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神法使いの薬大師 異界を往く  作者: 抹茶くず餅
異邦人~捨てる神在れば拾う神在りき~
15/49

15話

・・・助けて!

助けてぇーーー・・・


 また多くの人族が私たちの村を襲ってきた。何度も何度も、人族どもが襲ってきては子供を攫っていく。

 でも今回は・・村が焼かれた。多くの同胞が死んでいく。


「逃げるんだナル!みんなを連れて森の外まで、遠くまで逃げるんだ!」


 エルフの神法は強い。けれど同胞を巻き込むことを恐れ、みな力を押さえてしまう。それが人族どもをつけあがらせ、結局、私たちはどんどん追い詰められていった。


「逃げるところなんてないよ?お父さん」

「今退路を開く。みんなで逃げるんだぞ、ナル」

「お父さん?!」

「行け、行くんだぁ!」


 神法が幾重にも弾ける。

 人が吹き飛ぶ。いくつも、いくつも。

 同胞も巻き込まれていく。何人も何人も・・。


 必死になって走る。

 その背後で、一人。また一人・・。どんどん減っていくのが分かる。


 なんでこんなことばっかり。

 なんでこんなにひどい事ばかり。


 父さんが。幼馴染のメルが。トヤが。みんなが。

 村が・・・・・。


 森の中を必死に駆けながら、誰かに助けを請う。誰もいないのに。分かってる、誰もいない。

あああ・・。

 これは・・・罰なんだ。

 きっと私が掟を犯したせいだ。 

 母さんの精霊樹から魂石を、取ってきたせいだ。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


「助けて・・」


 涙で霞んだ視界に一点の光を見出し、それを掴むように私は手を伸ばした。

 





「おやおや、迷い児よ。何故こんなところに?」


 急激に縮小する光の中から、美しい女性が現れた。


「あ、あなたは?」


 その身に不思議と眩しくない光を纏い、長く淡い金の髪を地に滑らせ、慈愛に満ちた優し気な面立ちに心を奪われてしまう。


「私はそう。貴方たちが言うところの『古の神代エルフ』。すでに10万年以上の時を生きている、エルフの始祖の一人。名をウ・ナ。神名は浮邉衣良比彌と言います」

「ウキナイラヒミ・・さま?!」


 気が付けば辺りは鬱蒼たる巨木に囲まれた、見知らぬ深い森。

 それでも、目の前の美女は辺りに光で遍く照らし、深い森も又神秘の姿を映していた。

 ナルはこの時、神に縋るように先ほどまであった凄惨な出来事を泣きながら訴えた。

 何故、今頃お姿を拝謁出来たのだろうか。

 もっと早くにお会いできていたなら。きっと両親も友達も村のみんなも、死ななくて済んだのに・・。

 助けてほしかったのに。

 何故今頃なんだと、どこかで恨み言も混ざっていたのかもしれない。


「そうですか・・。なるほど。随分と辛い思いをしましたね、風の民の子、レ・ナル」


 ただ、軽く頷きながら話を聞いて、ただ優しく頭を撫でているだけ。


「なんでこんな目に合わなくちゃいけないの。母さんだけじゃなく、父さんやみんなも・・」

「そうですね」


 哀し気な微笑みを浮かべ、ナルの涙にぬれた瞳をじっと見つめ返す。


「人族は。あれらは個としては脆弱ですが、集団になるとドラゴンよりも恐ろしい。少数のエルフなど、彼らにとっては餌のようなものでしょう」

「どうして!なんで?!」

「知らなかったのですね。そうですか・・。人族は、彼らは魔族の落とし児たちなのです。

 一見、優しさと愛に満ちた善なる仮面を持つ、ですが本性は残忍で狡猾な欲望に忠実なる魔獣。邪神によって作り出された『混沌の申し子』達」

「う、うそ・・」

「嘘ではありませんよ。しかも邪神は人族を『神人』の姿にわざと似せて作ったのです。まぁ不出来ではありますが」


 何故そんなことをするのかわからない。


「邪神は、元は神の席に連なる凶神。天界に住まう神人だったのですよ。大神曰く、光あれば蔭ありて、世界を織なすには暗き神も必要だと。

 只、何故その役目が自分なのかと恨んでおりましたからね。

 彼の神は自分もまた、他の神同様に神聖で美しくありたかったのでしょう。

 故に大神に鉾を向け咎落ちしたため、二度と天界に戻ることを許されず、深い恨みと慟哭でこの大地を穢し始めたのです。

 そんな中、自ら作り出す『混沌の申し子』達を神人に似せることで、大神を汚す趣旨が・・。悪趣味としか思えませんね。却って大神の怒りを買うだけなのに」

「・・・」

「人は『信じるものを信じる』。例えそれが欺瞞であろうとも、自分たちが魔族から生み出された真実から目を背け、神の加護によって生み出されたと都合よく改竄し、あたかもそれが真実だと思い込んでいる。

 しかも生み出されて僅か3世代目で、そういう妄想を抱いたのですから恐ろしい事です。まぁ、誰しも己の存在が魔族の同胞だとは思いたくはないでしょう。特に神人に似た姿を持っていれば」

「・・・」

「彼らは己が欲望に忠実。何かを欲すれば奪うだけ。その対象となってしまった貴方たちには申し訳ないことではありますが」

「人族、って」

「彼らは真の姿は邪悪な『魔族』なのです。その真実を忘却し恩恵のみを受け入れ、妄想の果てに主たる魔族に歯向かう愚者たち。魔族は決して人を許さないでしょうね」


 人族が・・魔族?

 そんな事聞いたこともなかった。


「貴方も人族と深く関わってはいけません。彼らの善なる仮面はとても脆くて薄い皮。その本質は己が欲望に忠実な魔物。そしてそれは、そうあるように邪神によって生み出されているのですから」

「だから・・私の両親は・・。村が襲われたの?」

「今となってはエルフは少数民族です。その姿は神人に似て見目麗しく神力も高く、皆長命。その希少性に目をつけるのも当たり前の事かと。ですがエルフに限ったことではありません。私たちが生み出した種全てが、人族の蹂躙に甘んじています。哀しい事ですが」

「わ、私は村をどこかに移した方がいいって、ずっと言ってたのに・・」


 ただ、問題もあった。

 幾世代にも渡って住み慣れた土地には、村を守る精霊樹の存在があった。

 どこかに移るということは、その全てを捨て去ることと同意語であること。

 ナルだって、母である精霊樹を捨てたくはなかったのだ。

 それでももう、人に襲われ誰かを失う事のほうが、ずっと嫌だったから・・。

 だから内緒で母の魂を取って来てしまった。

 反対されても、いつか村を出ていくために。

 でも、村長であった父はいつだって「人族とは相容れないが、いつか分かり合える時も来よう」と母が亡くなった時も、私が「ここを捨てるべきだ」といった時も、人の優しさに、善意に期待していた。

 でも。

 人族が魔族あるならば、どれほどの時を経たところで分かり合えるはずもなかったわけで。


「父さん・・・」


 知れば知るほどエルフたちは愚かだ。

 顔を両手で覆い、忸怩たる思いで泣き伏せる。


「貴方の忠告が無碍にされてしまって、可哀そうに。でも分かってあげてください。エルフは長い時を生きる分、頑固な一面も出てきますからね。しかし見限ってしまえばその行動は早いのですが・・。

 例えば、私たちのように」

「・・?」

「邪神から生み出された人族は強欲で繁殖力も旺盛、見る間に大地を蹂躙し溢れ出しました。そのあまりの浸食率に私たちは絶望し、この世界を見捨てることに決めたのです」

「ええ?そんなぁ・・」

「神代エルフのほとんどが天界へと去りました。私は最後まで見届けようと残りましたがね」

「何故?神様なのに?!」

「神代エルフは・・神でも神人でもありませんよ。

 天界に住まう創世の大神、その御力によって顕現された10の尊き御柱。

 その天界の守護する者として、大神が直に御創りなられたのが『神人』

 そして、神代エルフは10の御柱の1柱であられる豊穣神『筵岩菜之壱岐之白花比彌』様によって、この大地を守護するために作られたのです。ですから神人は私たちよりもずっと高位の存在。

 努々同列に扱ってよい存在ではありませぬ。

 何より、その神力は神人に比べたら、私たちなど赤子も同然。

 余りに微力すぎて、貴方たちすら守ることもできなかったのですから。本当に恥ずかしい話です」


 驚いて見上げた先で、浮邉様は哀しそうににこりと微笑む。


「わ、私は・・どうすればいいのですか」

「私についてきなさい。せめてレ・ナルの道標になって差し上げましょう」


 ナルの手を引いて浮邉衣良比彌は歩き出すが、ふと立ち止まり、振り返る。

 その視線は遠く山々の、雪冠の頂の遥か彼方を見つめていた。


「ただ、もし。この先。貴方が人と関わるのであれば、出来る限り最小限に。そして慎重に、更に警戒して。寂しいかもしれませんが、一人で生きていくしかないのです」

「浮邉様と一緒ではいけないのですか?!」

「ウ・ナと呼んでくださいね。神名は・・」


 すっと目を細め、そっと人差し指で唇を抑える。その何気ない動作ですら息を飲むほど美しかった。

 ナルは一瞬見惚れて、それから頷き返した。


「私といえども、いつか器の寿命は尽き、天界に帰る定め。ですが貴方を見守っていますからね」


 見上げた先の厳しくも優しい横顔。


 私には母の記憶がない。

 私を生んだ翌年に村は人の集団に襲われ、傷ついた母が父に私を託して、奴らに殺されたのだという。幼過ぎた私に母の記憶はないけれど、きっと浮邉さまのような美しい人だったかも。

 なんだか、そう思いたい気分だった。


「ずっと?」

「ええ」


 いつでも。いつまでも。

 この場所に留まる限り・・。







「・・あ・・」


 伸ばした先の手が宙をかき、力なく崩れ落ちる。


「おお、ナルさん。気づかれましたか?!」


 やっと声がする方に頭を巡らせ、相手を見る。


「・・・神父・・・クレイルの坊やかぃ」

「あはは。貴方にしたら誰でも坊やですよね。そうですよ。ここがどこかはもうお分かりですよね?」

「教会、だね」

「ええ。よかった。意識もしっかりしている。山場を越えたようで、これで一安心です」


 酷く昔の夢を見た。

 悲しくも懐かしい。美しくも神々しい浮邉衣良比彌さまの御姿。透き通るような優しいあの声。

 それにしても、随分と長い夢を見ていたな・・。

 ああ。そうか。

 ではあの阿呆が私をここまで運んで来れたわけか。

 だが、見渡してもセイランの姿もトラも見当たらない。全く、放置とはどんだけ私をバカにしているのか。不逞の弟子が。


「あいつら・・は」

「ああ。お弟子さんのセイラン君たちは、今も必死に外で狩りをしていますよ。ここの寄付金のために、ね。本当に高くて申し訳ない」


 苦笑いを浮かべながら頭をかく神父の目の下にはくっきりと隈が張り付いている。かなりの魔力を消費して治療に励んでくれていたようだ。

 それに、治癒費用が高いのは何も神父がそうしたいわけではなく、強欲な教会本部からの決め事に従っているだけ。

 どうやら今代の教皇も又、業突く張りな上金勘定には長けているようで、何というか。さすが人族の代表と褒めるべきか。

 いくら世相に疎いナルでも、そのくらいは知っている。

 

「いや・・助かったよ」


 だが腐っている上はともかく、クレイルはナルの知る限り、今のところは善人だ。

 それに。

 ここに担ぎ込まれた時点では、体力はほとんど底をつき危険な状態に陥っていたため、勝手に神気でその不足分を補っている状態だったのだ。

 そこからここまでの回復をしてくれたのだ。有難いと思っても、文句を言う筋合いはない。


「それに少し、おまけしておきましたからね」


 クレイル神父は、少し困ったような笑みを浮かべた。多分上には内緒にしたのかも。


「そ・・かね」


 重篤な状態であったのなら治癒にかかる寄付金はかなりの高額になっているだろうと、さすがのナルもばつが悪そうに呟く。

 目を閉じれば金策に奔走するセイランの姿が見えるようだ。


「神気が・・戻りさえすれば・・自分で治せるん・・だがね」

「そうですよね。ナルさんは私よりも高位の使い手ですからね。ハハハ。でも無理は禁物ですよ」


 ああ。人族が聖なる力を魔力でなんとか使いこなせるのは、何でも大神の温情によるものだというが、その数はあまりに少ないし、決して強くもない。


「分かってる。それまでは、神父。世話に・・なるよ」

「はい。任せてください」


 更に苦笑を深めるまだ若い神父に、ナルは小さく笑った。


「ところで。いつも思うのですが・・」


 神父は行き成り真面目腐った顔でナルを見つめてくる。


「私たちが使うのは『神聖魔法』ですが。何故、ナルさんの使われるものは神聖魔法ではなく『神法』というのでしょうか? 

 神に仕える我々に、何故ナルさんみたいな『神気』が宿らないのでしょうか? 

 一度、ナルさんの神気発現を拝見して、その余りある神秘性と神々しさに愕然としたことがあります。

 そして私は運よく、教会本部に坐す聖女さまも一回拝謁させて頂いたこともありますが・・・。余りにも違い過ぎて。勿論、聖女様の神聖魔法も確かにすごかったのですが。でも、神気発現はそれすら凌駕し勝るほど。

 ああ、こんなこと考えては不敬ですよね。神への冒涜だ・・。

 ですが。どうしても知りたいんです。神気とは、神法とは、どういったものなのでしょうか?

 そして何故、私たちには絶対宿る事のない、力なのですか?」


 クレイル神父の矢継ぎ早の質問とそこに隠されている不安と疑問。ナルを見下ろしてくる真摯な瞳には、彼が正しい意味で『神の信徒』であろうとしているのが伺い知れた。

 クレイルがどんな思いで神と向き合い、どれほど深い祈りの中で、神の力の発現を願い求めているのだろうか。


「それは・・」


 人族の在り様が異なるからだ。

 人は魔族の同胞はらからだから魔法しか使えないんだよ、などとはとても口に出せない。


「種族の違いって奴さあね。言い方が違うだけ・・だよ。気にしなさんな」

「・・・そうですか。教えてはいただけないんですね・・」


 いかにも残念そうに項垂れる。

だが。

 知ったところでどうなるものでもない。

 エルフたちがこの世に生まれた歴史と、人族の成り立ちの歴史、その始まりがあまりにも違うから。

 そして。 

『神聖』なる『魔法』は其々が相反する存在なのだ。

 それを無理やりこじつけ、無理やり行使し、その姿を哀れと思い、見かねた大神が情けでほんの少し力を分け与えたのに過ぎない。

 だが人の持つ基本は、魔の力。

 神の力を多く引き出そうとすれば、魔の力も総じて多くなる。故に、決して神気には至らない。

 人族が人族である限り。


 神気は純然たる『神の聖なる力』そのものだから。

 どう足搔いても手には届かぬ、太陽のような物だ。近づこうとすればその身は焼かれ、灰となる。


「すまないね。クレイル坊や・・」


 哀しそうに頷く神父にナルは無表情を決め込んで、静かに眠りについた。





読んで下さり誠に感謝です。

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