4話
何とか3日をかけて、手足と首が思うように動かせることができるようになり、漸く寝返りも打てるようになった。これのおかげで部分部分の痺れを解消できるようになり、安眠も可能になったわけで。
そして私はさらなる進化を遂げた。
「これでも着てな!」
と、ナル婆さんから放り投げられたそれを受け取る。焦げ茶色のそれを広げてみると、ロング丈の貫頭衣というのか、それとも凹凸なしのロングワンピースというのか、袖のついた長いズタ袋というべきか。
「私のお古なんだが、下着のままよか遥かにましってもんさ。それ着て、腰辺りにこれでも巻いとけば十分だろう。いくら私がババアだからって、若い男の下着姿は目の毒」
「は、はい」
この下着って、間違いなく初期設定のゲームキャラの姿だ。
キャラを作って最初にINして真っ先に見る姿で、そこからイベントリに入っているLv1の初心者応援宝箱から装備を身に着けて冒険に出るわけだが・・。
なんで裸なんだろう?
それまで身に着けていた装備品はどこに消えてしまったのだろう?
考えたところで何もわからないし、今はこれで我慢するしかないわけで・・。
仕方なしに頭からかぶり、腰付近で受け取った革紐で縛る。
ふ・・やっぱりダサいワンピだ。
もし、中身も男性だったら絶対抵抗あるよねぇ~。私は平気だけど。
それにしてもやっと腰が据わってきたなぁ。何とか上半身を起こせるまで回復してきた。そして這いずりながらでも移動はできるようになれたが、立ち上がるまでにはまだ少し時間がかかりそう。
何しろ足にうまく力が入らないし、何より体幹がふにゃふにゃだ。
ほとんど毎日リハビリしているようなもので。
ん? 待てよ。
・・・・なんか、知ってる。
息子が赤ちゃんの時に、微笑ましくよく見守っていたものだ。
「ま、さかね~・・」
思わず引きつった笑みが浮かぶ。
「早く動けるように努力しなよ!いつまでもタダ飯食らっていられちゃ困るんだ!」
「はい!鋭意努力します」
「ああ。・・それと」
ナル婆さんが戸口の横の棚のところで立ち止まり、そして何かを投げてよこす。それは小さな布のようなもので、ひらひらと舞いながら私の足元まで飛んできた。
「・・これは?」
「あんたのだろ?死体のそばに落ちていたんだ。今まですっかり忘れてたよ、その存在」
「?」
「年だねぇ・・物忘れがひどいよ、最近・・」
取り合えず屈伸するかのように頑張って腕を伸ばし手に取ると「なんだこれ?」と裏表ひっくり返してみてみる。
素材はまるでフエルトのような軟弱そうなもので、色はキャメル。バッグにしては厚みというかマチが一切なくぺちゃんこだ。大きさ的には大体長財布の約2倍ぐらいかな。
裁縫は意外にしっかりしてるけど利用価値はかなり低そう・・。
それでも一応蓋らしきものがあり、それを開けるときにパリパリと音がする。
へぇ~、マジックテープだ。
「開閉するときのそこの部分。かなり面白いな。どんな構造しているのか気になって仕方がないが、まあいいさ。他人の物に手を出すほど、私しゃ不自由してないんでね。それに使いようがないからねぇ」
「はあ・・」
それにしても、なんだこれは。
こんなふざけた安物見たことがない。何より物が大して入らないし。しかもフエルトだよ?まぁ、普通のフエルトではなく、織フエルトっぽいけど。
多分、微妙な顔をしていたのであろうか、そんな私を見て「ふん」と鼻を鳴らし、ナル婆さんが外に出て行った。
「こんなもの、持っていたとはとても思えないんだけどなぁ」
へらへらなので煽ってみる。ろくに風も来ない。もう一度、中も確認してみたが何か入っているわけでもなく「なんだかなぁ・・」とやはり残念感が漂った。
ゲームから持ってきたにしてはあまりにもお粗末で・・。
現実世界からでも持参してくるはずもない。
「むーー・・・」
それでもナル婆さんが言うように、マジックテープはいかにも近代的で、私の元居た世界の物のような気がする。使えないまでも保管しておきたい一品だろう。
「気が向いたら両端に革紐でも付けてみるかなぁ」
しかし、完成したとして幼稚園児でも喜ばないだろうなぁ、こんなもの。今時の目の肥えたお子様では特に、ねぇ。
「ま、いいか」
いつかここを出るとき「小銭入れ」代わりにはなるかもしれないと思い、ベットの端に置いておいた。
でも、出来れば巾着みたいなほうがよかったな。あれのほうが断然使い道がある。
・・・本当にこれ、私のだろうか?
「はぁ・・」
いつまでも些末なことに囚われていても仕方がない。つかまり立ちの練習でもするかね。というか、そのほうが建設的だ。
勿論いろいろ考えることはある。
確かに謎だらけだし、どこにいるのかさえ定かでなく、自分はいったい何者なんだと疑問だらけだし。ついでにまた変なものまで出てきたし・・。
でも、こうして実際に生きているわけで。例えその身がゲームキャラだろうと何だろうと。
「でも・・気持ち悪いんだよねぇ」
ベットから降りるのはいいがそこからだ。まず両手をこうやってベットの端に置いて。
うんしょっと身を乗り出し、ぐらつく膝に活を入れて。
「うへ・・」
ドスンと尻から床についてひっくり返る。
「ああああ、もう!」
思わず両手で床を叩く。少し埃が舞って、顔をしかめつつ咳き込む。
床掃除しようよ、ナルババア!
それにしてもこの身が晴嵐であるなら、それこそいい歳こいて「ハイハイ」して移動する姿はあまりにも情けない。
だってゲームキャラっていうなら、絶対こいつイケメンのはずなのだ。
イケメンなのに、こんな薄汚いボロいミディアムワンピ着て、床這いずり回るなんて。
ああ。嫌だ。なんか凄く幻滅する想像しか浮かんでこない。
「赤ちゃんって大変なんだねぇ・・」
今ならよくわかる。
早く自力で歩けるようになりたい。そしたらやっと人間になれそうな気がするんだぁぁ・・。
「うん。気分だけだよね」
だって、本当におかしいのだ。
「ご飯は食べているのに・・・」
色々食べているのに、排泄がない。それも今まで一回も。
それって人間の枠に入れてもいいものなのか。いや、ほら。ゲームキャラですからねぇ。それを考えたらご飯が食べれて、しかも味覚があるだけでもすごいとは思うんだけど。
それより何より・・。
「セイランって・・生き物に入れていいの?」
私の魂が入り込んじゃって、なんかかなり生き物っぽい感じにはなっているんだけど。
だからと言って人間、ていうわけにはいかないよねぇ・・。
何せ元がゲームキャラだし。
当然、生物じゃないよね。親がいて遺伝子もらってオギャーと生まれてきたわけじゃないんだから。絶対こいつはプログラミング言語の塊だよね?
でも心臓らしきものはあって、ドキドキしたりキュッとなったりはするんだよなぁ。だったら消化器官もあるってことだろうし。でも排泄は一切ないって、どういう事?
謎が謎を呼んで、物凄く摩訶不思議な状態になっているんだけど。
だ、だれか説明して!お願い!すごく不安なの!
そこで私は閃いた。
要は確認すればいいだけだ。
ただほんの少し抵抗はある。何しろ、あの現象が一回も訪れていないのだから。故にもしかしてという不安というか、疑念というべきか。ある意味確信というべきか。
そこに踏み込んでしまったら、何かを失う気がする。
「ええい!ままよ!」
ちょっと、恥ずかしいけど。
自分でお尻の穴を探る。どうせ、ハイハイ状態で調べるには好都合な姿勢だし。
言うな!みなまで言うな!これは必要なことなのだ!
え~と・・。
「・・・え」
服の上からだけど触ってみる。わさわさ。何度も何度も確認してみる。そしてついに核心に迫る。
「え~・・・えええええ?!」
おわぁぁ。脂汗がだらだらと流れ落ち、小汚い床にシミをいくつも残していく。
奥さん!どうしましょうーー。
穴が・・。肝心の穴らしきものが・・。
ないですぅーーーーーー!
「うん。知ってた。だってゲームキャラだもん」
いやいやいや。ないのかよ!だったら食べたものはどうなってるの?消化吸収は全てなの?余すことなくまるっと吸収しているってことなの?
もしかして食べたものは100%熱エネルギーに還元できる?
それってすごいじゃん、究極のエコだよね。
それに、大だけじゃなく小のほうだってなかったなぁ。
うん。
赤ん坊だって男の子はおしっこする前とか膨張して固くなること、結構あったし。
でも、ほら。晴嵐ってば一切そういう事今までなかったのよねぇ~。
だって出るもの出ないしぃー。しかも御大層なタマタマがあっても、そこに遺伝子情報の持ち合わせがあるわけもないしぃ~。出すものないから膨張しないとか?
それとも・・。
知らん。
男の生態なんて、元女性の私にっ分かるわけないでしょう!生物学者じゃないんだから。
「まぁほら。ゲームキャラだし・・・」
もうこれは『生物』の枠じゃない。やっぱり生き物じゃないんだぁぁ。
泣いていいのか、それともトイレの心配をしなくて済むだけ楽でいいねって笑えばいいのか。
ついでに男の生理現象に悩まずに済んでよかったねとか。生まれた瞬間から去勢済みで、どこかの女性に妊娠させる心配すら一切ないから安心だね、とか・・。
っていうか、その前に立たないから人畜無害だよね!
まぁ生物枠じゃないから・・。
「ゲームキャラだし・・」
うん。どう考えてもアンドロイド枠?
でも。私の魂は大丈夫なの?
人形に入っちゃったんだよ?そこんとこどうなのよ?大丈夫なんだよね?
誰でもいいから教えてよぉーー。
あああ。切ない涙が留めなく落ちる。
もう呪文のようだ。
『ゲームキャラだし』
何故こうなった・・。
原因も何もかも不明だけど、出来る事とか出来ない事とか、もう知っちゃったもんね。
怖いものなしだ。
もういい。
何も考えない!
私は知らない。知りたくもない。
「頭の中ぐちゃぐちゃだぁぁ」
要するにこんな良くわからない現象を引きずったまま、私はここで生きていくっていう事だけは、良く判りましたよ。
もうそれだけで十分だ。
人間やめてる?
その前に生物やめてるから、何が来てもどんと来い!ですよ。
気分はすっかりやさぐれる。
「ふふふふ・・・人間だと思うからダメなんですよ。私はアンドロイドもどきだと思えば・・ふふふ」
ゲームキャラですし!
人間何事も諦めが肝心。
ぐるぐる悩んで考えて煮詰まって、それで一周して辿りついた先は、ヘブン・・。
「さぁ。立ち上がってみるかぁぁー」
生物やめても、私は生きてやる!(意味不明)
それにしても。
汗は出るし、涙だって流れるし。おなかが減れば文句を言う音がするし、ついでに涎だって・・。
「・・お昼ご飯、まだかなぁ・・・」
本当に謎すぎる。
駄文を読んで頂き、誠に感謝が絶えません。