されたお茶を手に取る。
うん、すごく豊かないい香り。嗅いだだけで確かに和むわぁ。飲まなければ、尚、幸せになるんだけど。
「何の話だったっけ。ああ、そうそう。あんたの自衛手段だったね」
「はぁ」
でも、魔法が使えない、じゃぁねぇ。この場合神法だけど。
手にしているお茶を飲んでみるが、香りに反して渋い。苦みがあるというのか。
渋柿を誤って齧ってしまったような、このエグ味が堪らん。ゲロゲロ。
「お前さんは全体的にかなり能力が高い。確かに神法に適してはいるが、他のだって十分すぎるほど高いというか、化け物クラス的に高い」
「え?そうなんですかぁ?」
「そうなんだよ。大体、マグナベアから一撃食らったら普通は大怪我どころか最悪即死だよ?それがあの程度で済んでるって事は、まさに普通じゃないって事さぁね」
「へ、へぇ・・」
「そこでだ。お前さんは今から私と出かけてもらう」
「はぁ」
「気の抜けた返事だねぇ!もうちょっとシャキっとしてごらんよ!あんたは若いんだから」
「はい」
嫌な予感がする。
また、何かさせる気ではないのだろうか。
「さぁ、それでも履いて。何もないよりましだろ?」
「はい・・」
ああ、やっぱりまたこれ履くのか。いや、履くんじゃない。足に巻くが正解ですよねぇ。
「ほら、手伝ってやるからもたもたすんじゃないよ」
「は、はい」
ちびちび飲んでいたお茶を一気に喉に流し込む。そうでもしないと飲みきれないし、残すとまたどやされるからね。
傾斜のきつい山をどんどん登るナル婆さんの後を見失わないように必死だ。
堆積した腐葉土やら枯れた小枝やらを踏みしめ、ともすれば滑る足元に注意しながら草木を分けて、時々隠れるその後姿を追いかける。
「ここだ」
何とか追いついて、顎で指し示す場所を見ると、やたらひょろんとした変な木が立っていた。それは森の中でもかなり異質な存在。
「なんですか、あれ?」
日本では見かけることはない。というか、世界中探してもあるのか疑わしい。まぁ私が知らないだけかもしれないけど。
そう思わせるほど、不気味な木。
まず、真っ黒でてかてかしている表面。その太さは直径にして10センチもないだろうか。それが結構な高さまで伸び、黒く見えるほどの濃い緑の葉を茂らせている。
あの太さで10メートル越えの丈。明らかに異常だし、周りの木々と比べても、あまりにも貧弱で奇妙だ。
「あれは滅多にお目にかかれない『鉄火樹』だよ。精気の強いところでしか生えないと言われている。
あれを、そうだねぇ~・・。引き倒してごらん」
「はぁ?」
「引っこ抜く、でもいいから。ほれ、やったやった」
背中をドンと押され、仕方なくその木のそばに行く。
それにしても間近で見れば見るほど、へんてこな木だなぁ・・。
なんか、触って大丈夫なんだろうかと思いつつも両手で木を握る。
ほそっ・・!
何この細さ。
そのまま上を見ると葉が生い茂る先はかなり遠い。
ええ・・なんかアンバランス過ぎじゃないですかねぇ~。絶対変だよ。
「しかし、触ってみた感じは、普通の木っぽいんだけどなぁ」
黒くてテカテカしていなければ。
き、気味が悪い。
「な~にもたもたしてるんだい!さっさとやりな!」
「は、はい!」
ええい、ままよ!
「うーーーーーーー。ぐぅーーーー」
足場は悪いが思いっきり踏ん張って、引っこ抜こうと力を籠める。
「うがぁ・・・・・。うぐぐぐ・・」
所々で軋みや何かがぐずぐずと音を立てている。
「もっと腰を落とすんだよ!ぐっと、こんな感じに!」
「ううう・・ぐぐぐ・・」
腰を落とし歯を噛みしめ、これでもかーとさらに力を入れる。
ギチギチビシパシと擬音の嵐。おし、この調子だ!なんとかだいぶ傾いてきたぞ。
ザクザク土がひっくり返る音。どこかでバキバキいいながら木が倒れ、斜面を滑っていく音。
固く閉じられている目では周りの様子は見えないが、強烈な草木が出す香りや土の匂いが鼻につく。
頭を後ろにそらし、さらに力を入れると両の二の腕はプルプル痙攣し始めた。太腿辺りも痙攣しているな。腰をさらに落として一気に踏ん張る。
「うがぁぁ・・・!」
ベキベキベキと激しい音とともに私は木をしっかり握りしめたまま、尻もちをつく感じで背後にひっくり返った。
ぬ、抜けたぁ。引っこ抜いてやったぞぉ。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
「ほぉー、よくやったねぇ」
転がったまま婆さんを仰ぎ見る。
息切れが酷くて、声が出せない。
「いやぁ、確かに引っこ抜けとは言ったけど、まさか本気でやり切るとはね~・・。バカは馬鹿なりに使えるもんだよ」
「・・おい!」
何とか起き上がって辺りを見て愕然となる。
こ、これは?!何が一体起こったというのか?
「鉄火樹はね~、見た目と裏腹に物凄く根が張る範囲が広くて、頑強で有名なんだよ。岩の亀裂や隙間にもびっしりと根が蔓延るから、抜くなんて荒業、普通はできないもんなんだよねぇ」
おい!
お前が言ったんだろう!
「しかしまぁ、ここだけ見事に剥げちまったねぇ、ははは」
四方数十メートル。
根こそぎ、土もそこに生えていた草木も全部流れ落ち、茶色に染まった岩肌が見えている。そして下方には倒れた木々や土砂が、他の木々に引っかかって留まっていた。
「こ・・れ、1本のせいで、自然破壊だぁ・・」
「ほら。いつまでも寝っ転がってんじゃないよ。さっさと起きてそいつを運ぶんだよ」
「・・はい」
奇怪な木を手に持って引きずりながら、小屋の右手横の少しばかり広い空き地に向かった。
ここは薪割をしたり、皮をなめしたり、薬草を天日干しにしたりする、多目的空き地である。今はこの、真っ黒で不気味なひょろーんと背丈だけがやたらと高い、鉄火樹が転がっている。
そしてこいつ、見た目以上に軽いのだ。
中身が空洞だったり?
ナル婆さんの手には鉈やらのこぎりやら斧を持って、「自分の持ちやすい長さに切ってみろ」というので、真っ先にのこぎりを選択。
薪割用の丸太の上に鉄火樹を置いて、右足で抑え込むとのこぎりを引いた。
ギ・・キィィーーーン・・
「えええ?金属音?!」
「こら!のこぎりは引くんじゃないよ!押すんだよ!」
「え?押す?押して切るのこぎりなんて知らないよ?!」
「引くほうが知らんわ!」
ええええ?なんで押すんだよ、引くものじゃ・・。
「さっさとやりな!」
「はい・・」
仕方がないので押してみる。
キャイイイイィーーー・・・ン
「ひぃ・・なにこの音?!」
しかも火花散ったぁぁ!
ナル婆さんが近づいてきて、覗き込む。
「うむ。やっぱり傷一つ付かないねぇ~」
対してのこぎりの方は、刃が潰れてしまっていた。
「なんなんですか、この木!?」
「鉄火樹だよ。じゃぁ、今度は斧で」
「・・おい!」
全然説明になっていないって!
斧を渡され、仕方なく振り上げて。
ガキン
「うぎゃぁぁ・・・・・・・・・・・・・・っっつ」
ボトリと手から斧が落ちる。
両腕が、まるで肘を角でぶつけた時のような強烈な痺れと激痛に襲われた。思わず息を飲み、空き地を飛び跳ねる。
イダイ・・痛いってぇ~。
ジンジンどころかビンビンと痛い!
「やっぱダメかね。こりゃあれだ。お前さんが直に手でへし折るんだねぇ~」
両腕を抱え込んで涙目になった私は、めちゃくちゃ無謀なことを言うババアを睨みつけた。
のこぎりダメ、斧ダメ。なのにへし折れだとぉー?!
フザケンナ!
「出来るわけ無いだろぉーー!何ですか、それ!?木ですか?!本当に木なの?!」
「これでも木だよ。加工不能な」
「それを手でへし折れって、出来るわけないでしょ?!」
「やってみなきゃ分らんさ」
「やってみなくても判ります!」
「ああ、煩い奴だね!キャンキャン吠えるな!とにかくやってみな!」
「出来ないって。無理だってぇ!」
「いいからやんな!」
ナル婆さんは手にした杖で、背中や尻を叩いてくる。
虐待だぁ!暴力反対!と喚きながら、仕方なく、鉄火樹を手にした。
「今日は力仕事ばっかりだぁ・・」
薪割台に右足を乗せ、両手で木を持ってあてがう。
「出来るわけないのに」
「さっさとおやり」
「・・」
嫌々ながら力を入れる。
「うぎぎぎぎ・・・・」
しなり始める木。
歯を食いしばり全体重を掛けるようにさらに両腕に力を籠める。うう、右膝に食い込むって、痛いって!
「もっとだよ、もっと」
「うぎぎぎ・・」
メキっと言ったぁぁ。
あれ?自分の手足からじゃないよね?
「うががが・・」
めきめきっというなり、ぼっきりと木が折れた。行き成り抵抗がなくなったせいで、上体が前につんのめりそうになる。
「おおお・・なんか折れちゃった」
バキバキの切断面は恐ろしいほど尖ったランダムな剣山のようだ。
それに想像と違って、中身が空洞でもなかった。
身が詰まっているくせに、なんでこんなに軽いんだ???
実は、お前の正体は『黒炭』なのか?それとも、色は違うがブランド的な備長炭とか?
「・・呆れたね。本当にへし折ったわ」
おい、ババア!
それにしても、この木の中まで真っ黒なんだ。しかもギザギザの尖った面を掌でちょちょっと触れてみたが、固いうえにかなり痛い。
「それを自分の好きな長さにまた折ってみな。そうだね~振り回して楽な感じの長さかね~」
「杖?」
「殴る物って感じだね。こん棒とか、木製剣みたいな?」
「私は杖がいいです!」
「・・・好きにしな」
呆れたような顔で言われたが、私は絶対にそこは死守したい。私に必要なのは杖だ!出来れば長杖の方。ここは譲れない。
というわけで「この辺かなぁ」と長さを勘頼りで測る。
そしてまた、へし折る。
こうなったら根性だ!
何しろ私の杖になるのだからね。
ベキベキベキ・・・
ぜぇぜぇ・・。さすがにしんどいが、折ってやったぜ!
「うへへへ・・・」
長さ的には好みになった。
だが両先端のギザギザがいただけない。何しろ自分で持つときさえも、傷ができ血だらけになってしまう。
「これでも巻いておきな」
やはりここでもなめし革が登場。
持ち手になるほうだけでも巻いておくといいのは確かだろうけど。ま、いいか。
5センチ幅にカットされた革を持ち手の方に決めた端っこを巻く。
そして振ってみる。
軽いせいもあってぴゅんぴゅんと風を切る音が心地よい。これいいかも~。
「鉄火樹という名だけど、鉄より硬いからねぇ。殴り倒すにはちょうどいいだろうよ」
殴る、のか。
魔法のほうがよかったなぁ。
「いいかい。これから毎日そいつを振り回す練習するんだよ!いざとなって使えないんじゃ宝の持ち腐れだ」
「神法は・・?」
「振る合間に詠唱も練習するんだよ。見たところ、ニー・ダの門は開いてる。だからいっぱい練習すりゃぁ神法は使えるようにもなるはずさぁね。頑張りな」
「は、はい!」
こうして杖もどきも手に入れた。
私の魔法使いへの道の第一歩だ!
・・・・・と、思いたい・・。
駄文な上稚文、平にご容赦ください。
そしてここまで読んで下さった、心優しい皆様に神のご加護を。
そーいや。今日はバレンタインだったなぁ・・・。はははは・・。
愛の神はどこにいる?!