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話をしてみましょう

 そんなこんなで、ソフィー様と王太子殿下のことに協力する日々を送っていたのだけれど、学院に通っているとはいえ、生徒は皆貴族。

 だから、休日にはパーティーに出席することもある。

 ということで、ドレスに着替えた私は使用人に髪を結ってもらい、いつも通りパートナーである父方の従兄弟と共に王城で行われるパーティーに向かうため、嫌々馬車へと乗り込んだ。


 王家主催のパーティーだもの。断るわけにはいかないわ。

 いつも通り、壁の花になっていればいいだけ。

 そう、ソフィー様の様子が見える場所で、ひっそりとね。


 王城に到着し、パーティーが行われる広間へと向かうと、そこにはすでに沢山の貴族達で溢れかえっていた。

 ほどなくしてパーティーが始まり、広間のあちらこちらから楽しげに会話する声が聞こえてくる。


 え~と、ソフィー様はどこかしら?


 目立たない場所で失礼にあたらない範囲で周囲を窺っていると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 この声はソフィー様だと振り返ると、ワインレッドのドレスを着た彼女が優雅に立っていたの。

 あまりの眩しさに直視できず、私はすぐに彼女に向かって頭を下げる。


「ごきげんよう、アメリアさん」

「ごきげんよう、ソフィー様。とてもお綺麗です。デザインが上品でソフィー様によくお似合いです。それに刺繍も素敵ですね」

「ありがとう。貴女も可愛らしいわ。フリルやリボンがもう少しあれば、もっと可愛くなれるのに」


 ソフィー様は私が着ている深緑色のドレスを見て、勿体ないわと口にしている。

 いえいえ、私の顔からしたら、これくらいのデザインでちょうど良いのです。

 ゴテゴテのドレスを着たら、十年前の二の舞になるのは分かりきっているもの。


「それよりも、ソフィー様は、お一人ですか? 他の皆さんはいらっしゃらないのですか?」

「ああ、彼女達はご両親と一緒に他の出席者に挨拶に行かれたわ。後で、お話ししましょうねと申しておりましたから、貴女も一緒に参りましょう」

「ええ。ですが、その前にダンスがございますから。ソフィー様と王太子殿下のダンスを拝見するのを楽しみにしております」

「そうね……」


 途端に、ソフィー様が不安そうな表情を浮かべた。

 王太子殿下とのダンスは、これまで数え切れないくらいに踊っているというのに、不安があるのかしら。

 そう思っていると、ソフィー様が口元を引き締めて私を見ていた。


「私ね。実は、今日、クレイグ殿下とお話をしてみようと思っているの」

「いつもお話しになっていらっしゃるではありませんか」

「いえ、今日は、クレイグ殿下のお話を伺うためのものだから。いつも私のことばかりお話して、クレイグ殿下のお話を伺うことはなかったから。ほら、アメリアさんが前に聞き上手な方が好まれると仰っていたじゃない? だから、実践してみようと思いまして」


 おお、なんて積極的な。

 この間のこともあって、ソフィー様はかなり前向きになっている。

 実践してみたら効果があったのだから、続けてみようと思ったのかも。

 けど、どことなくソフィー様は不安そうだわ。


「でも、どうやってお話を切り出したら良いのか分からないのよ」

「お話の切り出し方ですか? 普通に王太子殿下のお好きなものの話題を出して、詳しく聞かれてみては?」

「お好きなもの……。確か乗馬がお好きだとのことだから、それについて話題に出してみるわ。私も乗馬が好きなので、共通の話題で盛り上がれると思うの。小説にも共通の話題で盛り上がることで距離が近づいたと書かれていたものね」


 あれ? 王太子殿下って狩りがお好きだとお父様から聞いたことがあるけれど……。

 でも、乗馬もお好きなのかもしれないわね。

 納得していると、最初に疑問に思ったときに表情に出ていたのか、ソフィー様がどうしたのかと尋ねてきた。


「いえ、私は父から狩りがお好きだと伺っていたので、少し疑問に思っただけなのです。ですが、乗馬も狩りもお好きなのだとしたら、おかしなことはないと思いまして」

「狩り? 狩りがお好きなんて耳にしたことはないわ。確かにレストン伯爵はそう仰ったの?」

「はい。と申しましても、父が狩りをしている王太子殿下をお見掛けしたわけではなくて、同僚の方からの情報なのだそうです。ソフィー様は王太子殿下から直接聞かれていらっしゃるわけですから、乗馬がお好きなのかもしれませんね」


 微笑みながら答えると、ソフィー様が難しそうな表情を浮かべて黙り込んでしまった。

 どうしたのかしら?


「ソフィー様?」

「直接、クレイグ殿下に伺ったわけではないの」

「え?」

「私も両親や他の方から伺ったのよ。どうしましょう……これでクレイグ殿下が乗馬をお好きじゃなかったら、話題がなくなってしまうわ」

「あの、これまで王太子殿下とお話ししていて話題には出なかったのですか?」


 いくら、ご自分の話ばかりしていたとはいえ、返ってくる言葉から読み取ることもできたはず。

 ソフィー様が忘れているだけなのでは? と思い、聞いて見るが、彼女は首を振って否定する。


「クレイグ殿下は、いつも肯定する言葉はかけて下さるけれど、ご自分の考えを口にされたことはなかったと思うわ。ああ、どうしましょう……」


 オロオロとしているソフィー様を見て、そこまで狼狽えることかしら? と思ってしまう。

 お相手は王太子殿下とはいえ、人間であることに変わりはない。

 意思の疎通ができるのだから、話の切り出し方なんていくらでもあると思うのだけれど。


「……あの、最近あったことで楽しかったことを聞かれるとか、学院生活のことですとか、お見舞いにいらしたことのお話ですとか。あ、あと、好きなお花を贈られて嬉しかったことと、王太子殿下が御存じだったことに対して感謝の言葉を述べられてみるのもよろしいかもしれません」


 いくつか例に挙げてみると、ソフィー様はハッとした様子で私を見てきた。


「そう、それがあったわね。やはりアメリアさんは頼りになるわ。お蔭で会話に困ることはなくなりそう」


 なんというか、前から思っていたけれど、ソフィー様って真面目すぎるほど真面目な方だわ。

 だから王太子殿下の婚約者になれたのね。

 でも、真面目すぎるゆえに適度に力を抜くことができないのかもしれない。

 私は常に力を抜いているから、ソフィー様の真面目さが羨ましいけれど、と考えていると、広間にいた貴族達が中央に視線を向け始めた。

 そろそろダンスが始まるみたい。


「では、私はクレイグ殿下の許に参ります。後で、皆さんとお話ししましょうね」

「はい。また後ほど」


 王太子殿下の許に向かうソフィー様を見送ると、私の許にパートナーである従兄弟がやってきた。

 最初に王太子殿下とソフィー様が踊られた後で、他の貴族達も中央へと移動する。

 なんとか無事に踊り終えると、従兄弟は意中のご令嬢を誘いに行くということで、そこで別れ、私は壁へと向かう。

 端によって流れる音楽を聴きながら、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。

 時折、人の隙間からダンスをしている人達の姿が見えており、王太子殿下と踊るソフィー様も確認している。

 お二人とも見目麗しいから、それはそれは絵になる。

 眼福だったわ。やっぱり、こうして傍観しているのが一番ね。

 全く関係のない第三者というのは、楽だし、目立たないし良いことずくめだ。

 子息令嬢達はお相手捜しで忙しいし、親も社交で忙しい。

 地味な中位貴族の令嬢である私に、わざわざ視線を向けてくる方なんていない。


 そう思っていたのに、私はどこからか見られているような感じがした。

 視界の端に、こちらに近づいてくる人が映り、私は面倒なことになりそうだと思って捕まる前にその場から逃げ出す。

 壁に沿って歩いて逃げていたけれど、追ってくる足音は止まらない。


 誰なのか知らないけれど、怖い!


 振り返って確認する勇気は持てなかった。

 広間を歩いて逃げても無駄だと私は判断し、静かに扉を開けて廊下へと出る。

 護衛の騎士以外に人がいないことを確認した私は、近くにいた騎士に、控え室に向かうと伝え、角を曲がって身を潜める。

 耳を澄ませてみるが追ってくる足音は聞こえない。

 

 良かった。外まではついて来なかったみたい。


 ホッとした私は、そのまま控え室に行こうと歩き始めるが、角を曲がって人がいないはずの部屋の前を通り過ぎようとした瞬間、扉が開いて誰かに腕を強く引っ張られる。

 悲鳴を上げようとしたら口を手で塞がれてしまい、くぐもった声しか出なかった。

 そのまま、完全に部屋に引きずり込まれて、ドアが閉じられてしまう。

 目の前で閉じられたドアを凝視していると、私を拘束していた手が離れて自由の身となったのだけれど、後ろから手が伸びてきて扉に手をついたことで、背後の人と扉の間に私を挟み込むような形になる。


「ねぇ、こっち向いてよ」


 え? ちょっと待って、今の声ってもしかして……。

 いや、まさか、そんなはずはないわ。よく似た声の別人よ。

 そう、そうに決まっているわ。ありえない。

 思いつつも気になった私は、そっと後ろを振り返った。


「ヒッ!?」

「悲鳴はさすがに酷いと思うな」


 いつもの王子様のような笑みとはほど遠いほど、意地悪く微笑むその姿。

 レナール王国第二王子のマリオン殿下が、私を見下ろしていた。


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