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神法使いの薬大師 異界を往く  作者: 抹茶くず餅
異邦人~捨てる神在れば拾う神在りき~
19/49

19話

 おはよう。

 

 ということで、まだ夜も明けきらぬうちに起き出して、私は何をしているのかと言えば。

 そうです!

 あれですよあれ。


「転生者救済装備、紫文字『陽気セット』Lv5、強化+5!」


 ベットの上で胡坐を組み、早速イベントリの中身を確認する。

 ああ。3泊4日の山中行軍で拾ったアイテムもたくさんあるが、そこは今無視ということで。


「ふふふ~ん♪」


 お。やっぱり色付きになっている。これで、あのステータスは本物だったと確信した。


「出すしかないでしょ!」


 気分的にクリックすると、ベットの上に装備品がごちゃんという感じで出現した。

 そして何より、控えめにきらきらしております。


「やっぱ強化+5だ」


 普通、転生するとLv1に戻される為すぐには使えないのだが、逃げ道がきちんと用意されていて、所謂『メインクエストは持ち越しされる』というものがあった。

 勿論、メインクエストはやっていかないと転生クエストの発生条件を満たさなくなるのだが、唯一成都ホウライの隅にある、学問の塔の前にいる『博士』からのLv290~受けられるクエストだけは持ち越しが可能。

 なので、転生クエストを受ける前に博士からクエストを受け、ダンジョンをこなして、それを報告せずに放置。そして転生クエストを受けてクリアするとLv1に。その足で博士に報告すれば、一瞬でLv38まで上がるという寸法である。

 一体誰がこの方法を思いついたのかは知らない。

 転生実装されて気の早い人はさっさと受けてやったらしいが、そのころは皆Lv1からコツコツ上げて行ったというからね。

 でも、早い段階でこのやり方がWikiに掲載され、気が付けば全員このやり方で転生後の『一気上げ』を行うことが通例となった。

 そしてLv70から『転生専用メインクエ2』が実装され、ここからレベル対応紫装備+10というのが、段階的にLv200まで貰えた。

 要するにそこまでの繋ぎとして十分使えたのが、今出した、これらだ。


「記念に、これだけは取っておいてよかったぁ。私は偉い!」


 まぁそうは言っても、適正ダンジョンでレアアイテム拾って、高Lv生産品に強化を施した装備には遠く及ばないのだが、無課金でろくに生産スキルを取っていなかった私のような者にとっては、有難い運営の救済措置だったから。

 だがね、このシリーズ。Lv5はタダで他はクエストで貰えるけど、問題はNPCにすら買取拒否され、ゴミ箱直行でしかその存在を消すことが出来なかった代物なわけで、そういった意味では、金にもならない『カス』だったのだ。

 そこで課金者からは「メインクエストやったら必ずついて来る呪いのアイテム」と嫌われていた。

 無課金にとっては、有難かったんだけどねえ。

 だが。

 今思えば、全部とっとけばよかったかもなぁ・・・という後悔。

 陽気以外はゴミ箱に流しちゃったし。


「Lv200で貰った百花繚乱+10セットも、今なら使えたかもしれないのに。はぁ・・」


 でも仕方がないんだ。イベントリの枠も限りがあるわけで。それこそ全部取っておきたかったら課金して枠広げろってなっちゃうから、無課金を行く私にとって、そこは断固譲れないものがあったんだよ。

 それよりも目下、陽気セットの存在だ!


「これ着たら、全ステも上がるしぃ~キラキラがカッコいいし、デザインもそこそこだしー」


 すぐさまベットから降りると、ニャンコアバターを脱ぎ捨てて、輝く紫文字装備を。


「ちょ・・・。自力でこれ身に着けていくの?面倒くさい・・・」


 でもまぁ鎧系じゃなくって、軽装備だからまだ楽なんだけど。おかげで普通にシャツのボタンを留め、ズボンを履いてベルトを締め、長衣を羽織る。さて、靴を・・。


「むー・・・ない」


 もう一回確かめる。

 「陽気セット:シャツ」「陽気セット:ズボン」「陽気セット:ベルト」「陽気セット:長衣」「陽気セット:ショートブーツ」「陽気セット:手袋」「陽気セット:長杖」「陽気セット:サークレット」で終わりだ。

 残念なことに、非常に重要なものがこのセットの中に、含まれていない。


「靴下はぁぁ?!靴下ないのかよ!普通いるよね?裸足でブーツとかありえないんですけどー!」


 猫足ブーツは仕方なく裸足で履いていたけど。まさか装備までとは思わなかった。

 でもゲームだったし。そこまでの配慮はしてくれなかったんだろうね。シクシクシク

 リアルって怖いわ。無駄にリアル、怖いわぁ。


「まぁ・・猫足ブーツよりは、ましかぁ」


 そう思うしかない。

 それよりも!

 な、なななんと!能力付きアバターも出せれるのだ!


「ウハハハ」


 先ほどしっかり確認済みだし。そして色付きだし!さてクリックだ!


「おおおおおおお」


 ベットの上に転がり落ちた『アウトロー月仙アバターセット』を思わず手に取り、目線位置まで持ち上げ、まじまじと鑑賞してしまう。


「す、素晴らしい肌触り!この襟回りは、まさかのシルバーフォックス?!」


 何という贅沢な。しかも濡れ羽色の羽までついてるし・・。

 素材は絹のように薄く滑らかでありながら、何かの革のよう。軽くていかにも丈夫そうだし、ニャンコアバターとは比較にもならない、まさにセレブ臭漂う、ガチャの大当たり課金アバター。

 凄いぞ課金!晴らしいぞ希少アバター!

 でもやっぱり、靴下がないぞぉー!なんで?

 何故、靴下がないんですかぁぁ。


「水虫になってもいいのか、ゴラァァ」

 

 そうか・・。運営はどこぞの俳優が好きなのか。そうなのか?!

 あ。杖アバター『暗黒のカドゥケウス』も出しておこうか。おお、やはりもの凄く禍々しいぞ。しかしカッコいい。かっこいいじゃないかぁぁ。

 だが、ここで改めて問題が発生した。


「で。これ、どうやって着たらいいんだ?」


 普通ゲームだったら、装備品の上にアバターが上書きされるのだが。

 そう。防具とアバターのWステータスUP!

 だが悲しいことに装備画面は存在せず、装備枠の横にあるアバターを差し込む枠も見当たらないわけで。

 その装備枠があったら差し込むだけなので、それが出来ないから自分でわざわざ防具着たんだよ!

 チクショウー。


「こうなったら、是が非でも着てやるんだから」


 そうさ。装備画面がなくたって、枠がなくたって、自分で着ればいいのだ。

 そうしよう!

 ヤケを起こして、無理やり陽気装備の上から着込む事にした。


「うぐぐぐ・・・。袖がぁ。と、通らねぇーー」


ピシピシ・・・ビシッ


 必死になって、今着ている装備の上に着重ねしようと悪戦苦闘。上が駄目なら下から。


「うぎぎぎ・・・ズボンがぁ」


ピシッ・・ミシ・・


 元々、このアバターは体に沿ったデザインでぴっちぴちだから、あっちこっちが収まりきれず、どうやっても装備の上に着重ねができない。


「靴の上から靴って・・。このぉー!こっちから引っ張ったら、なんとか・・。ならねぇー!」


ギシギシ・・

ミシミシ・・・・


 自分で無茶やってる感はあるけど。でもでも、アバターも着たいんだよ。

 分かる?判るよね?わかるでしょ?!


「うがぁ・・・・うぎぎ・・・だ、だめか。なら陽気杖に、杖アバターを押し付けてみるか!うがぁぁ」


ピシパシ・・


 やばい?

 変な音があちこちから聞こえ、なんか嫌な汗まで流れ落ちてくる。

 これ以上粘るとさすがのアバターでも、どこかが壊れたり裂けたり破れたりしそうで、怖い・・。


「えー?!なんでアバター載せられないんだよぉーーー」


 まさかこんな落ちがあろうとは。リアル侮り難し。

 ゲーム仕様じゃなかったのかよ!

 

「こうなると・・どっちか一つを選ぶしか」


 どうやっても、駄目なものは駄目だったか。がっかりだよ。

 散々試行錯誤した挙句、結局下着姿に戻って、ベットの上でしばし考察。


「むむむ。陽気セットはステータス全部の合計で+1000UP。だけどぉ。能力付きアバターはそれぞれの能力に+5000UP。性能考えたら、どう見てもアバターに軍配が上がるんだけど・・」


 しかし。こんな山の中で走り回るにしては、こんなに裾が広がるロングコートはかなり邪魔になる可能性が高い。それにちょっともったいない気が。

 自分で買ったわけではないが、とってもとっても高価なのだ。

 それこそ、捨ててもいいような物は勿論、陽気の方だし。


「はぁ・・どっちにしようかなぁ・・」


 それにこの課金アバターは、余りに恰好良すぎて。

 こんなの着てたら、端目は『凶悪スキル満載の大魔王』。でもその実態は『杖で殴るしか能がないモドキ野郎』となるわけで。今の自分の実力と比べてみても、あまりにも見た目がそぐわない。

 絶対、見掛け倒し。

 そこで想像してみる。

 フォトショで撮りまくったほど、恰好良い晴嵐が。


『受けてみよ、我最強の範囲魔法、メテオール!』

 はい。ポーズのみ。

『え・・・・・えっと、やっぱ殴りで行きますねぇ~』

 てへぺろ。


「笑い死ぬわ・・」


 それこそ格好つけて「俺の邪眼がうずくぜ!」と言いながら、只の妄想という中二病くんとあまり変わらないくらい、恥ずかしいレベルだよ。


「せめて神法をバンバン使えるようになってから、だよねぇ。このアバターは」


 見た目同様に高いスペックが、まず必要だ・・。

 ふん。でももう大丈夫。スキルだって解放されたんだし、ね。その内アバターを着れるようになれるからね、それまでイベントリの中で待っていてほしい。


「ま、今はこれで我慢だね」


 アバターと比較するのはあれだけど。

 一応、陽気だって全体で+1000UPなんだし。

 きっと殴りだって、かなりパワーアップしているはずだ。何といっても今の私はLv200。


「ただね~。なんか色々変なんだよねぇ・・。Lv2のはずがLv200とか。装備に上乗せできないアバターとか。魔法が使えない魔導師とか・・」


はぁ・・。意味不明。

 真面目に考えても無駄なので、もう無視しよう。だって『摩訶不思議!混沌の謎ゲーム仕様』だからね。

 バグだろうか。

 こんな中途半端、本当。勘弁してくださいよーーー。


「よし。これ以上考えても無駄だ。陽気を着ようっと」


 結局小一時間もあれこれやって、元に戻る。


 ちなみに、今迄散々お世話になっていたニャンコアバターと、今回から装備することになった陽気セットを比べてみると、こんな感じだ。



★限定 ふわもこニャンコアバター Lv無制限


 鈴付きニャンコ帽子

 揺れる尻尾のニャンコ服

 ニャンコのマジックハンド

 ニャンコ足ブーツ


 全装備 ステータス+10

 特製アクションスキル:〈アゲポヨにゃんにゃんダンス〉 ONOFF可


 対する陽気セットは、と言えば。ジャーーーン。



★陽気セット(転生専用) Lv5 強化+5

         基本性能             強化

 陽気なシャツ    物理防御+500           +100

 陽気なズボン    物理防御+500           +100

 陽気な長衣     魔法防御+500           +100

 陽気なベルト    物理防御+500           +100

 陽気な靴      物理防御+500           +100

 陽気な手袋     物理防御+500 魔法防御+500    +100

 陽気なサークレット 魔法防御+500           +200

 陽気な長杖     物理攻撃+500 魔法攻撃+500    +200


 ※ セット効果  状態異常抵抗40% 

          ステータス+1000UP


   キャラ限定 ☆サブキャラでも使えません

 


「普通に考えて、転生用なだけに性能もそこそこ高いし、何より見た目がすっごく変わることは確かだ。これで町に行っても、ガキどもから石を投げ付けられることもなくなるし!」


 まぁ。強化が+5入ってるだけに、多少光ってしまってはいるが。でもニャンコよりはまし。

 ふと気が付けば、汚い粗悪なガラス窓から朝陽がすっと差し込んでくる。


「ありゃ・・。もう、そんな時間なのか」


 たった2着しかない一人ファッションショーで、まさかこんなに時間を食うとは思わなかったなぁ。しかも思考が脱線して、たまに妄想まで入って。本当にグダグダだったわけで。

 

「ほら。女子はおしゃれに気を遣うものだからね!」


 そういう事にしておこう。

 さてっと。

 今日からナル婆さんと神法の特訓だ。


「おや、随分早起き・・。なんだぃその服は?」


 起きて部屋から出てきた婆さんが、開口一番、この装備に目を付けた。

 ふふふふ。

 

「あ、これですか?やっと持っていた装備が使えるようになったもので」

「なんか一端の神法使いに見えるじゃないか」

「えへへへ・・」


 ちょっと照れるなぁ。

 でもこれで、やっと晴嵐らしい姿になったと言えるな。まだデザインも地味で装飾もあまりないけど。


「へぇ。全体的に光ってるってことは、もしかして強化でもしてあるのかぃ?」

「え?強化を知ってるんですか?!」

「そりゃ知ってるさ。只、最大が3までだったから、そこまで輝いてるのは目にしたことがなかっただけだよ。ちなみに、3より上とか・・?」

「あれ?3までしか強化できないんですか?まぁ、3までなら失敗無しでいけますからね。そして今装備してるのは強化5ですね」

「な、何だってー?!」


 物凄い驚き方だ。

 でもナル婆さん曰く「どうやっても3より上は強化は出来ない」そうだ。無理に強化しようとすれば、壊れてしまうんだとか。


「5とか・・できるんかい・・」

「まぁ失敗しますけど、出来るときは出来ますよ」

「初めて聞いたよ」


 なるほど。

 まぁ陽気セットは貰った時から強化済みだったんだけど。

 自分では4以上の保護材なしの強化なんて、怖くてやれないよ。

 しかし、壊れるだけで消失しないんだから羨ましい話だよなぁ。何せ強化+4失敗で、大事な靴を消した経験がある私にとっては、羨ましすぎてやさぐれそうになるわ。


「じゃぁ朝飯の支度をするから、今日は水汲みを頼むよ」

「はい!あ。そうそう。黒杖のもう片方にも革紐巻いて、天秤棒にしようかと思ってます。いいですか?新しい杖も、こうしてあるから。黒杖お役御免になってしまったんで」


 もったいないもんね。


「そりゃ構わないけど・・」


 竈に火を入れながら婆さんが呟く。


「ほら、こうしたら運んでくるのも楽だし、零れても服があまり濡れなくなるし」

「全く。そういう事にはよく頭が回るんだから」

「では水汲み、行ってきます!」


 黒杖天秤棒で桶を担いで、意気揚々と外に飛び出した。

 きっとこれから私は、新しい世界を歩いて行けると信じて。




 しかし、忘れていたんだ。

 この世の中は理不尽に溢れていることを。








 小屋の右横手にあるちょっとした広場で、今日も詠唱の訓練が始まった。

 スキルが解放されたと知ったあの日から、すでに1週間は過ぎた。

 毎日毎日、詠唱の訓練をしている。

 それこそ最初のうちは、私はやる気に満ち溢れていた。何しろ、全くなかったスキルがわんさか出てきてたからね。さぁ、魔術師としての復活だ!と。

 1日目はまだよかった。

 まぁ明日になれば出来るようになるんじゃないかって、私もナル婆さんも楽観視していたぐらいで、ただそれが、2日経ち3日経ち・・。

 少しづつ場の雰囲気も悪くなっていくのが、自分でも良く判った。特にナル婆さんの苛立ちとか。そして私自身のやる気が目減りしていくところとか。

 本気でこんなにも頑張っているのに、でも、もう8日目。

 何の成果も、ない。全くない。

 欠片のかの字も・・。

 

「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「もっと、はっきり詠唱してみな!」

「は、はい!万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「もっと背筋を伸ばして、声を腹から出すんだよ」

「はいぃー。万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「もう一回!丁寧に詠唱するんだよ!」

「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「ほら。詠唱が微妙に乱れてるよ!しっかりおし!」

「はい。万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」


 

 何度も何度も、同じ詠唱を繰り返し声に出し、陽気杖を振る。だが、どれほど頑張っても、神法は一切発動しない。


「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「ほら、もっと、きちんとやってごらん!」


 詠唱の合間合間に、婆さんの激が飛ぶ。


「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「発音が悪い!」

「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」


 動作を変え、杖を掲げ、声高らかに詠唱する。何度も。


「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「腰を溜めろ!」


 格好で発動するのなら苦労はしないと思うが・・。


「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「いい加減な杖の振り方するな」

「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。・・・ファイア」


 言われた通りに、言われたことを。

 でも。

 それでも神気が力となって、発現しない。何の形も現れることはなかった。


「体の中心で渦巻く力を感じ取れ」

「ま・・万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」


 渦巻くやる気がそのまま出てくればいいものを。でも実際は何一つ変化が起こらず、焦りと苦痛と、そして、絶望が顔を覗かせ始める。

 単純な行動と同じ詠唱を何度も繰り返す。これでもか、と全身全霊を込めて詠唱する。

 汗が噴き出て、喉が渇いて痛くなり、水分補給を取りながら、それでも訓練は昼過ぎても続いていた。


「万物を・・焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「なんだいなんだい、ちっとも使えやしない!」


 だって、それは今日に限ったことではなく。教わったあの日から今までずっと練習してきたことなんだから。

 そして集中的にやり始めて8日目だというのに、それでも私に神法の御業は舞い降りることがなかった。

 多分、これから先も・・。

 ああ喉が痛い。声が出ない。


「はぁ・・はぁ・・万物を焼き尽くす同胞よ、・・集え、我手に。ファイア」

「神人のくせに!何だってこうも出来なんだよ!能無しか?!」

「はぁ・・はぁ・・」


 罵倒されるのには慣れてはいるが、言われれば言われるほど悲しくなってくる。どうにもならない絶望が、精神を蝕んでいく。

 特に食後の、頭を抱えているナル婆さんの姿は痛々しく、同時にそれが私の心痛にもなっていく。

 私だって。

 きっと、ナル婆さんが思う以上に私のほうが切実に、魔法を使いたいから。

 使いたいのに!


「万物を焼き尽くす同胞よ、集え我手に。ファイア」

「スキルはきちんと発現してるっていうのに!一体なんだっていうんだぃ!」


 ナル婆さんでさえ原因が分からないものが、私にわかるはずもない。

 スキルがあるのに。

 スキルがあるのに!

 なんで私は、使えないんだ?!


「あれですかね。スキルはあっても・・才能がない。とか。アハハ・・」


 自分で言ってて酷く空しくなってくる。

 でも、そうとしか思えない。

 ナル婆さんが私に期待しているのは良く判る。分かるんだけど。その期待が重くて、息苦しい。


「才能?!そんなわけあるかい。いいかい、神気である理力だってアホみたいに高く、神力だって化け物級にあるんだ。それにスキルだって見たこともない程てんこ盛り状態!神法が使えない理由なんか、どこにもないんだよ!」

「そんなこと言われたって、出来ないものは出来ないんだから!」


 ずっと頑張ってきているのに。

 ずっと使いたいと思っているのに。

 辛いんです・・いつまで経っても全く進展しない自分に、呆れてるんです。もう、本当。毎日が死にたくなるほど。


「あんたの努力が足りないって言ってんだよ!もっと真剣に、もっと真面目にやんな!」

「やってますよ、ずっと!それでも全然出来ないって・・」


 ナル婆さん。

 晴嵐は、魔術師なんです!

 それなのに・・。


「精霊にだって愛されてんのに、言霊に力が乗らない方がおかしい!振りだけしたって、駄目なんだよ!きちんとやってないから顕現しないんだ!」

「詠唱だってきちんと一語一句、間違いなくやってるじゃないですかぁぁ!どこが違うんだよ!真面目にやってるし!こんなに・・」


 こんなに頑張ってるじゃないかぁぁ!

 もうろくな睡眠が取れなくなるほど悩んで、胃がキリキリと痛むほど考えて。どうやったら発動するのか、頭の芯が痛むほど考えて。

 こんなにも真面目に、真剣に、取り組んでるだろうに!

 見てわかるじゃないかぁぁ!くっきりと目の下に隈まで出来て。

 食事すらまともに喉に通らなくなって・・・。


「こんなに頑張っているのに!」


 それとも私のせい?私の魂が入り込んじゃったから?

 晴嵐がゲームキャラだから?

 この世界の住人じゃないから?

 だからずっと、空回りしているのか。

 誰か教えてよ!


「神気回してないから、だろ?!」

「だから!それが下半身の不具合なんでしょ?!ナル婆さんがそう言ったじゃないですか!!!」


 勢い発した言葉を聞いて、ナル婆さんは思いっきり眉を顰めた。

 つい、売り言葉に買い言葉で婆さんをなじってしまい、自己嫌悪に陥る。完全に八つ当たりだ。こんなこと言うつもりはなかったのに・・。


「・・休憩だよ!休憩!」


 ぷいっとそっぽを向いて、そのまま小屋の中へと帰ってしまった婆さんの後姿を見送りながら、魂が抜けるんじゃないかって思うくらいの溜息が零れ、膝から力が抜けて崩れ落ちた。


「失敗しちゃったなぁ・・・」


 あの事は本当に、云うつもりなんてなかったんだ。それなのに口に出てしまった。

 どこかで、婆さんのせいにして逃げようとしている自分がいることを気づいていたのに。ああ、駄目だなぁ。

 そのままいじけるように膝を抱えて座り込んで、地面をじっと見つめていると、なんかもう、泣きそうだ。

 どうしたらいいのか、自分でもさっぱりわからない。

 顔を上げるのも、辛い。


「・・主ぃ・・」


 足元まで来たトラがじっと私を見つめ、前足で膝を叩いてよこす。


「もういいよ・・。神法使えなくたって、死にや・・しないもん」

「主ぃ~」

 

 ああ。駄目だ。涙が勝手に溢れてくる。バカみたいにポロポロ零れ落ちていき、鼻の奥がツンと痛くなる。

 本当は気づいていたんだ。今の私になってしまった晴嵐に、魔法は使えないってその事実に。

 どんなに足搔いても、無理なんだって。

 でも、ナル婆さんがすごく期待してて。言い出せなくって。辛くって・・。

 自分でも自分に期待して。


「魔法なんて・・いらない」

 

 スキルが現れなかったら、どんなに良かったことか。

 あれさえなかったら・・。

 でも。

 どうせ使えないなら、もういらない。 


「スキルなんて、クソだぁ」


 期待して、期待させて。

 もういらない。


「わ、私は、殴りWIZで大成して、やるんだから!」


 だって、熟練の剣士より勝るステータスなんだから。ドラゴンだって杖の一振りでぶっ飛ばせるくらい、バカみたいに強いんだから。

 ごめんね、ナル婆さん・・。

 全然ダメな弟子で。ごめんなさい。

 

「し、神法なんて、大っ嫌いだぁ・・わぁぁ・・・・」


 感情が爆発したように、声を上げて泣き出してしまった。

 まるで、ない物強請りの子供のようだ。

 そうなったらもう、自分でも止められないくらい。自己嫌悪に苛まれていく。

 ぐるぐると、思考が深みに嵌って、奈落の底に落ちていくようだ。


ああああ・・・何で出来ないんだ。

 こんなにも頑張っているのに。こんなにも辛いのにぃーーー・・。

 どうして出来ないんだ。

ああああ。

 どうしたらいいんだぁぁ・・。苦しいよ。

 どうすればいいのか、それすらわからないのにぃー!

ああああ・・何が何だか、すごく切なくて。胸が張り裂けそうなんだよぉぉ・・。





「ねえ主。号泣してるところ悪いけどさ」

「・・・・ぐす・・」

「昔、詠唱なんてしてたっけ?」

「・・・・・・え?」

「だって、そんな主、一度も見たことなかったもん俺」


 一瞬。トラに何言われたのか、理解できなかった。


『詠唱なんてしてたっけ?』

『詠唱なんてしてたっけ?』

『詠唱なんてしてたっけ?』

『詠唱なんてしてたっけ?』

『詠唱なんて・・・・』







  ・・・・・・・・・・・・・・・は・・はぃ?

いつもご覧なってくださる皆様、本当にありがとうございます。

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