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神法使いの薬大師 異界を往く  作者: 抹茶くず餅
異邦人~捨てる神在れば拾う神在りき~
17/49

17話

 さて。

 あれからすでに10日余りが過ぎた。

 こんなに深い山々でも夏の恩恵で緑は更に深まり、花々は咲き乱れている。

 早朝の水汲みだけは私の担当だがそれ以外は放免となり、その分朝から晩までトラを連れての狩り三昧の毎日。

 ちなみに効果は不明だが、たまに経験値2倍飴玉を口に放り込んでいる。

 まぁ折角ばっちり狩りをやり込むんだから、使わない手はないわけで。

 そして、昼飯は現地調達のためイベントリには常に鍋や水瓶、岩塩が入っており、それらを使って自炊して、まさに『毎日がサバイバル』を地でいってるけど、勿論日中限定だから。

 夜なんて怖すぎて出来ないから!

 ところで、虫よけスプレーが切実に欲しい、今日この頃。

 だってだって。

 コバエのような吸血虫がぶんぶんしてるんだぞ!

 すぐに治るけど顔とか手が刺されまくって、痛痒いだから。


 だがそんなハードスケジュールも3日に1度はきちんとお休みをして、町にため込んだ素材を売り行く。

 時々、トラが酷く恨めしそうな目で見上げてくるけど「買い食い禁止」にしているからねぇ。


 実は「自分で稼いだ金だ。好きに使ってきていいよ」と、ナル婆さんから有難いお言葉を頂いているにも関わらず、非常に残念なことに大した稼ぎにもなっていないのが現状でして。

 今は、只ひたすら貯金に励むだけという有様。

 こんなに頑張っているのに、まだたったの11560ダール。当然、靴も買えない・・。


「はぁ・・」


 何しろ、大量に卸す私のせいで革系素材は供給過多な上、夏という季節のせいで需要がほどんどない。そこを何とか無理を言って買い取ってもらうが、足元見られてほぼ捨て値だわ。下手をすると、顔を出しただけでもうんざりした態度で追い払われてしまう。

「シッシッシ」って、私は野良犬かよ!

 まぁ。ニャンコアバター着てるけど・・・。

 要するに、ろくに買い取ってもらえないのだ。

 今日も今日とて、すでに不良在庫になりそうな素材、毛皮41、革55がさらに追加。総数に至っては、もう見たくもない・・・。

 こうなってくると『同じ素材は100個まで重ねられる』という、イベントリ機能がマジで有難いよ。でももう、3枠も使っちゃってるけどね!

 ああ、くそぉーーー。


「あ・・主・・」


 食事を終え、荷物を片付けている傍でトラはじりっと身を寄せてくる。

 ああもう。コバエみたいな吸血虫がうっとおしい。暑くなった途端、大量に湧き出てきやがって・・・。

 顔の前を手で追い払う。

 あ。トラの鼻面に虫がいっぱい集ってやがる、うはははは。


「何?」

「あれ。あいつ・・」


 飛び交う虫を手で振り払いながらトラの視線先に目を移せば、そこには木漏れ日を浴びて銀色に輝く巨体がゆっくりと移動していくのが映り込んだ。

 しかも、あれだけの巨体のくせに草木をかき分けるときの音はかなり小さく、スキルでそういった系統のものを持ち合わせている可能性がある。何しろトラに言われるまで、私は気づかなかったのだから。


「あいつ、か」


 ちらりと見かけたそのでかい横顔の一部に、数か所治りきらない傷跡や中には少し化膿している傷を負っており、それが間違いなくナル婆さんの手によって付けられたであろうと察する。

 それにしても・・・凄い虫の集りようだ・・・。


「やるか?主」


 見上げてくる瞳はやけに爛々と輝き、漢前な顔つきでトラは合図を待ちわびている。


「婆さんに代って、リベンジだな」


 と、言ってみたものの本気で思ってはいないが、でもあいつは金になる!間違いない。


「へへへ、この俺様が婆ちゃんに代って100倍返しにしてやらぁー」

「行くぞ、トラ!」

「任せろ主!」


 すっかり手慣れたコンビネーションで、トラと私は銀灰大熊に襲い掛かった。


がうぅぅー


 静かな森の中で銀灰が上げる唸り声が木霊する。


ぐぉぉぉぉ


「トラ、右サイド強襲!」

「了解!」


がぁぁー


 トラが木々を使って、立体高速移動を繰り返しながら、銀灰の顔面のみに何度も傷を負わせていく。

 その早い動作に追いつけず闇雲に腕を振り回し、そのたびに足元がおろそかになるところを、私が黒杖で突き叩く。

 兎に角、こいつの毛皮が欲しい!

 毛皮狙いであるから、身体には一切傷をつけられないので頭と足の一択あるのみ。

 熊の手? どうやらこっちでは使わないと聞いたから。でも熊の胆は価値が高い!


「トラ、目を狙え」

「了!」

 

 トラはすぐさま反転し、飛び上がると銀灰の鼻面に乗って、横一線に振り払う。

 辺りに血飛沫が舞い、銀灰は奇声を発しながら蹲った。


「ラスト!」

「いっきまー!縦一文字」


 白虎専用スキルが発動するとトラの身体が光に覆われ、音速移動での斬撃が大気を震わせる。


「疾・風・斬!」


 これがトラの唯一の大技で、通常攻撃力3000の1,2倍強化+風属性付加1000の3連続高速攻撃。まぁ、なんだ。早い話が、猫が前足使ってガリガリガリっていう、あれですよ。

 それと後一つ。専用スキルがあるけれど、そっちは「猫パンチ」だと思えばいい。

 ほんと。無課金ペットはしょーもないわ・・・。


「やったぜ、主!」

「凄いぞトラ!」


 とりあえず褒める。

 それにしても。

 あのでかい頭がぱっくり割れて、何とも言えない臭いと獣臭に血の匂いが、鼻と胃を刺激する。

 

「トラ、ドロップ」

「はい!」


 横たわる巨体にトラの小さな前足がひょいッと触れると、一瞬のうちに醜い肉の塊に変化。それはもう、エグイ。気持ち悪い。ほとんど皮無しゾンビ。でかい分だけ更に悪趣味。

 なんでこいつはゴミ箱に直行しないんだぁぁ!

 でかすぎなのか?

 ゴミ箱にサイズや重さの限界値っていう設定でもあるのかよ!

・・・知らなかったよ・・。

 だ、駄目だ。

 悪臭と視覚の暴力のダブルパンチで・・。


「うげぇ・・・うぇっぷ」


 堪えきれず吐いてしまった。

 無理だって。あれはさすがにグロすぎて、無理だってぇ。出来立てゾンビ並みに酷いよ・・。


「主?」

「うぇ・・だ、大丈夫・・」


 イベントリから水瓶を出して口の中を濯ぎ、慌てて平気な振りをした。


「さて、戻ろう」

「うん!」


 見なければどうということはないから、早くこの場から立ち去ろう。どうせこの近くには、おこぼれ狙いの狼たちがうろうろしているに違いないし。


「婆ちゃん、きっと喜ぶね」

「ああ。そうだね」

 

 今日は思わぬ大物の収穫だ。

 意図知れず、ついでに婆さんの仇もうった。

 更に大金の予感がプンプンする!うはははは


 


「じゃ、じゃじゃーぁん!」


 声高らかにファンファーレ。そしてイベントリから引き出したもの。それはダイニングテーブルを覆いつくしても尚余りある、でかい銀色の毛皮。

 それを見て、はっとナル婆さんは目ん玉をひん剥いた。


「これって・・」

「銀灰大熊です。多分婆さんが挑んだ、あいつですよ。何せかなりの傷を負ってましたしね。なので出会ったが最後、運の尽き!トラと共にリベンジマッチして獲得してきました!うははは」

「俺様も頑張ったぜ、うはははは」

「リベ・・?そうかいそうかい。よくやったよお前たち」


 ナル婆さんも嬉しそうに輝く毛並みを撫でている。


「明日はお休みして、これを売りに行ってきたいと思います」


 いいですか?とお伺いを立てると婆さんも笑顔のまま頷いてくれる。

 そして「欲しいモノでも買ってくりゃいいよ」のありがたいお言葉をまた頂きました!但し、ついでにお使いも頼まれてしまったが、ま、いいか。

 今の私は気分が大変よろしいので、お使いぐらい屁でもないぞ。






翌朝。

 食事を済ませ、水を汲みに行った後、ナル婆さんが転送のペンダントと一緒に包みを渡してきた。


「町長さんに、これ?」


 手渡されたのは少し大ぶりの革袋。中身はどうやら薬らしい。何しろ手にする前から部屋の中を漂う、

青臭い独特の香りが充満しているから。


「ああ。今、町で流行ってる質の悪い病気の特効薬だよ。何年かすると回ってくるんで、いつもの事と云やぁいつもの事なんだけどね。渡してくれれば向こうでなんとかするだろうから」

「はい」


 あれか?流行性感冒とかインフルエンザみたいなものか。

 夏風邪は長引くからなぁ。


「では行ってきます~」

「婆ちゃん行ってくるね!」


転送!

 さすがにこれの、ぐにゃ~という不思議感覚にも慣れてきたな。




 さて、すっかり馴染みとなった革系製品専門のランドル店で、2代目店主であるカールさんと対面中。

 ああ・・懐かしい「カールおじさん」。

 とても「踊ってください」と頼める雰囲気ではないけれど。

 第一、赤茶毛短髪ムキムキマッチョのオヤジが、鬼の形相で、腕を組んで見下ろしてくるのだから。


「だーかーらぁ。もう毛皮も鞣革も、何もいらねぇーって!」

「いやいやそこを何とか」

「あのなぁ。今まで一体どんだけ持ち込んできてんだよ、お前は!今じゃ腐るほどあるって言ってるだろうが。おかげでもう在庫の山で、倉庫にも収まり切れねぇんだよ。いい加減判れや!」

「腐りませんよ」

「下手すりゃ腐るし、カビるんだよ!」

「ですが、今回はちょっと毛色が違うのですよ」

「どんな色してようが、もういらねぇって!」

「これ、何ですけどねぇ・・」


 イベントリから出して見せる。


「な?!こ、こいつは・・深森の王者、銀灰か?!」

「はい。どうですか?これでも駄目ですか?」

「あ・・ああ。いや。これなら買い取って、やらないこともない」

「おお・・」

「但し、ちょっと、な」


 毛皮を矯めつ眇めつ検分し、唸るような声を上げるカールの前でさすがの私も気を揉む。


「まず。夏毛なんで密度が薄い事。後、こいつは若い個体で皮や毛の張りはあるんだが。艶が、なぁ・・」

「・・・」


 うう。言い分聞いてると何だかダメなような気がしてくる。


「精々30万ってところだな」

「おおお、30万!?」

「おうよ。これが冬毛で、しかももう10年程育った辺りの銀灰だったら、100万は堅かったんだが。

 だが、これはこれで売れそうだ。特に貴族の若造辺りが喜んで買うだろうよ」


 そうか。銀灰にも条件が色々あるのか。これは覚えておいても損はなさそうだ。

 しかし!

 それでもこの金のない時期に30万は大金で、とってもありがたい話だ。よし、売ろう。是非売ろう。


「買い取ってください」

「30万でいいんだな?」

「はい」

「分かった。ちっと待ってな」


 そう云って、毛皮を手に奥に引っ込むおやじを見送りながら、トラと二人でにへっと笑い合う。


「30万だってよ、トラ。うへへへ」

「主。俺様、露店で串焼き食べてみたいです。うへへへ」


 おいトラ。涎がだらだら零れているぞ。

 そしてその後、私たちはついに30万ダールという大金を、ついに、ついに、手に入れたのだ。




 とりあえず、買い物をする前に頼まれていたお使いを済ませるため町長宅に寄り、そして無事に終えた後、意気揚々と商店街に繰り出した。

 早朝の中央広場では朝市のような露店が立ち並ぶというのだが、いつも昼前後にしかここにきていないせいか、まだお目にかかってはいない。

 ただ。話を聞けば聞くほど「かなりの賑わい」だというので、1度ぐらいは覗いて見てみたいものだな。

 ま、その前に薬師の店にも寄って『熊の胆』も売ってこよう。

 さて、果たしていくらで買い取ってもらえるものか。


「こんにちは」

「いらっしゃい、何の薬が必要ですか?解毒とか?麻痺解除なんかも置いてありますよ」


 なかなかに渋いおじさん。いかにも薬師でございますって感じかなぁ。

 ん?ここに並んでいるのはポーション系?


「いえ、実は熊の胆を買い取ってもらいたくて」

「見せていただけますか?」

「こちらなのですが・・」


 イベントリから取り出すと、今取ったばかりという感じの鮮度抜群、血塗れの熊の胆が・・。


「すごい!これほどとは」

「い、いかがでしょう?」


 というか、これ何とかしてよ!早く受け取るなり、入れ物持ってくるなり、何かあるでしょ?!

 

「大きさと言い色艶と言い、最高級ですね!」


 感嘆するのはいいからさぁ。先にこれ、何とかしてくれ。血がぽたぽた落ちてるって。


「あ。これに入れてください。ほほう、この重さですと、12万ぐらい・・ですかね」

「12万?!う、売りますー!」


 やっと引き取ってもらえたけれど、私の手がぬるぬるの真っ赤ですがぁ。

 それにしても凄い金額だ!さすが熊の胆。


「あ。手はこちらで洗ってください。では12万で」


 凄い、熊の胆!これでしめて42万也~♪

 それにしても、人族の薬師とエルフの薬師では系統が違うって、婆さん言ってたよなぁ。

 実際、病気系の薬はほとんどナル婆さんに頼っているようだし。

 棚に並んでいる小瓶には『体力回復薬』とか、こっちは『魔力増強剤』とか・・。

 なるほどなぁ。ゲーム的にいえば『ポーション屋』なのか。





「ふ~ん・・」

「何?どうした主」

「うん。何か記憶に残っている感じに似てるよなぁって・・」


 やはり町並みは、雰囲気的には昭和2,30年代に近いかも。但し見かけは洋風だけど。

 当然、スーパーがなくて小売店がちまちまと軒を連ねる、そんな感じで、時折店先で露店の如くお惣菜や串焼きを売っていたりするのだ。


「あ。主!あれ!」

「いらっしゃい。朝一で捕れたサシュの串焼きだよぉ」


 サシュとは水牛によく似た動物で放牧がそこそこ盛んに行われているらしい。実際、この町でも時折見かけるし。

 何しろ畑仕事に荷車にそして食用にと多目的活用が満載の、出来る奴なのだ。しかも立派な角はべっ甲みたいな感じで装飾品にもなる。

 さっき見かけたサシュの角で出来た櫛。あれは素敵だったよなぁ。ナル婆さんへのお土産にいいかもしれない。

 まぁ、私だったら「印鑑何個分?」とか思っちゃいますけどね。だって、どう見たって、角3本のでかい水牛だし、あれ。


「主ぃー!」

「これ一本いくらですか?」

「15ダールだよ」

「はいはい。ではこれを10本ください」

「あいよー。150ダールね」


 まずは、トラ念願の肉の串焼きを店で10本購入。焼きたての串焼きは蓮の葉に似たでかい葉っぱに盛られており、それを持って広場でしばし堪能。


「うーうまいね!」

「本当に!」


 やはり牛っぽい系のお肉は甘みもあって油も乗ってて最高だ。

 ただ、筋が多く少し硬いのが難点だけど。でもほら、野性味あふれる牛肉だと思えばいい。

 更に昼飯は総菜屋で、やはりでかい葉っぱの上に盛られたお弁当らしきものを購入し、それをまた広場で堪能する。

 しかも手で食べるという・・。

 トラはいいよな。猫食いだもんね。

 頂く前にも勿論洗ってきたけど、また白い目で見られつつ、共同井戸で手洗いか。

 うぬ。ここは奮起してマイ箸を作ろう。帰ったら早速作ろう!マイ箸はエコなのだぁぁ。


「このボリュームで300ダールは安くね?」

「うまうまですよーー主ぃ!」


 ついでにリサルという柑橘系っぽいものの、絞りたて(目の前で絞ってくれる)ジュースも買って飲んでみた。木のコップは要返却なので、店の前で飲み干す。

 その分、一杯5ダールとそのお値段もかなり安め。


「ちょっと酸っぱいけど、美味しいです主!」

「うんうん。今日みたいな暑い日にはこの酸味は最高だね」


 そういえば、さすが平地だ。周りはすっかり夏の装いで山とは大違いだ。

 こうして立っているだけで、傍を吹きゆく風はもったりと熱を帯び、照り返す日差しで額に汗が噴き出るくらいだし。

 そして悪臭もかなり最悪。多分、ここに住んでる人は鼻がバカになっていて何も感じなさそうだけど。

 それにしても暑い。

 下手するとあまりの暑さにばてるかもしれないなぁ。


「食品系は、全体的に安めだよねぇ・・。たまにバカ高いのもあるけど」

「いっぱい食べれて嬉しいぞ、主」


 やはり地産地消だと、安めなんだな。

 この暑さだし。消費は早めにしないとやばいだろうし。納得。




 その後はひたすら衣服の小売店を見て回る。

 はっきり言って、その全てが「リサイクルショップ」である。新品はどこで売っているのかと聞けば、大きな町の上流地区の店、又は仕立て屋で仕立ててもらう以外に手に入る方法はないとの事。

 なるほど。

 そうなると面倒すぎて、古着でもいいかという気分になる。

 見て回った感じ、確かにピンキリだけど、品揃えはそう悪くもなさそうだし。


「主・・。まだ決まらないの?」

「一応、全部の店を一通り見て回ったので、大体の候補は決まったよ。さて、買いに行きますかねぇ」

「はぁい」


 最初こそ、トラは興味津々でうろうろしていたが、今はもう飽きてしまっているのか、早くしてよと目で訴えてくる。


「ではこの店古着屋マリンで。まずこの生成り木綿っぽいざっくり感のある厚手の長袖シャツ」


 先ほど見て回った時に目をつけていたものだが、もう一度手に取って裁縫の状態を確認し、生地を引っ張り耐久性も確かめ、へたりが出ている肘のところは自分で革でも充てて補強すればいいし、と考えをまとめると、徐に「これ、おいくらですか?」と店員に申し出た。

 さぁ、ここからが元関西人の主婦の腕の見せ所。

 まぁ。旦那の転勤で仕方なく死ぬまで千葉県民だったけどね・・・。


「それは結構人気の作業用のシャツになりまして、今4500ダールになりますね」


 さて、ここからいくら下げられるか。店員の目と火花を散らしてリングの鐘が今、高らかに鳴り響く。

 良し、行くぞ。心の中で腕まくり。

 ここから先は1秒たりとも気が抜けない戦いの火ぶたが切って落とされた。


「こんな暑くなる季節に長袖シャツでは・・4000」

「いえいえ。野良作業では日焼けや虫刺され・・なので4450」

「ですがこの厚手では、かなり蒸れる可能性が・・ですから4100で」

「山間部に出歩く冒険者様には人気でして・・4400」

「いやぁ、でも肘のところ大分へたれてますよ・・4200で」

「そうは言われましても、これでもかなり状態が良い方で・・4350なら」

「そこを何とか・・・4300」

「仕方ありませんね。ではそれで手を打ちましょう」

「ありがとうございます」


 はい。粘りに粘って「4300」で購入。希望小売価格より200ダウン。


「よっしゃぁー」


 かなり小声で、小さくガッツポーズを決める。

 購入を決めたこのシャツは確かに店員が言う通り、この店では5本の指に入ろうかという程かなり状態の良い品だったので、ここは下がっただけでもよしとする。

 さて、次は反対側の斜め2軒先の古着屋ネブロン。あそこは確か紺のズボンが狙い目だったよな。

 色落ちしての色合いなのか、はたまた染で元からそういう色なのか。とにかくデザインも良いし手縫いとはいえ裁縫もかなりしっかりしている。

 そう。残念なのはくすんで白みかかった紺らしき色合いだけ。しかもところどころ色抜けまであるという。

 なぁ~に。そういうデザインだと思えば今風だ。ダメージ服だってある世の中なんだからな!

 今度こそ1割以上の値引きを目指すぞ!


 さて、また粘りますか。




「・・・主ぃ・・・」

「トラ、待たせたね。もう全部買った(勝った)から!」


 今回の戦利品の内訳は、シャツ2枚にズボン2枚とパンツ3枚、インナーシャツっぽいモノ2枚。更に丈夫そうな厚手の上着2枚に登山靴にも似た頑丈そうな靴1足。ついでにがっしりした革のロングコートに厚手の毛織物マント。そしてナル婆さんのお土産にとサシュの角櫛もしっかり値切り倒せたし。

 ついでに革を縫ったりするためのでかい針5本に丈夫そうな糸一括りも購入。

 その合計は消費税無しの、〆て78420ダール也。

 特に冬物系革製品に至っては「この時期、在庫が大変でしょ?」と粘りに粘って半額に。

 中には、私の姿を見て「可哀そうに・・」と憐れんでパンツ1枚をおまけしてくれた、心優しいおばあちゃんもいたけどね。

 あの人を店番に置くとか、さすがにやめようよ。

 それにしても。

 ニャンコアバターって同情まで買ってしまう、もの凄いものだったのか・・。


「はぁぁ・・・・青い空が、眩しいね・・」


 だが。

 まけさせた金額は合計34500ダールで、4割以上のお買い得。いや、これはもしかして5割?

 ふふふ。私の完全勝利だぁぁ!


 折角衣服を購入したのでこんな悪目立ちするニャンコアバターではなく、買ってきた服にでも着替えればいいのだけれど、なんだかもったいないというか。ナル婆さんに「こんなの買ったよ!」ときちんと報告してから着用したいんだよねぇ。

 それが礼儀というものではなかろうか。

 まぁ。とっくに目立ってるし、今更着替えたところで。


 特にこの広場にいると、子供達には「あ。変な猫のお兄ちゃんだぁぁ!」「や~いや~い。いかれポンチ」と投石込みで囃し立てられ、ご婦人方には「顔はいいけど、あんなの着てるようじゃ頭のほうが・・」とか「傍によると病気が移るわよ」と連れてる子供を諭しては遠巻きにされた挙句逃げていくし、おっさん達には「偏屈エルフの婆んとこの、いかれた弟子。暇そうだなぁ、ちょっと付き合いや」と絡まれるし。

 そりゃもう、超有名人なんだもの。

 本当に今更だよね。

 さてと。

 気を取り直して、浮いたお金で広場で出してる露店の一角で、更に串焼きとジュースを追加。

 何しろ、無理に付き合わされたトラの不貞腐れた目があまりに怖いので、そこは必要経費と割り切ることにした。


「しかし、衣類とか靴とか、何気に高いなぁ・・」


 だが革製品の酷いデフレ状態だったのは多分私のせいかもしれないが。


「串焼き、おいしいーーー!」

「うん。そうだねぇ。美味しい・・」


 店の人曰く、衣類系の特に生地に関しては南方の国でしか作られていないとかで、すべて輸入に頼っているから基本高額になるんだとか。

 綿に似ているから、かなぁ?

 きっと、生産地が限られているせいだろうな。

 ところで。

 プチ情報として入手したのは、この町での花嫁衣裳のネタ。「少し余裕のある家では、式前に生地を買ってきて母親が手縫いで仕立てる」とか。もしくは「母親の嫁入り道具として持参してきたドレスを自分で仕立て直して娘に持たせる」とか。

 だが、男物に関してだけは親との体格差とかがあって、その為大概は古着屋で物色して、適当に済ませるそうな。一世一代の結婚式なのに・・。

 いかにもどうでもいい感が漂う話で、男って可哀そう。その扱いが雑過ぎて笑えない。

 ああきっと、あれだ。メインデッシュの横にちょこっとついているパセリだな。

 気分的に食いたくなかったら、弾き出せばいい的な?

 いやいや。新郎弾き出しちゃあかんやろ!

 やはり、メインデッシュの横にあるポテトサラダぐらいで・・。


「むむ・・何の話だ?!」

「どうした主?モグモグ」

「なんでもないよ」


 もう何本目になるかわからない、串焼きを頬張る。

 やばいな。暑気あたりか。思考が、ちょっと暴走。

 ちなみに私は、母親の打掛を仕立て直して使ったもんね。

 その『もったいない』精神は、どうやらここでもきちんと通用するようだ。よかったよかった。


「これ食ったら、帰るからね」

「分かってるよ主」


 それにしても、すでに空は夕焼けで赤く染まっている。

 どれだけ粘ったんだ、私は・・・。

 

「まぁ、そういう事もあるよね」



 


 

 そしてギリで夕飯前に戻ってこれた。

 小屋に入る前から、すでにおいしそうな匂いが漂ってきている。


「ただいまです」

「ただいまぁ婆ちゃん!」

「お」


 振り返る婆さんの手元は、これから盛り付けようと手を伸ばしたまま止まっていた。


「お帰り。随分と時間かかったじゃないかぃ」

「ええ。まぁ。ですが見てください!」


 今ならいけるか。

 イベントリから戦利品の数々を出してはテーブルやベットの上に広げ、満足げに「どうです~?」などと偉ぶって見せる。


「今日の戦利品です!」

「ほお・・随分たくさん買ってきたもんだ」


 その一つ一つを手にとっては、ナル婆さんも品質を確かめ始めた。


「驚いたね。よく見りゃ、どれも結構状態がいいのばっかりじゃないか。こりゃ相当高かっただろうに」

「ちなみに合計で78420ダールです」

「え?そりゃまた。随分と安くないかぃ?!」


 ナル婆さんの驚いた顔などそう何度も見れるものではないが、今回はさすがにびっくりしているらしい。


「それはもう、粘りましたからね」


 エア眼鏡を押し上げ「キラーン」と決めポーズ。


「凄いじゃないかぃセイラン!今年の冬の保存食糧の買い出しは、お前さんに頼もうかねぇ」

 

 しかし婆さんに軽く流されて少しばかりへこんだが、それでも珍しく称賛を送ってくれる、その言葉が結構嬉しい。


「少しばかり買い食いしてしまいましたが、残金の入った袋、渡しますね」

「はいよ。って結構重いねぇ」

「30万以上は残ってますからね」

「セイラン。お前はバカ弟子かと思ったら、出来る子だったんだねぇ」

「それと、これはナル婆さんに。お土産です」

「こりゃ・・。サシュの角で作られた櫛かぃ?」

「はい。やはり女性はいくつになっても、身嗜みに気を使いますものね」


 手渡しをすると両手で受け取って、そのままそっと胸元に抱き込んだ。


「・・大事にするよ」

「いえいえ」


 少し照れるなぁ。


「本当に・・。お前は本当に、良い子だよ!」


 良い子って・・。あの。そこまで感動されられると、却ってバカにされてる気が。


「とにかくしまって。さっさと飯にしようかね。温かいうちに食べないと損だよ」

「はぁーい」

「はい」


 やはり、お金があると懐だけじゃなく心も温かくなるもんだね。

 ただ、ちょっと買い食いしすぎたせいで、夕飯があまり・・・。

 折角作ってくれたのに。ナル婆さん、ごめんなさい。



 夕食後。

 静かな夜の一時を私はマイ箸作りに精を出す。

 少々不格好だが何とか箸が完成し、今度は薄めの革で容れ物を作る。


「おお。ついに完成だぁ」

「何作ったんだぃ?」


 ナル婆さんは本を読みながら、時折興味津々に覗いていたのを私は知っている。


「マイ箸、です!」

「まいはし?なんだいそりゃ」

「実は・・こうすると、ですね」


 真剣を抜刀するが如く左手で容れ物を持ち、右手でシュタっと箸を引き抜いて、ナル婆さんに見せた。

 

シュッ、シュッシュ


 閃く箸先はまさに光の刃!瞬き一つでランプに飛び交う虫をも掴めるぞ。

 どうだ、凄かろう!この電光石火の早業!まさに達人の域。


「ね!」

「・・・・・」


 しかし、白い目で睨まれた。


「やっぱ、お前は阿呆だわ・・」

「えー?!これ見てくださいよ!すごいでしょ?!蠅じゃないけど。でもほら。蛾を箸で掴んでいるじゃないですかぁぁ」

「バカやってないで、もう寝ちまいな」

「あれ~・・?おかしいなぁ、受けると思ったんだけどなぁ・・・」


 私の、今日の株は乱高下。

 そしてストップ安の、安定の定位置に。

 



いつも読んで下さる方、ありがとうございます。



 セイランの性格が少しずつ変化していきます。(分かるといいけど・・)


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