18話
今日も今日とて狩り真っ盛り。
しかも最近ナル婆さんの要求はエスカレートし、終に3泊4日の山中行軍。鬼がここにいます、鬼がぁぁ!
「はぁ・・。物凄い数、なんだけど・・」
「でも主。クレイルドッグですよ!」
「そうだね~」
というか、本当に変化が乏しいように思えるけど、ところがどっこい。戦う相手の顔ぶれが日によって大分、様変わりもしたりする。そう。例えば今日みたいに。
「行ったぞ、トラ!」
「任された主!」
初、クレイルドッグ。
こいつらは基本、谷に近い山裾付近を縄張りにしていて、集団戦が得意な小振り灰色狼もどき達で、軽快かつ俊敏な動きをする『攻撃力は低いが機動力に優れた連携プレーが持ち味』という冒険者泣かせの、実に厄介な相手でもある。
当然ながら、機動力だけとってもトラのほうがずっと速い。
問題は、相手が1グループ20匹前後という大所帯だという事。正に数は暴力の典型。
「くそ。囲まれた!」
「任せて、主!」
がぅーーーーー!
トラのスキル:ハウリング。広範囲に軽度の麻痺を与える。効果時間3秒。
「うまいぞ、トラ」
ぎょっとしたように硬直しているクレイルドッグ数体を一気に黒杖で払う。
トラのこのスキルは使い方次第ではたった3秒でも逆転の一手としてはかなり有効で、実際こうやって囲まれた場合、大いに助かる。
でもなぁ。私が魔法・・じゃなく神法が使えたら、一気に殲滅できるのに。
特にクレイルドッグの場合は毛皮とかの素材ではなく、狙い目は『光属性の魔石』にある。ほら、ランプの光源に使える、あれですよ。
売って良し、自分たちで使っても良し。お便利魔石の代表格。
なので、ま・・神法1発で楽々範囲狩り推奨だと思うんですけどぉーーー。
ああ、全くもう。一体いつになったら使えるようになるんだよ!
「絶対、にっ、棒振りダンス、極めてる、よーな、気がする!よっと!」
たまに神法詠唱なんかも取り混ぜたりするがどうせ不発に終わるので、今回は省略。だって無駄なんだもん。その隙を、なんでわざわざ相手に献上しなくちゃいけないんだ。
というわけで、黒杖を振り回し時には突いて数を減らしていく。ぶち当てて吹き飛ばすたびに、見た目とは裏腹に「キャン」と可愛らしい悲鳴を上げる。
その剥き出しの牙さえなかったら、背中に二つのこぶがチャームポイント(?)の細身の『シベリアンハスキー』。ついでに唸り声と悲鳴のギャップ萌え・・・とか?
とても飼いたくなる、気がしないな。うん。
「主ぃー!ラストがそっちに!」
「見えてるよ!」
どうやら、トラが相手では分が悪いと思ったのか、はたまた私の方が弱そうだと思ったのか。どちらにしても何だかバカにされたような気分がするので、ここは一発奮起と思いながらも、コンパクトスイングで『当て』だけを狙う。
だって・・空振りしたら大怪我するのは私だもん!
「ええーい!」
飛び掛かってくるクレイルドッグ目掛けて下段から上段へとフルスイングでぶっ飛ばした。そして「キャン」という情けない声を上げて木々の遥か上空へと消えて行く。
「うーむ。飛距離は50mそこそこかぁ・・」
まあ、当てただけだしなぁ。
「主!すごいね」
「トラ、アイテム回収よろしく」
「了解!」
ホームランとか無理だけど、ライト前まで運んだかも。
トラが倒れているクレイルドッグの死体に駆け寄っていった瞬間。本当に、いきなりだった。
「うぐ・・・?!」
思わず自分の身体を抱え込み、その場で蹲る。
なんだ、これは・・。
「いたたたた・・・」
全身に、弾け飛びそうな激痛が襲い、身体が火に炙られているかのように熱い。
一体なんだ?何だというんだ・・。
「あああ。主!?」
「ト・・トラ・・・」
「主!ついにレベルアップですよぉ!」
はぃ?!
「ま、まさか・・これが・・」
何とか顔を上げると、目の前に光が乱舞しながら回転し上がっていく光景が視界を埋め尽くす。
これが、あのエフェクトだと!?
「き・・綺麗だ」
回る光の粒子が天へと伸びながら消えていくのと同時に、熱も痛みもすうっと引いていくのが分かる。この光景。いつもモニター画面で横から見ていたものが、自分中心で中から見ることができるなんて、なんて素晴らしいんだろう。
っていうか、こんな痛みとかあったのかよ?!
いや、さすがにゲームだったし、普通に光るだけだったし。
「無駄にリアル・・・」
立ち上がって膝に着いた汚れを・・つかないか。さすが運営謹製ニャンコアバター。こっちも無駄に高性能。
「やっと、レベル2かぁ」
軽くなった身体に湧き上がる力。やはりレベルアップの恩恵は、確かに感じる。しかしまだ、1→2だし。嬉しいというよりも「何でここまで時間がかかるんだ?!」と云う、怒りのほうが大きい。
そしてレベルが上がっても、やはり神法を使える気がしなくて・・・。
「はぁ・・」
「主ぃー。終了したよ!」
「はぁい、お疲れさん。ではそろそろキャンプ場所でも探そうか」
今日は谷まで下りたのだから、今夜のキャンプは川辺にしよう。何より、もしかしたら魚が食べられるかもしれない!
「主、この辺とかは?」
「う~ん・・あの大岩の向こうとか、ちょっと見てきてくれる?」
「はぁーい」
問題は人知未踏の山間部の谷間ということで、川周辺があまりに荒々しくまさに自然の芸術状態なのだ。まぁ、川幅は10m前後と、さほど狭いわけでも広いわけでもないが、何というか、カレンダーに使えそうなくらい神秘的要素は豊富である。
「絶景なる渓谷かなぁ・・うん、いいねぇ」
ビバ!森林浴。マイナスイオン。更に野鳥の囀り。煌く木漏れ日!
ただ、転がってる苔生した石とかでかい岩とかあちこちに転がる倒木とか、滑りやすいうえにごつごつしすぎて歩きにくい。
「水は旨そうだけどねぇ・・」
大きな岩の上に立ち、眼下の流れを見下ろすと、結構な魚影が見て取れた。
「いい場所見つけたよ、主。こっちこっち」
トラに案内され、さらに上流へと向かう。川のせせらぎ以上の爆音が耳を刺激する。岩やちょっとした崖を上り、更に藪をかき分け出た先は、落差10mほどの幾筋もある滝と少し広がった平地。
ここならキャンプ地としても良さげだろう。
た、だ、し。山の上層部で雨が降らなきゃね。
「この辺とか、どう?」
「ああ、いいかもね」
少し奥まった、苔が生えた場所に向かい、その更なる奥の、乾いた腐葉土が堆積している場所で足を止めた。この辺りまでは、多分雨が降っても増水していなさそうだ。
ようやく場所が決まったところで、手頃な石を探してきては三方を囲むように積んでいく。この時風向きに気を付けないと酷い目に合うからね。
それから中心部に穴を掘り手前に向かってなだらかな坂にすると、イベントリから鉄の棒4本を取り出し、うち2本をコの字型に折り曲げ、あけた穴脇に差し込む。そして石で更にしっかりと固定してから、その上にまた2本の鉄棒を渡した。
「よし、枯葉と小枝を探してこよう」
「主、俺様は?」
「トラ、私は魚を所望する!」
「任せておけ主!この俺様が、熊よりも華麗に、魚を捕って来てやるぜ!うははは」
「・・うん。頑張れ、トラ」
集めた枯葉に私専用火打石(By鉄火樹破片)で火を起こし枝や木片で更なる火力を上げると、イベントリから鍋を取り出す。
「さて。水瓶に岩塩。そして取っておいた茸にあく抜きしておいた山菜。そして肉!」
次々と取り出しては火をくべた鍋の中に放り込んでいく。
これで後、魚さえ手に入れば完璧である。
「うぇっぷ・・・主ぃーーー・・・」
トラの叫び声がする方向を眺めると、そこには川に流されていく情けないトラの姿が目に入る。
言っとくが、その先小さな滝の連続だぞ。分かっているよね。
あ、でも。そこそこ魚影も濃かったな、うん。
「そのまま、ついでに魚、取ってこーーーい」
「あーる・・じぃー・・・あっぷ・・」
「頑張れよトラ」
流れ落ちる滝へとトラの姿が消えたが、ゲーム内でキャラは死んでもペットだけは死んだりしないのだから、多分平気だろう。何しろ、動物のように見えても動物じゃないからな、きっと。
さて、塩加減でも確認しておこうかぁ。
「うん、旨い!さすが私!」
さて。テントは無理だけど、ターフ擬きを木々を使って張り巡らせていく。3方向囲えば、少しはましだしね。後、中に枯葉を引き詰めて上から皮をひいて、超簡易な寝床の完成~。
そして香炉と練玉を取り出す。後は火をつければ・・・。
「ナル婆さん。虫よけ香を作ってくれてありがとーーーーー!」
その夕方、トラが必死になって取ってきた川魚を一緒に満喫した。
川魚、最高!
しかし、その量はあまりに少なかった。まぁトラに任せて楽した私が悪いともいえるんだけど。仕方がない、私が手本を見せてあげよう。
勿論、釣りなんて道具もないし、そんなまどろっこしい事なんてやりたくもない。
大体、素人に川釣りは難易度が高いんだ。特に川目を見たりとか。それ見誤ると1日中やってても、1匹も針に掛からなかったりするんだからな。
「トラ!明日は保存用に魚を大量に捕るぞぉ!」
「任せとけ主!」
いや。お前に任せると下流まで流されちゃうから。
大丈夫。私は覚えているからね。
本当は小型の簗を作って追い込みかけてもいいんだが、そもそも簗を作るのが面倒くさい。時間だって材料だってかかるしなぁ。
そこで、昔祖父と一緒に山に入って良く使った方法をやろうと思っている。但しその捕り方は確か早いうちから禁止されていたと思うんだけど、何、ここは日本の法律の及ばない場所だし、私ら以外に人すらいないのだ。
気にせず、ガンガン捕りまくろう!
翌朝。
私は黒杖を手に、川に浸った大岩の上に立つ。
下流の狭くなった場所にはすでにトラが待機していた。
「行くぞ、トラ」
「はいな、主!」
「では。セイラン1番、行きまーす!」
杖を振り上げ、岩を破壊しないよう力加減に注意しつつ、一気に一点を目指して振り下ろす。この、岩の種類と割れない目を見極めるのが存外難しいのだが、そこは慣れだ。
ガッ、チイーーーーィン インイン ィン・・・
その強烈な振動で流れる水面に円がいくつも描かれ、と同時に川底から気絶した大量の魚が浮かび上がってくる。一見鱒に似た少し大きめの魚たち。中にはウグイやアブラハヤに似たものまでいる。
浮き上がったそれらはやがて流れに沿って下流へと下り、待ち構えていたトラが器用に前足を使って、掬い上げては放っていく。
まぁ。見逃した分はそのうち気が付いてどこかに消えていくだろうけど。だって気絶だもん。まれにショック死する魚もいるけど。
「うちの田舎じゃぁ、ガッチン漁とか言ってたんだけど。いやはや、大量大量!」
地方によって呼称は違うかもしれない。でも、この方法だと『自然破壊だ!魚を全滅に追い込む』などいろいろ言われて禁止になった漁法。しかも岩場の多い川でしか使えないけど。
先人の知恵とはいえ、中々酷い捕り方ではあるんだけどね。
ただ、戦後直後の食糧難をこうして乗り切ってきたわけで、良い子はまねしちゃだめだぞ。
「さて、っと」
移動する時わざと足音と姿を見せて驚かせ、岩場に隠れるように誘導。そして私は、再び黒杖を振り上げた。
「次はこの岩の下あたりにいっぱい隠れていそうだな。セイラン、2番、行きまーす!」
「こっち、OKだよ~」
「せーの・・」
ガッチィーーーン インィン・・・
そのうち川のどこかに簗棚も作っておこうかなぁ・・。いつでも魚が食えるように。
さて・・。
川魚の保存食。100匹以上GETだぜ!
やっと、今回の『山中で寝泊まりしながらがっつり狩り3泊4日の旅』という強制イベントが終了。
「ただいま~」
「ただいま婆ちゃん!」
「おお、お帰り。無事に終えて、よかったよかった」
行け!といった人がどの口でそれを言う。
だが本当。大した問題もなく、なんとかこなせて良かったですよ。一応怪我した時の為に、町の薬師お手製の回復薬は持って行ったけどね。結局、使うことなく終えてしまった。
「しかもこれ、賞味期限があるんだよねぇ」
イベントリのなかのポーション見ながら思い出す。
『購入後5日以内に服用、ですよ。それ過ぎると品質は保証しかねます。生薬なんで腐りますから。飲んだらお腹壊しますからね』
と薬師のおっさんに何度も念を押されたからなぁ・・。
しかも意外に高かった・・。1本で1200ダール。もしもの為とはいえ、気前よく3本も買うんじゃなかったよ。かと言って捨てるのはもったいないし、明日まとめて飲んでみるかな。
一体どんな味がするんだろう?
「今から飯にするから。・・なんか言ったかい?」
「いえ。なんでもないです。あ、ところで」
椅子に腰を下ろすと、勝手にお茶が差し出された。
う。またコウノワかよ。
その気遣いには感謝するけど、そのお茶はちょっと・・・。
「どうやらレベルアップしたみたいなんです、私」
「おや、そりゃ本当かい!?」
「はい」
「うんうん、主レベルアップしたところ、俺様も見たよ!」
トラは水か。交換してほしいなぁ・・。
仕方がない。香りだけ堪能して、唇濡らす程度で誤魔化しておくかな。
「どれどれ。じゃあ早速見てみようかねぇ」
ナル婆さんがまた、魂石のナイフを懐から取り出し、私の前に置いた。取り合えず、1上がっただけでも嬉しいものだからね。少しだけわくわくしながら、ナイフを手に取る。
来い!私のステータス!
「「おおおお・・・・・・・・ぉ?」」
セイラン 20歳
種族 天仙
職 神法使い
Lv200
生命力 24000(+10)
神力 96000(+10)
体力 6000(+10)
理力 24000(+10)
気力 6000(+10)
跳力 3000(+10)
反射 3000(+10)
運気 2400(+10)
攻撃系スキル:(解放)
杖殴打 強襲 連撃 会心の一撃
ファイア ウォータ ウィンドウ ライト サンダー ダーク サンド ファイアボール ウォータショット アイスランス ウィンドカッター アースクラック
ライトニング ダークフォグ ホーリィレイ
アビリティスキル:(解放)
ヘイスト エアシールド テレポート 大地の盾 癒しの風
エンチャントスキル:(解放)
火炎 疾風 雷撃 氷結 聖光
称号:ANNWFN
精霊之守人
大神の誉れ人 new
異界の戦人 new
レ・ナルの弟子
「「・・はぁぁぁ?!」」
背後で一緒になって眺めていた婆さんと同時に叫ぶ。
変に気が合うね。じゃなくってだなぁぁ!
これは一体何事?
いやいやいやいや、普通Lv1の次は2だろうがぁぁ。何でいきなり200になってるんだよ!
しかもスキルが低位だけど全開放って。何か?いつでも使える状態になってるわけ?
でもおかしいじゃないか、ここに戻ってくるまでの間どれだけ魔獣倒して、どれだけ無駄な神法詠唱を叫んできたと思ってるわけ?
全く全然、うんともすんとも云わなかったのに、でもスキルは解放されているって。
「えええ?何なんですかぁぁこれ!一体どういう事なんだよぉーーーー」
「何だい、この能力値は。しかもスキルが・・・。さ、さすが神人・・って事なんだろうけど」
ナル婆さんも絶句したまま、何度もナイフ上に浮き出た文字を確かめている。
「で、でも。まだ私は神法使えていないんですが?!」
「そんな馬鹿な話があるかい!ここにこうしてスキルが出ているんだ、絶対使えるはずなんだよ!」
「そうは言っても・・・」
「婆ちゃん、主は魔法、全然使えていないよ?」
「トラちゃん、魔法じゃなくって神法だからね。間違っちゃあいけないよ」
「ごめん婆ちゃん」
「と、とりあえず、明日から神法の練習だよ、セイラン!」
「は、はい・・」
あ~あ、また一から練習かぁ。もう何だか泣きたい気分だ。
こんなにいっぱいスキルは解放されているのに、なんで使えないんだよ。魔法が!
それにしても・・・・。
Lv200って事は、間違いなく能力アバターも『転生したらこれを装備しよう!』で貰えた紫装備Lv5が、全部装備できると・・・。
頑張って、衣服購入してきた自分って・・・。
「とにかく、ニャンコアバター卒業だね」
それだけが救い、ですか?
いやいや。
このLv30のHPMPポーション、もしかしなくても使えるようになったはず。
「・・ん?」
色付きにはなっている。HPポーション18個は使用できて、全部飲んだ。うん、お味はリポビ〇ンDだわ。ところがMPポーションが・・。
「・・・何々・・?」
表示を見ると『魔素回復薬:1回300MP回復』。
「ま、まさか・・・」
私のステータスでは神気になっているため、魔素回復薬は飲んでも意味がない?!
1個取り出して飲もうとしても口が拒絶反応。すっごく不味い。
これは出さない方がいいよなぁ・・。捨てるのはもったいないし。
でも、とりあえず1枠は空いた!
これも救い、だよね、きっと。
読んで下さり誠に感謝でございます。